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 魏への朝貢という大役を果たした難斗米たちは、二四〇年、帯方郡の郡使たる梯儁ていしゅんらを伴って帰国した。

 梯儁の同行は帯方郡の太守である弓遵きゅうじゅんの命令だった。

 難斗米たちが洛陽に滞在している間に曹叡が崩御し、曹芳そうほうが即位して帯方郡の太守も交代したのだ。


 張政も難斗米たちの帰国に同行していた。

 一行は対馬国と一支国を経由し、末盧国から筑紫島に上陸して伊都国に向かった。

 女王国の本土を訪れる使節は、同盟国を監督する伊都国に来なければならなかった。


 それは外国人の出入りを管理するためだったが、外国からの使節を接待する役目も負っていた。

 邪馬台国で受け入れの態勢が整うまでの間、梯儁たちを歓迎する宴が連夜に渡って開かれた。

 饗宴には美しく着飾った女性たちが集められ、炎の周りで踊り、酒を注ぎ、また、閨で伽をした。


 しかし、そのような女性たちのことよりも、難斗米は八洲の田舎臭さが気になった。

 倭人と同じような田舎者と見られるかも知れないことが難斗米には恥ずかしくて仕方なかった。

 かつては誇らしかった女王国も、帯方郡や洛陽を目にしてからは色褪せて見えた。


「そう落ち込むことはないさ」


 難斗米の気持ちを見抜いてか、張政が労るかのごとく彼に話し掛けた。


「これほど遅れた土人どもをお前が進歩させるんだ。鉄ではなく木の鍬や鋤で田畑を耕すような土人どもを。落差が大きいほど進歩させる甲斐もある」


 楽しむような張政に難斗米は慰められた。


「しかも、倭人は君子に靡きやすく、戦わせれば強いと来たのだから、徳治の尖兵としてこれほど都合の良い戎狄もそうはいまい」


 倭人字磚わじんじせんという煉瓦には会稽で起きた反乱に倭人たちが味方したことが刻まれていた。

 その反乱は曹操の叔父である曹胤そういんに鎮圧されたが、倭人たちの勇猛さは彼に記憶され、よく口にされていた。

 それを張政も耳にしていたのだ。


「ただ、俺たちは倭人の扱い方に疎い。そこはお前に教えを乞わせてもらう。だから、倭人を進歩させるのはお前だ」


「僕が倭人を進歩させる……」


 張政の言葉が難斗米には甘美に響いた。



 邪馬台国に到着した梯儁は卑弥呼と会見し、魏の皇帝の詔書を通じて印綬と下賜品を贈った。

 下賜された品には百枚の銅鏡もあり、卑弥呼はそれを同盟する諸王に分け与えた。

 分与の儀式は大々的に営まれ、黄金色をした百枚の銅鏡が日光に照らされて輝き、太陽と見紛う鏡が王たちに分けられる様は、正しく天照の御稜威を与えるかのようだった。


 その御稜威は魏の威光に裏打ちされており、流石の卑弥弓呼も手を出せなかった。

 そこで、同盟を結ぶまでには至らなかったが、女王国と狗奴国は友好的な関係を築くこととなった。

 菊池は再び女王国と狗奴国の緩衝地帯とされ、そこで卑弥呼と卑弥弓呼が友好関係を確かめる式典に出席し、狗古智卑狗の館で会談した。


「まさか魏にそれほどまでの待遇をさせるとは恐れ入ったわ」


 初めて卑弥呼に対面した卑弥弓呼は、海外と修交する大切さを知っていたので、彼女の外交の成果を素直に誉めた。


「天下を照らす日の光は、東にも西にも届くからな」


 しかし、彼は相手の返答に眉をひそめた。

 儀礼のために朱丹で化粧した卑弥呼は、袂の長い装束を身に着け、後ろ下がりの透き通るような裳を穿き、領巾で着飾って神々しかったが、自らを天照のごとく語るのは不遜だった。

 八洲の王は神裔とされていたが、決して神そのものではなかった。


 卑弥呼は魏の後ろ盾を得られたことに酔い痴れているようだった。

 呉と交渉していた卑弥弓呼は、漢土から破格の待遇を引き出した卑弥呼の成果を評価してはいたが、その結果に正体を無くしているらしいことには流石に鼻白んだ。

 これでは女王国と狗奴国の友好的な関係も長続きするのか思い遣られた。


「母は苦労してきましたから、成功した時の甘い蜜に酔いやすいだけなんです」


 卑弥弓呼が苦り切っていると、そのような彼に詫びる者がいた。

 母親に同行していた娘の台与だった。

 台与は愛嬌たっぷりのまん丸な瞳を持つ美少女で、素直さを感じさせる振る舞いは、見る者の目尻を下げさせた。


 彼女は彫りの深い顔立ちで、その髪や瞳、肌の色などは卑弥呼そっくりだったが、子供らしい柔らかな輪郭は愛らしい印象を与えた。

 これには卑弥弓呼も表立ってことを荒立てるのは躊躇われた。

 もっとも、そうした印象操作も卑弥呼の外交戦術かも知れなかった。


「その蜜に毒されんことを願うばかりだがな」


 卑弥弓呼が頭を撫でると、台与は柔らかく笑った。



 卑弥弓呼の懸念は的中した。

 友好関係を理由にし、卑弥呼は女王国から狗奴国へと大規模な植民をなした。

 倭人たちは隼人たちの領分を侵し、彼らとの約束を守らず、漁場を荒らして魚を乱獲した。


 当然ながら狗奴国は女王国へ抗議した。

 卑弥呼はそれに対し、女王国と狗奴国は一体だから、誰がどこで魚を獲ろうとも変わりないと回答するばかりだった。

 しかし、女王国と狗奴国は友好的な関係であれども同盟などはしておらず、漁場を荒らされる謂われはなかった。


 追い詰められた先住民たる隼人は、倭人の植民者たちを襲って漁船を打ち壊した。


「近頃、隼人の行いは目に余る!」


「お言葉ですが、彼ら隼人が荒れるにはそれなりの理由があります」


「黙れ!」


 難斗米は諫言したが、卑弥呼は激昂して聞き入れなかった。

 彼女は焦っていた。

 魏を後ろ盾に出来たことは、国際的な状況による幸運でしかないと卑弥呼も分かっていた。


 それならば、幸運が続いている内に女王国の勢力を伸ばさねばならない。

 その焦燥が卑弥呼に強硬な手段を取らせた。

 卑弥呼は苛立ちを募らせ、感情の起伏も激しくなったが、怒り狂っている時も彼女は美しかった。

 奇妙なことに幾ら年月を経ても卑弥呼の容色は衰えず、あたかも老いを知らぬかのようだった。



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