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8-4

 隠れ家の町屋に戻ったアルトマイヤーは、フレーリヒを自分たちが使っていた寝台に寝かせると、再びフレーリヒの体を調べた。

 闇の中では判らなかったが、手足に数カ所と脇腹に一カ所、血の(にじ)んだ包帯が巻かれている。相当の重傷だ。こんな怪我でどうやってあれだけの仕事をしてのけたものか、その答えはエミールが調べていた彼の鞄の中から見つかった。

 エミールが固い表情で、教官に小箱に収められたそれを差し出す。

「教官、これって……」

「麻薬か……。確かにそうでもなければこの状態では動けないだろう」

 彼の左腕の無数の注射痕が、その激痛との闘いの長さを物語っているようだ。

 ずっと荒い呼吸を繰り返していたフレーリヒの口から、小さな(うめ)き声が漏れだした。アルトマイヤーがフレーリヒの耳元で呼びかける。

「先輩、判りますか? フレーリヒ先輩」

 フレーリヒはうっすらと目を開ける。その目がアルトマイヤーを認識したのかどうかは判らない。ただのどの奥から絞り出すような声で目の前の人影に哀願した。

「……薬を……薬を取ってくれ……。鞄の中の……箱に……」

「ダメですよフレーリヒさんっ! こんなもの打ち続けたらあなたの身体が……教官?」

 悲痛な表情でフレーリヒを諭そうとしたエミールを、アルトマイヤーが片手で止めた。

 そしてエミールの手から箱を取り、フレーリヒに渡そうとする。

 エミールが抗議する声を遮るように、アルトマイヤーの低い声が響いた。

「麻薬による中毒を治すにしても、この怪我では禁断症状に耐えられない。急場しのぎだが薬を使うしかないだろう」

 そしてフレーリヒの求めるままに、鞄から水筒を取り出して身体を支え、彼が自ら注射するのを手伝った。

 薬が効いてきたのか、フレーリヒの目の焦点が合ってきた。自分を支えている後輩をしっかりと見つめる。

「まさか君が追っ手になるとはね……。僕も相当運が悪い」

 アルトマイヤーは何も返さなかった。言葉を失っていたのかもしれない。

 黙って手を離した後輩から、フレーリヒは側に立ち尽くしていたエミールへと視線を移した。

「随分と可愛らしい従者を連れているじゃないか。こんな危険な仕事に」

 言葉はアルトマイヤーに対してのものだったが、エミールが固い顔つきのまま答える。

「もともとあなたの逮捕はぼくの任務です。あなたの後輩になるため……キーファ王子の警護官任官のための試験の一環で。アルトマイヤー教官にはぼくの監視役として来ていただいているだけです」

 警護官という言葉に、フレーリヒは乾ききった嘲笑を返した。

「王族の警護官なんてものになるものじゃない。今のうちに辞退するよう忠告するよ」

 そしてアルトマイヤーに向かっても警告する。

「君もこんな小さい子をあのような場所へ送り込まないでやってくれ。あんな連中のために身を犠牲にして働くなど、馬鹿馬鹿しくてやっていられないさ」

「……『学園』で、何があったのですか?」

 アルトマイヤーが低い声で尋ねた。

 しばしの沈黙の後、フレーリヒが自嘲を込めて語り出した。


「……僕はあのゲオルク王子の警護官になったことで、全てを失ったんだ……」

 

 ゲオルク王子は自分の身分を持ってすれば通らないことは何もないと信じ込んでいる、傲慢な支配者意識をもった人間だった。

 『学園』においても、入学当初から敵対国である『教主国派』のみならず、自らの陣営である『十三騎士派』の国々の人間に対しても権力を振りかざし、取り巻きの人間を従えてトラブルばかり起こしていた。

 入学して三年ほど経ったころからは、取り巻きの連中と共に『学園』を抜け出して、ノイエンドルフの街へと遊びに繰り出すようになる。

 もちろんフレーリヒは幾度も諫言をした。が、そんなものに耳を貸す王子ではない。それどころか、属国の下級貴族の小せがれ風情がライヒヴァインの王子の行動に文句を付けるとは何事かと酷く非難され、日常的に暴力すら受けていたという。


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