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6、昼営業

(*- -)(*_ _)ペコリ

 朝の仕込みを終えて、今から昼営業開始である。

 酒場ではあるが、元々パン窯があることや特製スープをはじめとする俺が作る料理の評判が良くて営業時間を拡大しているのだ。


「じゃあ店開けるぞ」


 グランツさんの声掛けで今日も営業が始まる。

 出入口に備え付けられている施錠用の閂を外され、両開きのドアが軋むような音を立てながら押し出される。

 新鮮で冷たい空気が流れ込み、パン窯や竈のせいで暑くなっていた酒場を冷やしてくれる。


「あら、やってるかしら?」


 酒場に似つかわしくない上品な言葉遣いで入ってきたのは常連客のディーヌさんとその一行四名様で、いつも開店から時間を置かず来店してくれて金払いも良い上客中の上客だ。

 詳細は分からないが、彼女たちはこの町の中流階級の方々のようである。


「えぇ、お好きな席にどうぞ」


 前世の時のような接客を心掛けたおかげか、昼営業では上品なお客さんも多く来店してくれる。

 そもそもの値段も一般人には少し高く感じるように設定してあるのでまさに願ったり叶ったりである。


「じゃあいつも通り焼き立てのパンと特製スープ。飲み物は温かい麦茶ね」

「かしこまりました」


 調理場に戻った俺は釜で煮出してある熱い麦茶を木のコップに注ぐ。


「麦茶です。熱いのでお気をつけて」

「えぇ。あと、お任せで。軽い物がいいわ」

「かしこまりました。少々お待ちください。お先にパンとスープをお出ししますね」


 さすがはお金持ちだ。

 他のお客さんはお任せと注文しても『これくらいの値段で~』とか『肉の種類は~』とか何だかんだ指定してくるが、今の今までディーヌさんは値段も聞いてこない。

 これも、身分が違うといえども信頼関係というやつだろう。と、勝手に粋に感じている。


「グランツさん、お任せが入ったんでパンとスープ人数分お願いします」

「あいよ」


 奥で腕を組んで待っていたグランツさんに注文を渡す。

 お任せは本当にお任せで、今からお客さんの好みに合わせてメニューを考えないといけないのだ。


「リット、玉葱とセロリ持ってきて」

「はーい」


 とりあえず玉葱とセロリがあれば美味しい料理が成立する。まさに鬼に金棒の魔法の食材である。


「うーん、迷うな……」


 貴婦人のような人は食事のマナーも厳しい。この酒場を利用してくれている理由の一つにカトラリーが用意されていることを以前挙げていた。

 パン以外では手を使わないのが中流階級以上のマナーとなっているらしいので、そこは十分に考えなければならない。

 逆にパンだけ許されているのは、この国カルリエ王国の初代国王が好んで食していたことに加えてこの国自体小麦の生産が豊かな土地であることが起因しているとのことだ。


「アイル、提供してきたぞ」

「はい、ありがとうございます」


 パンにスープを食べたら何を食べたくなるのか。

 確かに重い物は遠慮するだろうな。


「特製スープを使った粥はちょっとチープだしな……。肉も無理……」

「ねえねえ」


 調理台に材料を乗せたリットが何か一案あるようだ。


「どした?」

「この前食べたやつは?」

「この前の?」

「うん。あのキャベツ巻くやつ」

「ロールキャベツか! いいねそれ」


 ロールキャベツなら手を汚さないし、スープの亜種として出しやすい。

 幸いにもロールキャベツはリットの好物なので、既に煮込み終わって保温のために鍋ごとパン窯の中に入っている。


「リット」

「はーい」


 せっかく持ってきてくれた食材を戻してもらい、俺はパン窯を開けてほぼ完成しているロールキャベツの鍋を取り出して竈に置いて火を掛け直す。


「……よし、大丈夫そうだな」


 煮えて透けるキャベツから白くなった肉が見えるが、念のためロールキャベツに串を刺して中身が煮えているかを確認する。


「リット、皿置いて」

「はい!」


 木の皿にロールキャベツを盛り付け、最後にキャベツを止めていた短い串を抜いていく。

 皿に不備が無いか確認し、ディーヌさんに提供する。


「お待たせしました。ロールキャベツです」

「あら、新しい料理ね。……でも、またスープ?」


 一瞬しまったと思ったが、それでも適当に理由を並べるしかない。


「はい。今日は冷えるので温かいものなら……と思いまして。実はまだ出してないメニューなんです。出す前に味はどうか、まずは皆さんにお聞きしたくて」


 そう言うとディーヌさんや御一行は視線をロールキャベツに落とす。

 何とかなっただろうか。


「品評ということね? じゃあいただくわ」


 ディーヌさんがナイフとフォークを持つと他の方々もロールキャベツに手を付け始めた。

 優雅な所作で小さく切ったそれをパクリと口に入れてゆっくり咀嚼し味わいながら飲み込む。


「……うん。とても美味しいわ。皆さんはどうかしら?」

「えぇ、目に見える材料はキャベツと肉なのに……。とても美味しいです」

「豚肉をミンチにしたものかしら。他にも鳥の味もするわ。お屋敷でもなかなか食べられないクオリティですわね」

「確かに、スープから他の食材の味がしますわ。……きっと手間をかけて作られているのね。美味しいわ」


 これはなかなかの高評価ではなかろうか。

 シンプルな見た目に反して、うま味と味の深みを感じるロールキャベツは大好評みたいだ。


「お口に合って良かったです。これからの寒い時期にちょうど良いので、次からメニューに加えますね」

「えぇ。そうしてくれるとありがたいわ」


 貴婦人からの無茶振りを何とか応えきることができた。

 俺は大満足で調理場に戻るが、大好物が消えてしまったリットは空の鍋を見て溜息をついている。


「兄ちゃん……」


 結局リットの潤んだ瞳には敵わず、暇な時間を見つけて急いでロールキャベツを作り直すのであった。

(*- -)(*_ _)ペコリ

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