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2-2

「父さま自分から言い出したの? 信じらんないっっ!」

「だ・か・らっ、これだけは言いたくなかったといっているだろう? 僕は何も自分や身内の出世のために陛下と親しくしているわけではないのだからね」

 それどころかヴォルフは、そういったしがらみを生むことを嫌って、国王にはこういった私的な場では、たあいのない『茶飲み話』のみを甘味をつまみに交わし、政治や軍事など、国の重要な事項に関わる話はしない、と宣言していた。国王の方も、(まつりごと)をひととき忘れ、気の合う友人とゆったりと過ごせる時間を欲しており、その両者の暗黙の了解で、いつもの二人でのお茶の時間では、意図的に国政に関する事柄が話題に上ることを避けてきた。

 国王がその『茶飲み友達』に、『茶飲み話』以外のことを持ちかけたのは、余程考えあぐねた末の結果であろう。

 そしてヴォルフも、自ら息子を推薦してよいものか、非常に迷ったのだ。


 国王が、内定していた士官学校生を王子の警護に付けることに対し、逡巡(しゅんじゅん)していた理由は三つあった。

 まず第一に、警護官候補の少年が国内でも有力な侯爵家の人間であること。貴族社会に良くも悪くも染まりきった人間と、片時も離れず学園生活を送ることは、奔放(ほんぽう)に育ってきたキーファにはあまりにも息苦しいであろう。また、言葉には出さなくとも、庶子であるキーファを軽んじる気持ちが、心のどこかに必ずあるに違いない。愛する息子が(さげす)まれながら仕えられる(さま)を考えると、それはあまりにも腹立たしく、また不憫(ふびん)なことだった。

 二つめは、庶子であるキーファに第一位の王位継承権を持たせてしまったことである。長い間離れて暮らしていた息子を愛おしく思う故の国王のこの行為は、かえって大切な息子の命の危険を生んでしまった。ライヒヴァインは、反帝国との戦いの際称された『十三騎士派』と呼ばれる国々の筆頭に立つ大国であり、他国へ示す権力は絶大である。自然、その権力の中心である国王の座に野心を燃やすものも多い。現王の数多い親類で王位継承権を持つ人間にとって、いきなり降って湧いたようなキーファ王子の存在は目の上の(こぶ)である。遠い留学先で王子の身に何が起こっても不思議はない。

 候補の少年の実力のほどは定かではないが、おそらく貴族同士の派閥の力関係から決められた人選だ。あまり期待はできないだろう。親として、できれば王子が危険にさらされたとき、確実に対処できる優秀な警護を付けてやりたい。

 その二点については、エミールなら心配ないとヴォルフは考えた。貴族としての無用な自尊心(プライド)や、庶子である王子への偏見など全く持ち合わせていない。その軍功に対し、昔から幾度となく正式に爵位を(たまわ)る機会があったにもかかわらず、それを拒み続け、あくまで軍人である貴族ではなくただの軍人にこだわり続けたメルダース家の家風を、息子もしっかり受け継いでいる。ましてや王子の母が王妃だろうがそうでなかろうが、そんなことは気にも留めていないだろう。

 また、エミールはまだわずか十一歳ではあるが、軍人一族の親戚一同からよってたかって様々な技能を仕込まれている。さすがにまだ幼く体も小さいため、腕力など体力的に劣る面があるのは当然であるが、それでも並みのお貴族様の士官学校生などよりよほど優秀な警護官となれることだろう。実際、すでにこの年齢(とし)で二度、軍功を立てている(もっとも両方ともほぼ偶然ではあったが)。


『そして、な』

 あのとき、国王は言葉を切って、何故かふと微笑した。

『……あれは育ちのせいか、学友ではなく友達を欲しておる』

 微笑の意味を悟って、ヴォルフもまた微笑して(うなず)いた。

 貴族社会では当たり前の、社交辞令と儀礼のみの付き合いには、どうしても本心からは慣れることが出来ない人間だと、王は親としての直感で、そして自分は王宮で見かけた王子の様子から判断していた。

『できれば……そうだな、将来にわたって友人として心の支えになってくれるような者が望みだ。私にとってのお前のように、腹を割って話せる友人として……な』

 政治や経済、軍事など、職務に関して優秀な者はいくらでもいる。そういった者たちを付き従えさせられるかはキーファ自身の王としての度量であるから、もし、それが出来なければ彼がそこまでの人間だということだ。それは仕方のないことだ、と国王は言う。

 しかし、職務として王に仕えるのではなく、無条件で味方になってくれる。出世や恩賞や、自らの利害に関わりなく、ただ人間としての彼に人間として向き合ってくれる。そんな者がこれから先、息子が成長していく大切な時期に傍にいてくれたら。国王はそうも語った。

『本来なら従兄弟であるオスカーにそうなってもらいたかったのだがな。あれはよほど相性が悪いらしい。未だに顔もろくに会わせようとせん』

 再び深く溜息をつく主君を前に、ヴォルフは深刻な密談にそぐわぬと承知しつつも、つい片手で口を覆って吹き出してしまった。それはそうだろう。国内でも一、二を争う有力貴族であるレヴィン公爵家の長男として生まれ、まさに上流貴族社会の中心で育ってきた人間だ。公爵家の嫡子だという自尊心(プライド)が非常に高く、それに見合うだけの豪胆さと聡明さを持ち合わせていると聞く。彼も王子と同年で、同じ時期に『学園』に入学するはずであるが、いかにも庶民的なキーファ王子とはそりが合いそうにもない。

 それに加えオスカーは、順位は低いながらも王位継承権を持っている。友人になるどころか、王位をめぐる敵となるかもしれないのだ。笑い事では済まされない。 


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