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8-5

 そんな王子であれ、フレーリヒは警護官の職にある以上、任務として護るべき対象であることには変わりはない。王子が外出すると言えば、不本意ながらも付き従い、酒や女や賭事に没頭する主人を黙って見ているしかなかった。

 しかしそれだけならまだ耐えられないことはなかった。王子が無事卒業さえしてくれれば、自分はライヒヴァインの近衛兵として出世を約束される。そう信じて不条理な任務を淡々とこなす毎日が続いた。


 彼の辛い日常が悲劇に変わったのは、王子が十六歳の誕生日を迎える前日だった。

 そのころにはゲオルク王子は、何かと(うるさ)く小言を言ってくる警護官を疎ましがって、あの手この手を使ってはフレーリヒを『学園』に押し留め、自分たちだけ車を使ってノイエンドルフに遊びにでることも始めていた。

 朝方『学園』に帰ってきた王子を、フレーリヒはいつも通り硬い表情で出迎えた。毎度のこととなった諫言を繰り返す。

「今後このようなことはお控え下さい」

「お前は本当につまらない奴だな。同じ台詞しか言えないのか、無能な奴め」

 酒臭い息をフレーリヒに吹きかけ、にやにやと笑いながらゲオルクは機嫌良く語った。

「たまにはお前も遊びに付き合えばよいのだ。そうすれば少しは固い頭が柔らかくなるだろうよ。そうだな、女がいい。特に夕べのような初心(うぶ)な女がな。嫌がる顔がまた格別だったわ」

 この台詞にフレーリヒは顔色を変えた。

「殿下っ、まさか遊び()ではなく街の少女を無理矢理……!」

「そうだ。何が悪い?」

 けろりとして強姦を白状したゲオルクに、フレーリヒは言葉を失った。

「ちゃんと金も置いてきてやったぞ。嫁入り道具の足しにはなるだろうよ」

 下品な笑い声と共に、王子は立ち尽くすフレーリヒを置いて部屋へと去っていった。

 翌日、フレーリヒの元に一通の電報が届いた。

 フレーリヒの妹エマが自殺したというのだ。

 『学園』に特別に許可を得て面会に来た父が、妹の自殺の理由を涙ながらに語った。

 妹の遺体には、強姦の後があった。辱めを受けた妹は、自ら死を選んだのだ。

 前日の王子の発言と妹の死とが結びつく。フレーリヒは、自分の中に強烈な殺意が芽生えるのを覚えた。


 その日は朝から雨が降り続いていた。『学園』からノイエンドルフに向かう山道は難所も多く、少しでもハンドル操作を誤れば谷底へと転落する。

 フレーリヒはいつもの取り巻き連中を何とか理由を付けて『学園』内に残らせた。ゲオルクは一人で不機嫌そうに車を駆って街へと向かった。車に細工がしてあることも知らずに。


 そしてゲオルク王子はハンドルを切ることが出来ず、谷底へ車ごと転落して落命した。


 復讐は完成された筈だった。

 自分が王子を護れなかった罪を咎められることは承知の上だ。愛する妹の(かたき)を討てたのだから、命を落としても仕方ないと思った。ところが日頃の王子の悪行が幸いしてか、除隊処分となったのみで済んでしまった。

 一度は故郷の家に帰って、妹の墓に参り、両親を慰めたフレーリヒだった。しかし、鳴り物入りでライヒヴァインへと出ていった自分だ。のこのこと故郷の街に舞い戻るのも気まずい。しばらくは隣国へでも働きに出るつもりで故郷を後にした。

 両親には妹を強姦した犯人がゲオルクであることは知らせていない。

 しばらくしてフレーリヒの両親は、何度警察に訴えてもまともに取り合ってくれないことを憤り、県令の所へ直接掛け合うと手紙で知らせてきた。

 ノイエンドルフ県令が王子の乱行の後始末を引き受けていた事を、フレーリヒは何となく察知していた。危険を感じ、両親に県令への接触は止めるようにと手紙を書き送った。

 しかしその手紙を両親が読むことはなかった。


「県令マイヒェルハウゼンが僕の両親を始末したんだ。王子の罪を隠すためにね」

 故郷とライヒヴァインを往復しながら調べを進めたフレーリヒは、両親の敵が県令であること、そして妹の死に関わったのがゲオルク王子だけでなく、例の取り巻き連中も一緒であったことを突き止めた。

「それでまた復讐の続きを始めたんですね……そしてあと一人、県令であなたの復讐は完成するところだった」

「そう、君たちさえ現れなければね」


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