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2-3

 ふと外に目をやると、窓の外では白いものが舞い始めていた。また今夜も積もることになるかもしれない。

 同じく窓の外を見つめていた国王が、無理に明るい口調で愛息の話題を振り出した。

『これはさぞかしキーファめが騒いでおろうな。あれの育ったアンゼルムでは、これほど雪の積もることはそうそうない。先日も勉学の時間を抜け出して、本宮の前庭ではしゃぎおってな。女官長に大目玉を食らっておったわ』

『それはそれは、活動的な殿下らしゅうございますな』

 微笑ましい息子のエピソードを語る国王に合わせ、ヴォルフも微笑する。そのとき自分の脳裏に、先日息子エミールが楽しげに雪と(たわむ)れていた、そのあどけない笑顔が浮かんだ。同じ子を持つ親として、心が重なり合う。

『殿下がお持ちの屈託のない明るさ、素直さは、人として大変優れた素質のひとつであると私は思っております。そしてそれは、どのような身分の社会であれ、真の友人を得るのに大きな助けとなるのではないでしょうか』

 実直に答えた言葉に、国王も穏やかに頷き、『そうであればよいな』と笑顔をみせた。

 そして、再び冷めてしまった紅茶に口を付ける。

 と、国王は、苦みに記憶を呼び起こされたか、(うめ)くように低く(つぶや)いた。 

『……キーファに限って……、あれの兄のように、悪友ばかり得て破滅するようなことはないと思うが……』

 同じく茶器を持ち上げようとしたヴォルフの手がぴたりと止まる。

 キーファの兄、ゲオルク王子のことを口にするのは、その死の当時から禁忌(タブー)とされていた。国の内外にはただ事故死だとのみ伝えられていたが、軍部に広く情報網を持つヴォルフは、極秘の情報として、警護官の目を盗んで車を運転し谷川へ転落したと聞き及んでいる。

 彼の死が禁忌(タブー)視されているのは、『学園』においての彼と、彼の学友たちのあまりよろしくない行状が背景にあるのではないかと、影で噂されていたのだ。

 ただ形式的な警護官ではない。心から信頼でき、時にはたしなめてもくれる、そんなよき友人を息子に持たせてやりたい。国王の父親としての本音が、ヴォルフを動かした。



「……もちろん、よき友人になれるかは別だとは申し上げたよ。それこそ命令してなるものじゃないってね。でも、君なら学友じゃなくて友達になれるかもしれない。可能性はある。そう僕は思ったんだ。」

 国王もそれは承知したという。キーファとエミール。彼らがどんな関係を築くかは二人の少年同士、人間同士の問題である、と。国王と自分がそうであるように。

 エミールはマグカップを両手で包み込みながら、じっと父の話に耳を傾けていた。

「……たしかに、幼年学校の同級生の貴族のお坊ちゃまよりは、雪合戦や雪だるま造りには慣れてるけどね」

「だろう?」

「でもそれだけの理由でぼくなんかが選ばれちゃって大丈夫なの?」

「選ぶのは君の方だよ。僕は強制はしない」

 たとえ国王のお声掛かりであろうと、息子の意志を尊重する。ヴォルフはそう決めていた。また警護官という職務がどれだけの激務であるかを承知していて、それが未だ幼い愛する息子にとって重すぎる負担であることも、彼を最後まで迷わせていた。


 カップの中を見つめたまま、エミールは長い間考え込んでいる。思うところのあったヴォルフは、ゆっくりと言葉を選んで尋ねた。

「君が今返事に困っているのは、自分が殿下と友達になれるかってことかな? それとも……」

 これはもしかして、息子に訊いてはいけないことなのかもしれない。しかし、父親として、一度確かめてみたかったことでもあった。

「……警護官という任務を与えられたとき、それをこなす自信が今の自分にあるかどうかってことかな……?」

 一瞬だが、息子の心がひどく動揺したのをヴォルフは見て取った。

 エミールは、相変わらず両手で包んだマグカップに視線を落としている。それが父親から表情を読まれたくないという意志の表れとも感じられた。

 ふいにひょいと顔を上げると、エミールはくるりとした水色の瞳を父親に向ける。

「そのお仕事、まさかとは思うけど、前日まで幼年学校でお遊戯の稽古してて、翌日すぐ銃持って殿下の盾になれ、なんてこと言わないよね?」

「それはもちろん。もし、話が本決まりになれば、近衛としての心得から警護の実践、それから『学園』での他国の人間との社交術まで、専門の教官に付いて徹底的に訓練されることになると思うよ」

 この父の言葉で、息子の中の何かが吹っ切れたらしい。エミールはホットミルクを飲み干すと、にこりと笑った。

「じゃ、ここは孝行息子として、父さまの買ったご不興の後始末に付き合うよ。ぼくも陛下におみやげに頂いたお砂糖菓子、食べちゃったことだし、ね」

「……だからねえ、僕は別に陛下にご不興なんて……、ってあのお菓子、もしかして全部食べちゃったのかい?」

 ヴォルフは急にソファーから身を乗り出して、息子に詰め寄った。ひらりと身をかわして立ち上がると、エミールはテーブルの上の焼き菓子を二、三個ひったくり、見る間にドアの方へと駆けていく。

「父さま、好きなものを取っておいて後から食べる癖、やめたほうがいいよ!」

 きゃははっ、と軽やかに笑いながら廊下を逃げる息子を、父親が大人げなくばたばたと追いかける。家長の威厳のかけらもない情けない声が邸内に響き渡った。

「後からゆっくり食べようと思って大事に取っておいたのにぃっっ! それも全部だってぇぇ~っ?」


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