プレリュード オオヤシマ記 イワレヒコ伝
この物語はあまり類を見ないファンタジーだと思います。
好きになれない人も多いかと思います。
日本史が嫌いな人にも受けないと思います。
でも、方向性は面白いと思いますので、始めたいのです。
「ぐべっ」
新種の生物が鳴いたような声がした。
磐神武彦。高校二年生。小さい頃はいじめられっ子。
毎日、美人で賢くて強い姉、美鈴にプロレス技で起こされている。
「早く起きろ、武彦ォ! 遅刻するぞ」
美鈴はベッドから武彦を蹴落とし、なおも眠ろうとする彼から布団を引き剥がした。
「あと5分、あと5分でいいから……」
どうしても寝ていたい武彦に、遂に美鈴の腕拉ぎ逆十字が炸裂した。
「許さないーッ!」
「グビゲーッ!」
またしても新種の生物が鳴いた。
「やっと起きたね。サッサとご飯食べてよ。母さんも出かけなくちゃならないんだから」
明るくて元気な母、珠世。
交通事故で夫を失った彼女は、女手一つで美鈴と武彦を育てて来た。
美鈴はアルバイトをしながら夜間の大学に通い、武彦は高校が終わるとコンビニのバイト。
決して裕福ではないが、3人はそれなりに「幸せ」だった。
「行って来まーす!」
武彦を蹴飛ばしながら、美鈴が出かける。
武彦は咀嚼中だが、そのまま玄関へ。
行儀が悪いのは百も承知だが、細かい事では怒らないのが珠世母さん。
「行ってらっしゃい!」
彼女は子供達を送り出すと、食器を素早く洗い、それ以上に素早く化粧をし、出かける。
彼女は職場のエース。営業のベテランである。
上司からは正社員への誘いがあるが、家庭の事情でパートのままだ。
それを少しも惜しいとは思っていない。
仕事も大事だけど、今は子供達に神経を注ぎたい。
2人共苦労を共にして来て、本当に可愛い。愛おしいのだ。
全く時間の流れも速さも違う場所。
それがどこなのかは誰も知らない。
「平行世界」という言葉があるが、それが一番近い表現であろう。
しかし、本当のところはそれが正解とも言い切れないのだ。
オオヤシマ。
その世界に只一つある大陸の名である。
かつてそこには、「ワの国」と呼ばれる王国があった。
今は2つの国に分かれ、相争っている。
兄の国である「ヒノモトの国」と弟の国である「ヤマトの国」。
血を分けた兄弟であるが故に、余計に憎しみも深く、諍いも激しかった。
磐神武彦が、今後この世界にどう関わって行くのかは、これからの話である。
「オオヤシマはこのままでは滅びる。それだけは避けたい。私の命に代えても」
そう願うのはかつてワの国の女王であったオオヒルメである。
彼女は、ワの国の後継者争いが苛烈になり、国が2つに割れてしまった時、それを嘆いてオオヤシマの果てにあるイワトの祠に籠ってしまった。
そのため、オオヤシマは混迷し、民は嘆き悲しんだ。
オオヒルメの後継であったアキツは、女王の座を追われ、ヤマトの国の端に逃げ延びた。
彼女はオオヤシマを救ってくれる英雄を求めていた。
武彦はギリギリで遅刻を回避し、学校に到着した。もう少しで締め出しを食らうところだったのだ。
「磐神君、もっと余裕を持って登校しようね」
校門のそばで委員長の都坂亜希が言った。武彦は苦笑いして、
「間に合ったんだからいいじゃないの、委員長」
と言い、玄関へと走る。
「どうして名前で呼んでくれないかな」
寂しそうにそれを見送る亜希であった。
彼女と武彦は幼馴染み。昔はよく一緒に遊んだ仲だ。
学校では亜希はモテモテだが、武彦は冴えない。
でも亜希は武彦が気になる。
「武君のバカ」
そんな独り言を言ってしまう亜希。
「えっ?」
武彦は、階段を駆け上がりながら、幻を見た気がした。
「何だ、今の軍隊は? いつの時代だ?」
彼は多くの兵達が槍や刀で戦う幻を見た。
そして、
「助けて」
という女性の声も聞いた。
「何だろう?」
武彦は首を傾げて廊下を走った。
少しずつ、2つの世界が交わり始めていた。
引かれ合う者同士の存在によって。
まずはこれにて……。