3、新鮮な肉
(*- -)(*_ _)ペコリ
飯を食べてすぐ、俺は食料の在庫を確認してグランツさんに報告する。
「グランツさん、明日もこのくらいの寒さなら明後日にはスープ分の野菜が切れそうです」
「そうか。となると薪も炭も多めに買っとくか……」
食料品担当は料理担当の俺がしていて、その他の物品はグランツさんが管理している。
任された当初はまだ酒場に来て数日で、さらには新人研修らしい研修もなく実戦投入というスパルタだった。接客業のバイトを経験していて良かったと思った記憶がある。
だがその忙しさが結果的に落ち込む時間を減らしてくれた。
「アイル、肉屋から戻ったら市場で適当に買って来てくれ」
グランツさんはそう言ってどっしりと重そうな革袋をカウンターに置いた。
今火にかけて炊いてるスープも底が焦げないようにたまに混ぜるだけだから大丈夫だろう。
「じゃあ買い出し行ってきます。火と鍋底だけ……」
「あぁ、大丈夫だ」
カウンターに置かれた大金を懐に入れて、いつものように勝手口から裏庭へと出る。
相変わらずの曇天で、気温もそこまで上がっていない。これは稼ぎ時だろう。
裏庭を歩き、目当ての店の扉を叩く。
「アイル君、いらっしゃい」
肉屋の勝手口から出てきたのは肉屋の夫人デボラさんだ。
今はまだ朝が早くちょうど今くらいに肉の解体が始まるので、その時を狙って新鮮な肉と骨を出回る前に抑えるのだ。
「おはようございます。今日も良い肉入ってますか?」
肉屋の中に入った瞬間いつも通り血生臭かったから肉はあると思う。
しかし、魔物が跋扈する世界なので畜産も安定はしていない。
農村の副業として村内共同で家畜の世話をしていたり、狩人個人が獲物を獲って肉を売りに来たりするらしいが、問題なく肉を売るのには骨が折れるらしい。肉だけに……。
「良いの入ってるよ。アンタ!」
ダンドンゴンとお馴染みの音を立てて肉を捌いている夫アルバンさんに声を掛ける。
「……んぁあ」
いつも通りの生返事で、俺に目もくれず作業を進める。
「全くアンタは! ごめんねえ、あの人ヤキモチ焼いてるのよ」
娘のアンナと俺が最近やたら仲が良いとご近所さんで噂があるらしく、それを聞いたアルバンさんはヤキモチを焼いているらしいのだ。
まあ正直に言えばアンナは可愛いし性格も悪くないからそういう関係になっても良いなと思う。
しかし、やはり心のどこかでこの世界の住人と元の世界の住人とで分けて考えてしまって、宇宙人と対話しているような違和感だったり気分になることがあるのだ。
「大丈夫ですよ。収穫祭用の肉と骨なんですけど……」
「ああ、アンナから聞いてるよ。肉も骨も三倍だって?」
「はい。もしかしたら朝から営業するかもです。まだ相談中なんですが……」
これはグランツさんと相談中なのだが、収穫祭は三日間行われるので朝から晩までお祭り気分の人が多く、それらをターゲットにして朝から営業してはどうかと勧めているのだ。
「あら、そうなの? ……なるほどね、お酒が足りなくなってもアイル君がいれば料理で何とかなるってことね」
頭の回転が速いのか疑問を自分で答えてしまうデボラさん。
心なしか目が金貨になっているように見える。
「それで三倍は頼みたいなと思ったんですけど大丈夫ですか?」
「アンタ!」
肉やら骨やらを音を立てて断ち切っているアルバンさんに声を掛ける。
「……ほら、まず今日の分だ。鎧豚の骨と鎧牛の肉な」
どさりと置かれたそれらは大きな台に乗せるのにも一苦労するほどの量だ。
鎧豚と鎧牛は共に皮が硬く、皮は革鎧として利用され、肉はその反面柔らかく食肉として重宝されている種だ。
「ありがとうございます。前と同じで大丈夫ですか?」
俺はグランツさんから持たされた革袋を開けて硬貨を数える。
「そうだな」
アルバンさんがそう言うとデボラさんが思いっきり頭を引っ叩いた。
「アンタ! ……もう。アイル君ごめんね。秋には穀物買うために売りに来る人も多いのよ。だから少し安くていいわよ」
叩かれた本人は納得している様子もなくグチグチと文句を言っていた。
「っへ。どうせ塩漬け肉にして冬越し用に高く売れるんだからトントンだろ」
そう言うとまたアルバンさんの頭から気持ちの良い音が聞こえた。
「ご近所さんでお得意様なんだから当たり前でしょ! 全くいい大人が見っともない……。銀貨二枚引いた値段ね」
俺は革袋からいつもの値段から銀貨二枚を引いた金額をデボラさんに差し出す。
「はい毎度。アンタ、収穫祭用の肉はどうだい?」
「いててて……。あぁ、全部三倍だっけか? このまま今日のような天気なら全く問題ないな。また暑くなると腐るし売りに来る連中もギリギリまで粘るからな……。まあ、二倍は確実に保証するぜ」
全く減らない銀貨の重みを感じながら頭の中で計算していく。
「銀貨いくらくらいになりますか?」
取引は基本信用だが、先に値段聞かないとこちらも値段設定やら計算できないのだ。
「しっかりしてるわね~。えぇっと……、去年の帳簿と今の比較して……。うん、お得意様価格で銀貨四十枚ね。骨はタダでいいわ」
何か言いたげなアルバンさんを他所に俺は革袋から銀貨四十枚を取り出して渡した。
「じゃあ、これで。もし肉が少なくなりそうなら差額は後日……」
「はいよ。ちゃんと帳簿付けるから心配しないでね。アンナいるー?アンナ!」
出入口の方に呼び掛けるとアンナがひょこりと顔を出した。
「アンナ、今日も酒場まで運ぶの手伝いなさいね」
「はーい」
革袋を懐にしまい、切り分けられたくず肉やらを大皿に盛って帰る。
何往復としなくてはいけない作業で大変だ。
しかしこの作業も、ご近所付き合いとしてアンナと仲良くなれたきっかけでもある。
(*- -)(*_ _)ペコリ