1、知らない天井
(*- -)(*_ _)ペコリ
「知らない天井だ」
今日も今日とて藁を敷いた粗末なベッドで目を覚まし、もはや見慣れた『知らない天井』をぼーっと眺める。
「……うぅ、さむっ」
まだ秋だというのに最近は寒さのせいで起きる時間が少し早い。まだ何とか体調を崩さず生活しているが、冬本番になったら凍え死んでしまうのではないか。
「……ふぅ」
なぜ俺は異世界にいるのだろうか。
毎日考えるが俺の問いに答える者はいない。
今生きていることに感謝するのと同時にやるせない気持ちになり、堂々巡りになる前に身体を伸ばすのが日課となっている。
「……よし、準備すっか」
俺はいつも通り部屋を出て鍵をかけて、いつ底が抜けるかもわからないような階段を一つ二つと下りて目当ての人物を探し声を掛ける。
「グランツさん、おはようございます」
グランツさんはこの酒場の店主であり、異世界に飛ばされて野垂れ死にしそうになっていた俺を拾ってくれた恩人でもある人だ。
「あぁ、おはよう。……アイル、今日は冷えるからな。スープの仕込み頼むぞ」
「はい、気合入れて多めで。起きたら寒くてびっくりしましたよ……。顔洗ってきます」
「あぁ」
グランツさんが酒樽の底らへんを叩いて中身を確認しているのを尻目に勝手口に置いてある桶を手に持って裏庭に出て井戸から水を汲む。
この世界にやってきて早半年。井戸から水を汲み上げるのも、その清潔かも分からない水で顔を洗うのも慣れてしまった。
「あ、おはようアイル」
声を掛けてきたのは裏庭繋がりのご近所さんで肉屋の娘であるアンナだ。
「おはよう、アンナ。水使う?」
「うん。……ありがとう」
今汲んだばかりだが自分の桶に入れてしまったので、汲み取り用の桶を再度井戸に落として汲み直す。
「ねえアイル……」
何か言いたげな態度を見せるが今は水を汲むのに必死だ。女の子の前で水汲みを失敗するわけにはいかない。
「今度の収穫祭ってどうするの……?」
そうだ。来週には一年に一度の収穫祭があったっけ。
「もちろん店開けるみたいだよ。あー、あと去年の倍は欲しいってさ。あと骨も」
「うん……、分かった……」
ちょうど水を汲み上げられたのでアンナの持ってきた桶に注いであげる。
「ありがと」
お礼を言ってそのまま自分の家に帰って行ったアンナを見送って、俺は顔を洗い始める。
アンナがどんな意味で聞いてきたのか分かっている。何せ二度目の人生だ。
揺れる桶の水に反射する自分の顔に焦点が合い、また日本を懐かしむ。
「……はぁ~」
輪廻転生なら前世の記憶もリセットされて別の生き物として存在していてもおかしくないが、なぜか俺には前世の記憶がある。
それどころか死に際の記憶さえもはっきりしているし、何故か容姿も少年時代に戻っているのだ。
きっと死後の記憶が無いだけで、天国だか地獄だかで神様みたいな存在と会話でもしたのではないかと。勝手にそう思っているが誰かが夢枕に立つわけでもなく、教会に行けど何か奇跡が起こるわけでもなかったので結局は何も手がかりがないのだが。
寒いとやっぱりしんみりしちゃうな……。
手拭いで顔を拭いて、曇天模様の空を見上げて深呼吸をする。
冷たい水に冷たい空気によって意識が覚醒して、裏庭にある一本の広葉樹の葉が増々紅くなっているのに気付き、そしてまたしんみりとしてしまうのであった。
(*- -)(*_ _)ペコリ