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無防備なところにいきなり声を掛けられて、エミールは慌てて写真を取り落としてしまった。アルトマイヤーの足下にひらりと写真が舞い落ちる。
どうやらぼんやりと写真を見つめていたところから見られていたらしい。アルトマイヤーが近寄ってきたのも全く気付いていなかった。
「休憩中とはいえ訓練の内だ。注意力が散漫になってどうする」
などと叱られてもしょうがない。エミールが首をすくめて立っていると、アルトマイヤーはゆっくりと足下の写真を手に取った。
写っている人物をちらりと見やると、写真に付いた土埃を丁寧に払い、エミールに差し出した。
意外とも取れる教官の仕草に、エミールが目を見張っていると、アルトマイヤーの低い声が、また意外な言葉を紡ぐ。
「……誰にでも支えとなるものが必要となる時がある。大事にしまっておくといい」
エミールが礼を言うのも忘れしばし呆然としていると、アルトマイヤーは教え子に背中を向けて言った。
「もっとも支えに縋らなければならないほど訓練が辛いなら、いつ中止しても構わないが」
もういつもの教官である。
「いえ、続けさせてくださいっ」
エミールはポケットに写真をしまい込むと、教官の後を追った。
そういえば、と、エミールには思い当たることがある。
これまで何度か汗をかいて教官と一緒に休憩所で着替えをしたことがあったが、その時アルトマイヤーの首にいつも銀の鎖が下げられていた。
装飾品など見るからに似合わない、また必要だと思わないだろう人物だけに、印象に残っていたのだ。
彼にも何か支えが必要な時があるのだろう。
エミールには少しずつだが、冷徹な野心家と呼ばれるアルトマイヤーの隠された一面が見えてきたような気がしていた。
ちょうどその頃のことである。
先に内定を取り消された警護官候補の少年の父親が、親類にあたる幕僚本部の高官の一人と面会していた。
いったんは立ち消えとなってしまった息子の出世話を、何とか再び引き寄せられないか。父親としても息子が次期国王と繋がりを持てれば、一気に王国内での発言力を強くすることができる。
諦めきれず、情報部にも影響力を持つこの親類に、あのえせ貴族の小せがれを候補から引きずり下ろす方法はないものか相談に訪れたのであった。
「……難しいだろうな、どうやらこの人選、陛下自身も絡んでいるという噂だ」
「何と……!」
下級貴族や平民出身者を中心として、軍でのメルダース一族の信奉者は少なくない。所詮それらの後押しを得て、数にものを言わせてあの子どもを押し込んできたとばかり思っていたが、まさか国王という後ろ盾もあろうとは。
「むう……メルダース准将がしばしば国王と親しく語らっているという話は耳にしたことがあるが、権力にはとんと無関心な一族のことだ。無害だと放っておいたのが間違いであったか」
高官はしばらくの間無言で考え込んでいたが、思いついたように口を開いた。
「……いや、まだあの子どもは訓練中だ。警護官として正式に任命されたわけではない」
「何か手があるのか?」
「訓練の段階で子どもが警護官に相応しくないと思わせればよいのだろう?でなければ」
高官の顔がにやりと歪んだ。
「訓練中に不慮の事故に遭おうとも、別に不思議はないしな……」




