三章 事務所にて
推しと推しのマネージャーに連れられて、遙香は昨日来たばかりのライブ会場にやってくる。
遙香は本当にここが事務所なのか疑問に思いつつ、昨日とは違う入り口に案内される。
すると昨日は視界にさえ入っていなかった脇道があることに気付く。その脇道に入り、スタッフ専用と書かれた入り口に入る。
入り口に入るとエレベーターの隣に階段がある。
「ちょっと狭いから気をつけて」
そう石屋敷が言うと、エレベーターの扉が開く。大きさはざっと一畳とちょっとくらいの大きさ。そこに遙香たちは乗っていく。
「石屋敷マネージャー、四階か? それとも五階?」
柘榴が石屋敷に聞く。
「今日確か秀哉いたっけ⋯⋯。とりあえず五階で」
「分かった」
そんな会話が展開されて、エレベーターは五階に向かっていく。遙香は表示灯を見ながら無言で立ち尽くす。
そうこうしているとエレベーターは五階に到着。
「新人候補さんはここで待ってて」
石屋敷は遙香にそう告げると、奥に消えていった。一方柘榴はお手洗いに。そうしてそこには遙香と大也のみ残された。
気まずい空気が流れる中、大也が話し始める。
「ちょっと着替えに行くから、じゃあ」
その言葉を残して、大也もいなくなってしまった。ひとりぼっち残された遙香に、還暦を迎えたか迎えてないかくらいの女性が近づいてくる。
「あら、うちに女性タレントいたかしら?」
そう言ってその女性は遙香を舐め回すように凝視していく。
「⋯⋯。もしかして私ですか? 私は違いますが⋯⋯」
「あら。だったらウチの事務所に入らない? 見かけは中の上ってとこかしら。磨けば光る。ワタシにはわかるわ」
遙香はいきなりの勧誘に戸惑いつつも、石屋敷が来るのを待つ。
「新人候補さ⋯⋯。と、あれ? 社長! 今日来てたんですか? 来てたなら仰って欲しかったです⋯⋯」
石屋敷は残念そうな顔になりながら礼をする。そして遙香はこの女性が推しの事務所社長ということに気付き、慌てふためく。
「しゃ、社長さんだったのですね! 失礼いたしました!」
「大丈夫よ。そしてこの子は石屋敷くんがスカウトして来たの? 見る目あるね〜。さすが石屋敷くん。頼りにしてるよ!」
そう社長が言うも、遙香はマネージャーとしてここに来たものだと考えていたので、困惑してしまう。
「社長、違います。アイドルとしてじゃなくマネージャーとして来てもらいました」
遙香は内心、「石屋敷さんナイスアシスト!」と思い、少し笑顔になる。
「え! 勿体無い⋯⋯。でもマネージャーでもいいかもね。Edelsteinのマネージャー今二人だっけ。この子精神面でのフォロー役にピッタリな気がするしいいと思う! ワタシの勘は当たるし直々に採用よこの子!」
遙香と石屋敷は社長の判断のスピードに呆然とするも、採用と決まりほっとする。
「と、言うことで。これから大変にはなると思いますが、よろしくお願いしますね」
「分かりました! 石屋敷さん、で良いんですよね?」
「はい。改めて自己紹介致しますね。Edelsteinのマネージャーをしてます、石屋敷蒼介と申します」
そう石屋敷は言い、名刺を遙香に渡す。
その名刺を受け取りつつ、遙香もお辞儀をしながら。
「関口遙香と言います。不束者ですが、これからよろしくお願いします!」
様子を伺いつつ、遙香は顔をあげる。
「あ、ワタシも自己紹介しておいた方がいいわよね。加賀藤子よ。ここ『芸能事務所アイリスクリエイト』の代表取締役社長をしてるわ」
遙香はその名前を聞いて、どこかで聞いたことのある名前だなと考え込む。そうしていると藤子が勘づいたように言う。
「あ、もしかしてだけど、聞いたことあるって思ったでしょ。ワタシ、ここの社長になる前は大手の『リヴァリアプロダクション』の上層部してたのよね〜」
リヴァリアプロダクション――。
男性アイドルグループ大手事務所で、この国で知らない人はいないと言われるような事務所。ただ社長が変わってしまってからは不穏な噂が絶えない事務所となってしまった。
藤子の話を聞いて遙香は驚愕する。元々推していたグループの上層部をしていたと言うのだから。
「と、言うことで関口さん、これからよろしくね! ワタシちょっと行かなきゃいけないとこあるから、またね!」
そう言って藤子は颯爽と消えてしまった。
遙香はとても個性が強い人だな、と思いつつ、さっきまでの緊張が解けていたことに気付く。
「ウチの社長はいつもあんな感じで⋯⋯。すみません」
「いえ、そんなことないですよ! むしろ助かりました」
石屋敷は遙香の返答に安心して、ほっとため息を吐く。
すると石屋敷は、はっと顔を真剣にして。
「そういえば。事務所について話さないといけないですね。ここ五階は社長、副社長の部屋とフリースペースがあって、四階にはオフィスがあります。基本四階に勤めていただく形になりますね。四階はこちらです」
そう石屋敷が言い遙香は石屋敷に連れられて、ここに来たエレベーターの隣にある階段を下っていく。
階段を下りつつ、石屋敷は遙香に告げる。
「さっきの入り口とここの階段、隣にあるエレベーターはこの建物に勤めてるスタッフとアイドルしか利用できないようになってます。明日も来てもらう予定なので今日は仮カードをお渡しいたしますね」
そういう仕組みなのかと遙香は納得しつつ、四階に辿り着いていた。
「廊下の突き当たりが事務所のオフィスになってます。隣は副社長が管理しているスタジオの事務所で、この建物の二階にダンススタジオ・三階にボーカルスタジオがあります。アイドルが個人練習したいと言った際はここの事務所に掛け合ってあげてください」
遙香はEdelsteinの活動がこの建物で完結しているのを知り、アイドルに負担がかからない素晴らしい事務所だなと感心する。
「そして、ここがアイリスクリエイトの事務所です」
遙香は石屋敷にそう言われて、アイリスクリエイトの事務所の扉が開かれる。
いかにも「事務所」というような机がずらっと並んでいて、入った扉からは受付が待ち構えていた。そこには一人の女性がいた。
「こちらアイリスクリエイトです。ご用件はなんでしょうか? ⋯⋯っと、石屋敷さん!」
女性は驚き、声がワントーン高くなる。
「こちら、事務員の虹林です。そしてこちらはEDELSTEIN新人マネージャーの関口⋯⋯で、合ってますよね?」
そう石屋敷は言い、視線を遙香に送る。
「はい。関口遙香です。虹林さん、これからよろしくお願いします!」
「では改めて。虹林美雪です。基本的に受付業とマネージャーのサポートをしています。あなたのサポートもするはずだから、これからよろしくね」
虹林は優しく微笑んでいたが、微笑みから嬉しさが溢れるような笑顔に変わっていく。
「ちょっと待って⋯⋯。ってことは漸く女性スタッフ追加ってこと⋯⋯!」
口を手で覆いつつ、感情を抑えきれない虹林。
「今までこの事務所、社長と私しか女性スタッフいなかったから、女性が増えてとても嬉しいな!」
「そうだったんですか⋯⋯!」
「可愛い子が来てくれてとても嬉しい!」
虹林は耐えきれず遙香に抱きつく。
「あっ⋯⋯く、苦しいです⋯⋯」
「虹林。やめてあげてくれ」
二人のやりとりに耐えられなくなった石屋敷が苦言を呈す。
「あっ! ごめんね遙香ちゃん」
「いえ、大丈夫です!」
虹林は遙香の反応から安心した顔になる。
そうして遙香の事務所入りは無事に成功し、帰宅することに。




