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 裁判は一時中断となり、ガーシュアンは弁護士と一緒に奥へと引っ込んだ。

 逆に私は裁判を見守っていた人々に握手を求められ、称賛された。見物人の中には知り合いもいた。彼女達はまるで有名人でも見るような瞳で私を見ている。

 (こ、これは、なんだか大袈裟なことになってしまったわ・・・)

 騒ぎがおさまらない中、私は焦っていた。

 私はただ、牢の中への慰問をやりやすくしたかっただけなのだ。牢の中には悪いことをした人もいる。だが、ヒューバートも言っていた通り、何かの間違いがあって入ることになった人もいるのだ。神父やシスターの慰問だけでは、彼らを助けることはできない。もっと、家族や友人達の助けが必要だと感じた。貴族の中には私財を使って、恵まれない人々を助けようとする人もいる。そんな人たちに今の現状が届けば、無実の罪で投獄される人も、もっと減るはずだ。

 牢の中の人々の声を、もっと沢山の人に届けなければならない。

 その上で、裁判をしてほしい。

 (そして、罪を裁くのは法の下になされなければならない。金や権力がそれをねじ曲げてはいけない。だから裁判官や警察や弁護士は誰よりも冷静でなければならない・・・)

 それを主張したかった。

 しかし、今のこの市民達の熱意は危ないものだある。ガーシュアンや他の権力者達に押さえつけられていたものが怒りとなって噴出しているのだろう。しかし、これでは冷静な裁判が行えなくなってしまう。

 市民達が怒りを纏って突進するようなことがあれば、貴族や王族といえども身の危険を感じるだろう。

 そうなれば、罪を裁くための判断が揺れてしまう。

 私は熱狂する市民を宥めるための言葉を必死に考えた。私の言葉なら聞いてくれるはずだ。ただ、言葉は選ばなければならない。

 ふと、傍聴席を見回すと、隅っこにアレクサンダーとヒューバートがいるのが見えた。ヒューバートは恐ろしげな顔つきで傍聴席を見ている。私と同じ懸念を抱いているのだ。しかし、アレクサンダーは頬を赤らめて、キラキラした瞳で私を見ていた。

 (駄目よ!子供だからって、熱気だけで行動できるなんて学んじゃあ!特に恵まれた貴族には冷静さが何よりも大切なの!)

 私は椅子の上に立ち上がり、両手をあげた。

 市民達の視線が集まり、場内がしんと静まり返る。


 「・・・皆さん、私を応援していただいてありがとうございます」

 私がそう言って頭を下げると、再び歓声があがった。しかし、それが騒ぎになる前に、私は口を開く。

 「私は、ゴードンさんのような人たちの力になりたいと思っています。だから、この裁判で負けるわけにはいきません。あちらにいる弁護士さん達の力を借りて、必ずガーシュアンさんの訴えを退けたいと思っています」

 また、歓声が上がる。 

 「そこで皆さんにお願いがあります!」

 歓声に負けないように、私は声を張り上げた。

 歓声はピタリと止み、みんなの視線が私に集まる。

 「ゴードンさんのところへ行ってください。どんなに心の強い人でも、あんな牢屋に一人で閉じ込められてしまっては、弱ってしまいます。沢山の人が味方でいてくれることがわかれば、一人の時間も強くいられます。手紙でも良いんです。ほんの少しの面会でも良いんです。彼と話をして、元気付けてあげてください」

 「しかし、それがどうして、あなたの助けになるのですか?ワイマール夫人?」

 賢そうな目をした若者が聞いてきた。

 「私も勇気付けられるからです。牢に入れられた人は、まだ裁判も終っていないのに、犯罪者の烙印を押されます。家族や友人は牢に面会に行くだけで、嫌な噂をたてられます。悪いことなどしてはいないのに。ただ、面会へ行くだけです。そこにいる人と話をするだけです。元気付けたいという気持ちがあるだけです。被害者を貶めるつもりもありませんし、犯罪者の片棒を担ぐわけではありません。私は間違ったことはしていないと思っています。私のこの行動に賛同していただけるのならば、同じことをして欲しいです。できれば、牢に入れられている全ての人に!」

 見物席の女性が数人立ち上がった。

 「わかりました!今から行ってきます」

 「私も!ワイマール夫人、裁判がんばってください!」

 彼女達を皮切りに、他の人々も立ち上がり、裁判所を出ていった。

 ヒューバートとアレクサンダーは残ったが、私は彼らを手招きする。

 「お願いがあるの、聞いてくれる?」

 「ああ、何でも聞くよ」

 「牢の中の人に毛布を用意しているの。それを持っていってくれない?あの中はすごく冷えるのよ」

 「し、しかし・・・君は一人になってしまうよ」

 ヒューバートは私の手を握りしめてそう言った。

 「大丈夫、弁護士さん達がいるわ。これから反対尋問だもの。そうなると私の出番はほとんど無いでしょう」

 訴えた側であるガーシュアンが、弁護士達にあれこれと質問責めにされるのだ。彼らはこの時を待っていた。私への尋問の時はあまり口出ししないでくれとお願いしておいた。さっきみたいな揚げ足取りの言い争いになるのは目に見えていたからだ。あんな下らない言い争いで、疲弊して欲しくはない。

 それよりも、ガーシュアンを質問責めにして、ぼろを出させて欲しい。

 「・・・わかったよ、ローズ。君の答弁は素晴らしかった。君は何一つ悪いことはしていない。持てるものとして、当然の行動だ」

 「ええ、その通りよ。ありがとうヒューバート。アレクサンダーもお父様を手伝ってあげてね」

 「はい、お母様」

 私とキスを交わし、二人は出ていった。

 傍聴人が減ったおかげで、裁判は再開できそうだ。裁判官達がやれやれと言うように、衣服を整えていた。



 一回目の裁判は終った。

 裁判官達は今日の一回で終らせたかったはずだが、市民弁護士協会の弁護士達がそうはさせなかった。これまでの貴族贔屓の裁判の鬱憤を晴らすがごとく、ガーシュアンを攻めるついでに、裁判官達を責めまくっていた。

 痛いところを突かれ続けて、早く終らせたくなった裁判官の一人が、私を攻撃の的に変えて、謝罪させようとした。私が謝罪してしまえば全ては丸くおさまるのだ。しかし、それは傍聴人たちが許さなかった。

 私の願いを聞き、傍聴に来ていた大半の市民たちが牢へと向かったが、裁判の行方を見守る人もいた。彼らの怒りの声が、私の後押しとなり、市民弁護士たちの追い風にもなった。

 裁判は時間一杯まで延び、判決が出ぬまま休廷となった。

 裁判所を出て、牢へと向かうと、牢の中に温かな光が灯っていた。

 思わず口元が綻ぶ。

 牢に使われる予算はとても少なく、ろうそくやランプもなかなか使えない。だから、牢はいつも暗いのだ。

 しかし、今日は随分明るい。きっと、ここに来てくれた市民たちが持ってきてくれたのだろう。

 中に入り、囚人たちの房を見て回ると、新しい毛布が一枚ずつ支給されていた。囚人たちの顔つきも、少しだけ明るくなった気がする。

 (やっぱり、もう少し環境を良くするべきだわ。囚人だからって、ごみ溜めのような場所で生活させるのはおかしいもの)

 レンガと石で造られた牢は、犯罪者を閉じ込めておく為だけの堅牢なものだ。窓は小さく、格子のせいで、外はほとんど見えない。通気性が悪いせいで空気が淀み、嫌な匂いが溜まる。

 そんな場所に三日いただけで、私はやってもいない罪を告白し、どんな状況になっても良いからここから出たいと思ってしまった。鏡で自分の顔を見るたびに驚いたものだ。どんどん人相が悪くなっていった。今、ここにいる囚人たちも、外に出ればきっと顔つきが変わり、見違えるはずだ。

 「お嬢さん、あんまりここには来ない方が良いよ」

 しわがれた声がしてふりむくと、痩せこけた老人が房の奥でうずくまっていた。差し入れた毛布を被っている。

 「綺麗な服が汚れちまう。顔色だって悪い。もう、夜になる。早く家に帰りなさい」

 「お気遣いありがとうございます。お名前は何とおっしゃるのですか?」

 私の言葉に、老人はひきつった笑い声をあげた。

 「聞かない方がいい」

 老人はそう言うと、毛布にくるまって横になった。

 この牢にいるのは、刑期が短い者と、裁判を待つ者だけだ。彼はどっちだろう?

 「また来ます。その時にお名前を教えてください」

 私はそう言って牢を出た。



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