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9-2

 少々強引な方法で二台目の車を調達したアルトマイヤーとエミールは、急いで県令の屋敷へと向かった。


 県令邸は、ノイエンドルフの中心部に広大な敷地を有している。

 門はすでに開いていた。門番の兵らしき者が数名倒れている。フレーリヒがすでに襲撃を開始しているようだ。

 二人は開け放たれた玄関前に車を着け、邸内に入った。邸内にも多数の死体や、負傷して倒れている兵士や警護の者達が転がっている。たった一人で、闘いを司る神の使徒『剣の使い』もかくやといった働きぶりだ。

 二階の奥の方で新しい銃声が聞こえた。

「こっちだ」

 走り出したアルトマイヤーの後を、エミールが追った。

 階段を上がって突き当たりの部屋の入り口前の廊下に、フレーリヒが倒れているのが見えた。

「フレーリヒさんっっ!」

 エミールが叫ぶ。

 その声に反応して、室内から何発もの銃弾が廊下の壁に向かって発せられた。

 フレーリヒはすでに虫の息だった。弱々しい呻き声が微かに聞こえてくる。

 アルトマイヤーが入り口の壁に身体を寄せ室内を窺うと、県令らしき人物の声が聞こえた。

「そういえば馬鹿がもう一組いたなあ」

 県令の他には、銃を持った警護の人間が四人、部屋にいる。すでに勝利を確信したかのような余裕の口調である。部下を何人も殺されたというのに、そのことは全く意に介していないようだ。替わりの利く捨て駒などものの数ではないということか。

 得てしてこういう支配者達は、自分より身分の低いものの命など、ゴミ以下の価値ほどにも考えていないのだ。あの内乱でアルトマイヤーの一族を皆殺しにした大貴族達のように。

「たかが下級貴族の家一つ始末しただけで騒々しい。余計な事を考えるからその男のような惨めな目に遭うのだ」

 アルトマイヤーは血が逆流するような台詞を意志の力で聞き流し、呼吸を整えた。

「さあ、でてこい、薄汚い小(ねずみ)め!」

 県令の声を合図にするように、隣室から窓を伝って部屋の外まで来ていたエミールが、窓を蹴破って突入した。同時にアルトマイヤーも部屋に飛び込む。

 硝子の割れる音と銃声がほぼ同時に炸裂する。

 数瞬でアルトマイヤーとエミールは警護の四人を制圧した。

 何が起きたか判らないといった風情で座り込んだ県令にアルトマイヤーが歩み寄ると、低い声で淡々と彼を待つ運命を告げた。

「ライヒヴァイン近衛兵の家族の訴えを握りつぶすどころか、勝手に殺害した罪は重い。本来ならライヒヴァインの法に従って本国で裁判を受けてもらうところだが」

 ちらりとフレーリヒの方を見やる。

 もう彼は助からないだろう。

 ならば自分たちにはやるべきことがある。

 命令によって行うことではない。人として、彼の最後の望みを叶えてやらねばならなかった。

 エミールがうなずいて、廊下のフレーリヒに(ささや)きかける。そして彼の銃を手に取り教官へと渡した。

 

 あどけない子どもの声が、県令の聞いた最期の言葉となった。

「あなたの処分をどうしても見届けたい人がここにいるんですよ」


 アルトマイヤーが県令を射殺すると、二人は倒れているフレーリヒに駆け寄った。

「フレーリヒさんっっ、しっかりして下さいっ! フレーリヒさんっ!」

 もう息をするのもやっとのフレーリヒに、エミールは懸命に呼びかけた。

 うっすらと目を開けたフレーリヒの瞳は、もう何も映していないようだった。

 苦しい息の間から、ようやく絞り出すように訴える。

「……とど…めを……頼む……」

 エミールは一瞬きつく目を閉じフレーリヒから顔を背けると、すぐにしっかりと目を見開いて銃を構えた。

 その銃身をアルトマイヤーが押さえる。

「私がやろう」

「でも、これはぼくの任務ですから」

 きっぱりと答えたエミールだったが、アルトマイヤーは無言のまま、エミールから銃を取り上げた。

 そっとエミールの肩に手を置く。アルトマイヤーの大きな手から迷いは伝わってこなかった。

「……アルトマイヤー…君……弾が右に……逸れるクセが直ったか………せてみろ……」

 その言葉に、アルトマイヤーの顔が僅かに歪む。必死に唇を噛みしめるエミールに、フレーリヒは優しく語りかけた。

「……大丈……夫だ……小さな……訓練生……君……(きみ)の……手柄にすれば……いい………死人に口は………いからな……」


 早朝のノイエンドルフの街に、この日最後の銃声が響き渡った。

 




 ライヒヴァインへと帰る汽車は、夕闇の草原を走っていた。


 二人ともずっと無言のままであった。口を開いたら何かが(こぼ)れてしまうような、そんな気がしたのかも知れない。

窓側に腰掛けたエミールは、次第にその鮮やかさを失っていく車窓を流れる夕陽の残照の風景をずっと見ていた。


 小さな婚約者に会いたかった。

 一刻でも早く彼女に会って、その無垢な笑顔に触れたかった。幼い指を握って、その温もりを確かめたかった。

 こんなにも彼女を求めたのは、初めて人を殺したとき以来のことだった。

 僅かな金属音を耳にして隣席のアルトマイヤーの方へ目をやる。

 彼もまた首から下げた、胸元の何か大切なものをずっと探り続けていた。

 ふと、アルトマイヤーがその視線に気付く。教官を見つめていたことが知れてしまった教え子は、また不自然に窓の外に顔を背けた。

「……気を遣わせてしまった」

 アルトマイヤーの声に溜息が混じる。エミールは泣き笑いの表情を教官に見せるとまた謝った。

「済みません……やっぱり上手く出来なくて……」

 返事の代わりに、アルトマイヤーは膝の上に置いていた自分の外套をエミールに着せかけてやった。大きな瞳で自分を見上げる教え子から視線を前へ戻すと、抑揚のない声で(つぶや)いた。

「君も疲れただろう。もう休むといい」


 エミールは潤んだ瞳を閉じ、そっとアルトマイヤーの肩にもたれかかった。


 自分とは違って明るく陽気で、それでも自分と同じくらい生き方に不器用な少年の寝顔を、アルトマイヤーはずっと見つめていた。


 その寝顔が傍に在るだけで、自分の心の内に溜まった(おり)を溶かしていくような、そんな不思議な感覚をアルトマイヤーは覚えていた。


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