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4-6

 暖かいシチューを一皿空けるころ、ようやくエミールはげっそりした口調で今日の課題について重い口を開いた。視線を泳がせ、思い出したくもない、といった風情だ。

「……父さまの書斎に、王国年代記、あるよね。あの人一人殴り殺せそうなぶ厚い奴、全三冊」

「ああ、あるねえ」

「そりゃあぼくだって読んだことはあるけどさ、年表はともかく、歴代王族の親戚関係全部、覚えてるひといるんだ?」

「……それは……暗記が趣味の人間なら、挑戦する人もいるかもねえ……」


 建国前から四百年近く続くライヒヴァイン王家だ。母方や嫁ぎ先やらも含めると、膨大な人間が関わってくる。確かに王国年代記には、詳細な年表とともにそれらの系図が全て記載してある。

 本日のお題はその年代記から無作為で、国内外で起こった出来事の内容と年月日と関係者、それから王族の遙か彼方の遠戚も入った系図の穴埋め、全百問。だったそうだ。

 試験開始まで六時間の猶予は与えられたが、出題範囲は読むだけでも一晩では済みそうにない量である。

 エミールはこの本を事前に何度か読んでいて、主要な部分は暗記していた。しかし、そんなページの隅のそのまた隅の知識など、普通要求されることはない。

 だが、そんなことも言っていられない。一問でも落としたら、そのまま訓練生としても落第とされかねないのだ。昼食も食べずに慌てて本を流し読み、記憶にない人物名やら事件やらを拾い上げ、何とか全問正答してみせた。

「……あ~まだこの辺に、年号と名前が踊ってるよ……。六時間走った方が全然楽だよこれじゃ……」

 頭の上でひらひらと手のひらを振ってみせる息子を前に、ヴォルフは低く(うな)った。

 訓練開始以来のあまりの難題続きに、あの教官をこれからも信頼してよいものか、疑問が大きく膨らんでいる。

 しかし、ある一点で、ヴォルフはアルトマイヤーを頭から非難できずにいた。エミールがこのところお決まりになった教官評を叫ぶ。

「でねでねっ、教官ってば本も見ないで問題出して、正答もちゃんと暗記してるんだよぉっ、やっぱり化け物だよ化け物っっっ!」

 その化け物教官の要求を全部達成している自分の化け物度はしっかり棚の上である。

 これまでの五日間、アルトマイヤーは全ての行程をエミールと同じくこなしてきた。単なるしごきなら、何も自分まで厳しい課題に付き合うことはない。せいぜいさぼっていないか見張っていれば済むことだ。

 それを、どういう理由だか定かではないが、ご丁寧に教え子と一緒に走り、縄を登り、暗記済みの本から出題してみせる。

 エミールがわずか十一の子どもであるということを除けば、自分にとって無理な難題を理不尽に教え子に押しつけている訳ではないのだ。

 アルトマイヤーは訓練初日、要求した課題を達成できなかったらエミールの教官を降りると宣言したそうだ。もともと無理を通した警護官の人選である。教官に降りられるような事態になれば、エミールが警護官になる道は閉ざされるだろう。

 ヴォルフには、アルトマイヤーが教官として息子の警護官就任を援護すべきか、それとも妨害すべきか迷っているように感じ取れた。

 しかし何故だろう。彼と息子との間には何の関係もないはずである。彼にとっても昇進の()かった大事な任務だ。無事就任させられればそれに越したことはない。

 一連の厳しい要求は、彼が息子を完璧な警護官として送り出すことで、自分の株を上げようとしているという考え方も出来る。だが、それだけではない何か、エミールが警護官になることについて彼を逡巡(しゅんじゅん)させる理由がある。そう思えてならなかった。


 父親が思索に(ふけ)っている間、エミールは肉料理を軽く二人前平らげ、今は付け合わせの酢漬けの野菜をぼりぼりかじっていた。

 疲れ切っていても食欲だけは衰えない息子の豪快な食べっぷりを前に、ヴォルフは軽く肩をすくめる。こんなによく食べる割にはいつまでたっても小さい体が、やはり親馬鹿な自分に余計な心配をさせている事実は否めなかった。

 手塩に掛けて育てたこの息子のことだ。まだしばらくは鬼教官のシゴキにも()を上げることはないだろう。アルトマイヤーという人間に対して評価を下すのは、もう少し様子を見てからでも遅くはなさそうだった。


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