2、特製スープ
(*- -)(*_ _)ペコリ
顔を洗って身嗜みを整えた俺は酒場に戻り、今は『アイル特製』を冠するスープの仕込みを行っている。
特製といっても特別料理が得意なわけでもない俺が作れるギリギリ美味しいと思えるスープで、主にガラで出汁を取った至って普通のスープである。
「よし。グランツさん、アク出してる間に今日の分の食糧確認しときますね」
「あぁ、見とく」
グランツさんも今は酒の確認を終えて、とても立派なパン窯でパンを焼いている。
歴史好きとしては「おいおい大丈夫か」と思う行為だが、俺たちが暮らしているこの町トゥリエでは酒場もパン屋扱いされているので多少の税金を払えば問題ないらしい。
「兄ちゃん」
調理場のすぐ隣にある食糧庫に入ろうとすると、今まで寝ていたであろう様子の少年が俺に向かって可愛らしく走ってくる。
「危ないよリット。ねえ?」
ぼふっと小さな身体を受け止めるとグランツさんに同意を求めた。
「リット、朝の仕込みは邪魔にならないようにな」
どこか少し甘いような気がするのは気のせいだろうか。
「ふぁ~……。兄ちゃんおはよ」
「はい、おはよう。顔洗いに行こうか」
俺はリットを連れて裏庭へ出る。
最近ではリットのために井戸水を汲むのは俺の仕事になっている。
「うぅ~寒い……」
曇り空のせいで朝になっても気温が上がっていないようで、暑がりの俺が仕事を始めてもまだ肌寒いと感じるほどだ。
先ほどと一緒でカラカラと水を汲み上げる。
「よいしょ……っと」
リットを水を移した自前の桶の前に抱っこで移動させる。
「冷たい……。もう冬だね……」
「俺も肌寒いよ。この前まで汗かいてたのにな~。……はい、手拭い」
「んー」
あえて『冬』には突っ込まずリットを手伝って店に戻る。
「飯できてるぞ」
グランツさんがちょうど焼きたて……いや、温め直したパンと木の皿に入ったスープをテーブルに置いていた。
できれば朝食の前に在庫の確認はしておきたかったなと思ったが、お腹が減っては仕事ができないのでいつもの席に座る。
「じゃあ祈りを捧げて……」
グランツさんがボソボソと口早に祈りの言葉を口にする。
いやしかし、約半年で日常会話が苦にならない程までに異世界言語を習得できたことは大きな謎である。異世界に来た衝撃で脳みそがスポンジになったのだろうか。
「いただきます」
「「いただきます」」
昨日か一昨日の余ったパンを千切ってスープに浸して口に運ぶ。
具は野菜ばかりだが、しっかりとガラの出汁を感じる端麗で美味しいスープだ。
「兄ちゃんのスープ美味しいね」
「あぁ、うまい。お金持ちになったような気分だよ」
手放しで称賛してくれるこのスープは、酒場に来たころ何か売り上げアップに貢献できないかと考えていたところ幸運にもガラを安く大量に仕入れることができて考案されたメニューだ。
今や主力商品で、元々夕方から酒場として営業していたが特製スープのおかげで食事処として昼から営業を始められるようになったのだ。
「良かったです。……あ、グランツさん。さっきアンナに会って収穫祭用の肉のこと伝えときました」
「あぁ。アイルのおかげで今年は昼から営業できるからな。頼むぞ」
「はい!」
今まではリットがいるといえどもまだ小さく、戦力的にはグランツさん一人だけだった。しかし、今年は俺が戦力として仕込みから雑用まで働ける。
まだまだ料理は素人で何となくの知識でやっているだけだが、ゆくゆくは一人前になって地に足付けて生活したいと思っている。
「ほら、アイル。育ち盛りだから食え食え」
「はい、いただきます」
横目に鍋から出ている湯気を映しながら、パンをスープに浸して食べて浸して食べてを繰り返す。
(*- -)(*_ _)ペコリ