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6-3

 食べ終わってお茶のお代わりを飲み干すと、エミールはまた大きくあくびをした。

「試験勉強、何日徹夜したの?」

 いたずらっぽくエミールの顔を覗いたシュルツ少尉に、エミールは頭を掻きながら答える。

「二日です」

「あらあら、それじゃ眠いでしょう。少し休んでいく? 狙撃の練習なら集中力が必要でしょう」

 少尉の申し出をありがたく受けたいところであったが、今寝てしまったら翌朝まで起きられない気がした。丁重にお断りすると、それならとシュルツ少尉は机の引き出しから飴玉を出してエミールによこした。

薄荷(はっか)飴。少しは頭がすっきりするかもよ」

 残念だがこれも厚意だけ頂かざるを得なかった。

「すみません、ぼく、薄荷苦手で……辛くてダメなんです」

「あらまあ、ホントにお子様ねえ、可愛いなあ」

「そういえば坊主、香辛料の(たぐい)も全然ダメっていってなかったか? シュルツ君、子どもに刺激物は禁物だよ」

 昼食を終えた男性部員にもからかわれ、エミールは慌てて礼だけ言うと、執務室から逃げ出した。

「全く、あんなちっちゃいのがよく訓練についていってるなあ。どうせあの御仁のことだ。手加減なんてしてやっていないんだろうに」

 男は自分の子と同じ歳くらいのエミールを心配げに見送る。

 それをシュルツ少尉が、笑って受け流した。

「大丈夫ですって。アルトマイヤー中佐が見込んでここまで訓練を続けているんですもの。きっと無事立派な警護官になってくれますよ」


 それから三時間以上に渡って、エミールはみっちりと狙撃の練習をさせられた。倉庫や、訓練用に建てられた屋敷から、あらゆる角度で的に向かって撃ち続ける。

 小柄なエミールの扱える銃ではさほどの射程距離は望めないが、狙撃手としての知識や技術があることは警護をする上で大きく意味を持ってくる。攻める側の心理と狙い所を読むことが出来れば、守る側にとって非常に有利なのだ。

 アルトマイヤーが密かに感心したことに、エミールは独特な方法で大きな銃の反動を殺して遠くの的を狙う方法も身につけていた。どうやら狙撃が専門の親類に伝授されたらしい。要求した以上の距離も、何とかこなしてみせる教え子には、正直舌を巻いた。

 睡眠不足を感じさせることもなく、なんとか集中力を切らさずに、無事狙撃の訓練を終える。短い休憩時間を挟んで、本日二度目の試練がやってきた。

 格闘といっても、アルトマイヤーとエミールでは体格が違いすぎる。しかし警護官の職に就けば敵の体格を選んではいられない。

 アルトマイヤーはエミールの反射速度と動きの速さを最大限利用して、一撃で相手の急所を狙って動きを止める方法を教えてきた。今日はその中間試験である。

 そしてたとえ中間試験でも、例の法則は健在なのだ。今日は十本中五本以上取れなかったら即、訓練中止、である。今までの練習の様子からして、これはかなり厳しい要求だ。

 エミールは最初の五本で、三本取ってみせた。

 何とかいけるかもしれない、いや、いかなければ。僅かな焦りと徹夜の疲れが、一瞬エミールの集中力を奪う。

 刹那、踏み込んだ足に鈍い痛みが走った。

 (ひる)んだ隙にアルトマイヤーに押さえられる。どうやら左足首を(くじ)いたようだった。

 しかし、エミールは何事もなかったように再び教官に「お願いします」と向き合った。かなり痛むが、全く顔には出さない。体重も不自然にならないよう、両足に均等に掛けて姿勢を取る。この調子では教官相手に勝つことは難しいだろう。だが、ここで自分から止めると言おうとは思わなかった。

 アルトマイヤーは一旦教え子に合わせて姿勢を取ったが、すぐに体勢を解く。

「左足を見せたまえ」

 やはりこの教官には隠せなかった。エミールは唇を噛みしめ、黙って地面に座ると靴紐を(ほど)いた。

 戦場で相手に弱みを握られたら、それは死を意味する。怪我をしたなどとは間違っても悟られてはならないことだ。

 前に片膝をついてしゃがみ込んだアルトマイヤーにやっと聞こえるほどの小さな声で、エミールはぽつりと(つぶや)いた。

「敵に気付かれるようじゃ駄目ですね。…やっぱり訓練中止ですか…?」

 アルトマイヤーはこれには答えず、立ち上がると倉庫の影へと姿を消した。程なくして小箱を提げて戻ってくる。

 もう一度エミールの前にひざまづくと、小箱から湿布と包帯を取り出して、むき出しになったエミールの左足首の手当を始めた。

 教官の行動に驚いて言葉を失っているエミールに、アルトマイヤーは手を止めずに語りかけた。

「無理をしなくても幸いここはまだ戦場ではない。体調の管理も軍人の任務の内だ。自愛のない行動は慎むべきだろう」


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