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「次の指示があるまで自宅にて待機と伝えてあった筈だが、このようなところで何をしている?」
「その指示を頂きに教官をお探ししていたんです。情報部へも夕べの内に伺ったのですがお留守のようでしたので」
ということはおそらく、すでにヒラー室長から事の内容を聞かされているのだろう。企みがあまりにも早く暴かれ、アルトマイヤーは深く溜息をつく。
昨夜遅く届けられた不可解な伝言の真意を確かめるため、エミールはすぐに情報部へと走った。
幸いヒラー室長がまだ在室しており、自分に下されるはずの命令を聞き出すことができた。室長はエミールにこう告げたという。
「彼、随分難色を示してたからねえ……。待機していても次の指示は無いかもしれないよ?」
そんな訳で熱心な教え子は、指示を貰うべく早朝から教官に貢ぐ朝食を買い求め、アルトマイヤーの自宅から市街へ通じる道を張っていたらしい。
「コーヒーも淹れて持ってきました。冷めないうちにどうぞ」
さっさと街角の階段に陣を取り、朝食の準備を始めたエミールである。可愛らしいリュックを背負って、気分はすっかりピクニックといった風情だ。鼻歌までオマケに付けている。
教え子の脳天気さ加減に呑まれた教官は、大人しくご相伴に与ってしまうこととなった。
二人並んで階段に腰掛け、コーヒーをすすりながらパンを囓る。
この小さな体のどこに入っていくのかといった食べっぷりのエミールに、アルトマイヤーは前を向いたまま宣言する。
「私はこの任務に君を関わらせるつもりはない」
エミールもまた、教官の方を見もしないで答えた。
「でもこの任務、ぼくが達成しないと教官は昇進できないんですよね?」
こうあっさり言われると、かえって反論する気にもなれない。
「コーヒー、お代わりいかがですか?」
くるりと大きな水色の瞳がアルトマイヤーを見上げている。無邪気さに騙されてはいけない。見た目に反して大層な食わせ者の少年は、全て判ったうえで自分を任務に就かせろと、そう要求しているのだ。
少年にとっても、この訓練を乗り切ることは自らに課した大きな乗り越えるべき壁であった。それを思い出したアルトマイヤーは、再び大きな溜息をつく。コーヒー一杯分の逡巡の後、目を閉じて教え子に言い放った。
「この任務中、もし君の技倆が足りず危機に陥っても、私は君を助けたり庇ったりするつもりはない。一人前の兵士として扱うがそれでよいか」
「当然です」
むしろ嬉しそうに、エミールは元気よく答えた。
結局アルトマイヤーは、エミールの任務遂行の監視役と称して、二人で行動することとした。
第三室に赴き、小部屋を借りて打ち合わせに入る。
暗殺者の名はロベルト・フレーリヒ。ブルクハルト王国出身で、ライヒヴァイン首都の士官学校へ入学し、卒業を待たずに故ゲオルク王子の警護官として『学園』へ留学。ゲオルク王子の事故死とともにその任を解かれ帰郷。その後の消息は不明である。
「殺害の手口からも判ると思うが、戦闘員としては飛び抜けて優秀だ。士官学校時代から、特に射撃に関しては右に出るものはいなかった」
その腕前を買われ、属国の小身貴族としては異例の大抜擢で警護官の職に就いたという。
エミールは教官の口ぶりと、暗殺者の年齢からあることを思いついた。
「もしかして教官は、この人とお知り合いなんですか?」
ややためらって、アルトマイヤーが答える。
「……士官学校時代の一年先輩にあたる。何度か射撃の訓練を見てもらったものだ」
「よろしいんですか?」
ついそんな言葉がエミールの口を突いて出てしまった。教官の鋭い一瞥に、肩をすくめてみせる。
「……すみません。任務中に無駄口でした」
親しかった相手を射殺しなければならないかもしれない。そんなことはこの教官も百も承知の上だ。
「軍人は任務によっては人としての感情を殺さなければならないときもある。たとえ敵が肉親や親しい友人であってもだ」
アルトマイヤーは教え子に語ってはいたが、エミールにはまるで彼が自分に言い聞かせているかのようにもとれた。
「最もそんな基本的なことは、君のお家柄ならすでに叩き込まれているか」
「……少なくとも自分より強そうな身内が敵に回ったら、全力で逃げろと教わりました」
「賢明な家訓だ」
一見ふざけた教え子の回答を、教官はしかつめらしく評価する。
そして一呼吸置くと、知人の顔を思い出して呟いた。
「理由なくこのようなことをする人間ではないはずだが……」




