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28、森林狼の遠吠え

(*- -)(*_ _)ペコリ

 トゥリエ大橋を抜けた俺たちは今、魔境最前線の村セフィーエに向かっている。

 まだ定義上は魔境ではないが、川を越えると実質的には魔境と大差ないほどの危険地帯であるらしい。


「アイルもお客さんも肩肘張りすぎだ。まだオークは出てこないぞ」


 風の魔法を利用することで魔物を探知するレグナードさんが度々俺たちに気を抜くように言うが、やはりそれでも緊張してしまう。

 すぐそこの茂みからオークが現れたらと思うと、幌を閉じて引き籠るくらいしかできないでいた。


「い、い、いざとなったら! 俺が何とか守るよ!」


 マリユスの虚勢に若干冷ややかな視線を向けるクリーエ。

 本来ならばもっと厳重に警備を増やしてからでも遅くはないはずなのだが、今回は無茶ともいえる強行に出たのにはきっと理由があるはずだ。

 でなければ創業者の孫娘を見習いと冒険者二人に任せるはずがない。

 今回の遠征、絶対に何かあるというのが俺の考えだ。

 ただ、俺たちや孫娘を死地に追いやる理由はないので、そこは安心というかポジティブに考えている。


「はぁ……。マリユス、静かにしてってば」


 クリーエの様子は緊張している普通の少女だ。

 何か事前に情報を掴んでいるのだろうか。

 基本的には依頼主に根掘り葉掘り聞くのはご法度なため、俺から何か聞くのも気が引ける。

 ポジティブな内容であると予想しているというのもあるが。


「アイルは寝てんのか?」

「……起きてますよ」


 時々存在を確認するためなのか俺に冗談を言うレグナードさん。

 銅タグを持つ冒険者なので、オークとの戦闘経験は豊富だろう。

 彼が何か言わない限り、俺は動くことはなかった。

 ちょっとせこいかもしれないけど、体力温存という大義名分のもと楽をさせてもらっている。


「レグナードさんのおかげで楽してますよ」

「ああ。今は休んでると良い。何かあったら報せるからな」


 ふとクリーエの視線を感じる。


「どうしたの?」

「いや、マリユスと違って落ち着いてるなって」


 その言葉にマリユスは腕に顔を沈める。


「まあ実戦の経験済んでるからね。一回だけだけど」

「それ俺も聞いたぞ」


 復活したマリユスが横から入ってくる。


「試験でホブとゴブリン十体倒したんだってな」

「へ~。マリユスと違って頼りになるかも」

「うぐぉっ」


 変な声を出すマリユス。

 このやり取りが良いのか悪いのか分からないが、当の本人は構ってもらえて少しうれしそうである。


「藪蛇だったぜ……。でもすげえよアイル。ゴブリン十体相手にできるなら大丈夫そうだな!」

「オークの群れじゃない限り大丈夫だよ。てかここら辺は群れを作るオークは出ないって話だし」

「だよな! いざとなりゃ、俺も手伝うぜ!」


 そんなこんな会話をしていると、急に馬車が止まった。


「アイル、仕事だ」


 仕事になるといつも渋い声を出すレグナードさんに促されながら、俺は革兜をはめて片手剣を腰に下げて馬車を降りる。

 いよいよだ。


「っしょっと。……それで相手は?」


 俺がレグナードさんに尋ねると、彼は少し笑っていた。


「残念だが、ゴブリンでもオークでもない。……森林狼だ」


 森林狼とは極一般的な森や山などに生息するどこにでもいる魔物で、動物との境界も曖昧な存在だ。

 まあそもそも魔物の定義も時代などによっても変わるからな。

 魔物と呼ばれる存在は、人間への脅威度によって変わるのが常である。

 つまり、魔物と動物の境界に分類される森林狼はそこまで脅威ではないということだ。


「狼ですか? 俺やったことないっすよ」


 魔物と対峙するのは、試験でゴブリンを退治した以来である。


「安心しろ。俺がフォローするから」


 軽々しく「安心しろ」とか言うが、狂犬病とか大丈夫なんだろうか。


「攻略方法でもあるんですか? てか森林狼はいつどこ?」


 一応剣は既に抜いている。


「左手だな。左手の森から出てくるだろうな」


 だから攻略方法はどうなんだよ!


「……距離は?」


 ここは冷静にならないと。


「そろそろ出てくるぞ。マリユス! 幌締め切っておけよ!」

「う、うっす!」


 そろそろ出てくるって……。

 もうアテにしてらんないな。

 最悪やばくなったら助けてくれるだろう。


「はぁ……」


 俺は溜息をつくが、そのまま息を吸って何度か繰り返して深呼吸する。

 見た目は普通の森だ。

 まだ狼の姿は見えない。

 狼は群れで活動すると聞いたことがある。

 なら薄くなったところを一点突破で活路を見出すか?


『アオーーンッ!!』


 左手のさらに左、馬車の左後ろから狼の遠吠えが聞こえた。


「うおっ!」


 遠吠えが聞こえた方を見ようとしたその刹那、俺の右半身に風圧を感じたのだ。


「あほう。あれは陽動だ」


 どうやらレグナードさんが魔法を使ったようだ。


「……すいません」


 どうやら第二派の奇襲はなさそうで、森の中から足音が遠ざかっていく音が聞こえる。


「やつらは最初の奇襲を防げば基本は逃げていく。……ほら、あそこの茂みの……いや良いか。毛皮くらいしか価値ねえしな」


 いや毛皮ってまあまあ高値で取引されるイメージがあるんだが……。


「良いんですか?」

「あぁ。森林狼の毛皮はそこまで高値じゃないからな。魔境の側だから安いんだよ」


 なるほど。

 まあ皮の剥ぎ取りとか素人じゃ厳しいし、馬車の荷台に乗っけるしかないから邪魔だな。

 臭いとかもやばそう。

 あと血の臭いに釣られて肉食の魔物もやってきそうだな。


「死体はそのまま良いんですか?」

「あぁ。グランツさんがいれば燃やしてくれるんだけどな。ま、どうしてもって言うなら荷台に乗っけな」

「は、ははー……」


 返事を濁し、俺はいそいそと荷台へと戻った。


「おう、お疲れ!」


 マリユスの気の良い声に少しだけ救われる。


「おう。マリユスの出番はおろか俺の出番もなかったよ」


 俺は笑い飛ばし、革兜と剣を置いて座る。


「無事であるのが一番よ」

「ありがとうクリーエ」


 一息ついていると、馬車がゆっくりと動き出す。

 レグナードさんのスパルタ実戦教育のおかげで今でもまだ心臓がバクバクとうるさい。

 でも口頭で言われるよりは身につくかもしれないと考え直す。

 余裕があるなら実戦が一番かもな。

 今日のこの出来事は、試験と同じく一生忘れない出来事になった気がする。

 これからの冒険者生活の大きな糧となるだろう。

(*- -)(*_ _)ペコリ

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