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9、秋の憂鬱

(*- -)(*_ _)ペコリ

 酒場にいる全員が固唾の飲みながらセリスの次の言葉を待っている。

 当のセリスは徐々に顔が赤くなっているように見える。


「セリス……?」


 いくら何でも愛の告白ではないだろう。

 彼女との接点を思い返しても、これといった出来事も思い出せない。


「ア、アイル……実は――」

「へいへいへ~い!」


 セリスの言葉を遮ったのは他ならぬお調子者のカイエであった。

 全員が振り返って、様々な感情が籠った視線を送る。


「大事な話あるなら後にするか場所変えたりしようぜ? ここじゃ皆に筒抜けだぞ」


 あのカイエが尤もらしいことを言っているのが気になる。

 しかし彼の目を見ても、ふざけている様子もなければ嫉妬を宿しているわけでもなさそうだ。


「そ、そうだな」


 この場から立ち去ろうとするセリスの腕を掴む。


「セリス、上で待ってなよ」


 俺の言葉で酒場が騒然とする。

 一瞬使う言葉を間違えたかと思ったが、やはりこのまま酒場にいてもらうと色々気まずい。


「そそそ、そうさせてもらうよ!」


 首から下げていた自室の鍵をセリスに渡して見送る。


「あ、セリス! 三階の一番奥の部屋だからね!」

「わ、分かった!」


 勢いよく階段を昇るセリスを完全に見送って扉の開閉音で部屋に入ったのを感じると、他のお客さんも聞こえたのか徐々に陽気な声が戻ってくる。

 グランツさんは全く気にしていない様子で、普段通り肉を焼き始めている。


「アイル、良かったな!」


 カイエが俺の背中を叩く。

 その力加減は強くない。


「いや、びっくりしたわ。でも皆が思ってるようなことじゃないと思うよ?」


 他のお客さんにも聞こえるように言うと、所々で冷やかす声が出始める。

 俺もセリスも前世で言うところの中学生世代であるが、それ以外の恋愛要素を見つけることができない。


「でもセリスは金にも困ってねえだろうし」


 誰かがそういうと口々に冷やかしが増す。

 そこで助け船を出してくれたのは『愉快な酒場』のリーダーであるディーグさんだった。


「まあどうだって良いじゃねえか。俺達には関係ねえ話だ」

「そうだな。ほらアイル、お客さんに酒運んでくれ」


 そこに追撃したグランツさんの方を見ると、カウンターには大量のジョッキが溜まっていた。

 この酒場の主であるグランツさんに加えて実力者であるディーグさんの言葉には誰も反論することなく、徐々に話題が変わっていく。


「すいません!」


 俺は外にいる大工ギルドの皆さんがいることを思い出して、慌てて酒を運ぶ。

 両手に三つずつ持って蹴るようにして扉を開けて、酒を待ちわびるマクレルさんたちのもとへ向かう。


「おいおい待ちくたびれたぜ!」

「すいません。ちょっとあって……」


 マクレルさんたちにお詫びを入れると、急いでまたエールを取りに戻ってまた外に向かう。

 それを数度繰り返して追加の注文を受けると、大工さんたちが店の中で何があったのか興味ありそうに聞いてくる。


「おいアイル、中で何かあったのかー?」


 何でもかんでもお酒のつまみになる彼らの言葉にすべて応える必要はないが、俺はどうしても気になったので相談する。


「用事があって女の子が訪ねてきたんですけど、恋愛でも金銭でもないと思うんですよね……。他に何かあると思いますか?」


 そういうと大工さんたちは俺を冷やかし始める。

 またさっきと同じ状況になってしまった。


「普通は惚れた腫れたの話しかねえだろうよ。それかアレだな」


 マクレルさんは星空を見上げ、ホッと息を吐いてから言葉を紡ぎ出す。


「アレ……ですか?」


 グビグビとエールを飲みながら答える。


「あぁ、そうさ。本人は金に困ってないんだろ? でも、もし親が困ってたら?」

「……あ、なるほど」


 そうか。冒険者は親元を完全に離れるタイプと冬を越すために実家に帰るタイプがいる。

 今は季節的にまだ秋であるが、これから徐々に寒くなっていくと身動きが取りづらくなってくるはずだ。


「親との関係が悪けりゃこの時期は憂鬱だろうな。見た目が良いなら親が勝手に縁談持ってくるだろうしな」


 しかし大工の棟梁であるマクレルさんが冒険者の冬越し事情に精通しているとは驚きである。


「マクレルさん良く知ってますね」

「あぁ。俺の弟が冒険者になってな」


 そういってジョッキを傾ける。

 地雷を踏んでしまったのだろうか。


「そんな顔するな。それもあいつの運命だったんだよ……」


 マクレルさんが腕で涙を拭うようにすると周りもシーンとする。


「あ、あの、すいま――」

「勝手に殺すなや、クソ兄貴」


 俺の後ろから現れたのは冒険者パーティー『リブレルの夜明け』のリーダーであるガストンさんであった。


「ようガストン。稼いでるなら奢ってくれや」

「うっせーよ。……はぁ、全く」


 やれやれといった様子で、マクレルさんと「あーでもない、こーでもない」と一言二言三言と次々に言葉を交わし始める。


「ようアイル。俺たち先に中入ってるぜ」


 ガストンさんの様子を見て時間がかかると踏んだ他のメンバーがゾロゾロと酒場の中に入っていく。

 片や大工の棟梁、片や中堅冒険者でまとめ役。


「おいアイルー! まだまだ酒出るぞ、戻ってこい」

「はい! 今行きます!」


 グランツさんに呼ばれた俺は兄弟の言い合いを尻目に、急ぎ酒場へと戻る。

 酒場は、これからが本番なのだ。

(*- -)(*_ _)ペコリ

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