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その日、私はヒューバートに宣言した通り、市民弁護士協会の会員である弁護士の一人に会いに行った。強盗の罪を問われている男性が収容されている牢屋にも赴き、彼の家族とも会って話をした。後日、別の市民弁護士協会のメンバーとも会い、話をした。
それから一週間も経たない内に、私は裁判所への出廷要請の手紙を受け取った。
どうやら、私は訴えられたらしい。
そして、今日、私は裁判官の前に立っている。
私を訴えたのは、ガーシュアンという名前の貴族の男だ。私が会いに行ったゴードンという男性を盗みの罪で訴えている、権力と金を持つ男だ。
(行動が早いわね)
通常ならば、こんな裁判を行う前に、個人的に話をするだろう。そこで話がつけば、裁判なんて目立つことはせずにすむ。
しかし、ガーシュアンは私の行動にひどくご立腹らしい。夫であるヒューバートに警告することもせず、こうなった。
(この人なのかしら?私を処刑しようとしたのは・・・)
私は尋問の席に座りながら、裁判官の右側の席にいるガーシュアンの顔をみる。でっぷりとした体つきに、脂っこい顔つきをしたガーシュアンは、私を睨み付けていた。その隣にいる弁護士は、そんなガーシュアンを冷めた目で見ていた。裁判官も書記官も、同じような目でガーシュアンを見ている。
そして、私には同情の視線を送っていた。
(・・・それほど、尊敬されている人ではなさそう・・・)
私は左側に目を移す。そこには、裁判官たちとは違い、ギラギラとした視線をガーシュアンに向けている男たちがいる。市民弁護士協会のメンバーたちだ。彼らは今日、私の弁護に立ってくれる。一人で十分だと思ったのだが、5人もの弁護士が来てくれた。
市民弁護士協会とガーシュアンの対立はかなり根深いものだった。
遡れば、ガーシュアン家の三代前からの因縁だった。金と権力を好き放題に使って、領民を苦しめてきたガーシュアン家の人々は、やり過ぎたために領地を縮小され、それでも領地にいられず、この王都に住んでいる。そして、この地でも問題を起こし続け、沢山の市民を敵に回している。
ガーシュアン家の問題はついに王の知るところとなり、現在のガーシュアン家は大部分の財産を没収され、権力も地に落ちていた。
それでも、ガーシュアン家の人間の問題行動が無くなることはなかった。
今回、盗みの罪で捕らえられた男性は、そんなガーシュアン家の行動を諌めようとした人だった。市民が受けた被害を書状にまとめあげ、公の裁判で闘おうとした人だ。
(たぶん、ガーシュアンは訴えられるのを恐れたのね。そんなことが起きれば、今度は家紋を剥奪されるかもしれないもの。今の王様は法律や裁判には厳しい人だし・・・)
そんなことを考えていたら、裁判が始まった。
私はガーシュアン氏の名誉を毀損したという理由で訴えられた。ガーシュアン氏から物を盗んだ男へ面会に行くという行動が、ガーシュアン氏を侮辱するものだ、と、ガーシュアン家の弁護士が静かな口調で述べた。
「なにか反論はあるかな?ワイマール夫人?」
裁判官が優しい目で、私に聞いた。
ここで、私に求められているのは、ガーシュアン氏に謝罪することだ。自分の行動が軽率だったと頭を下げ、少しばかりの謝罪金を出せば、この場は終る。もう二度と、罪人への面会はしないと公の場で約束すれば、解放されるだろう。
ガーシュアンが欲しいのはその言葉だ。
ガーシュアンも彼自身がやっていることをよくわかっている。それを貴族特権で許してもらえる状況を維持したいのだ。これからも好き勝手振る舞えるように、文句を口に出す人間を全て潰し、これからそんな人間が出てこないようにしたいのだ。
貴族で女の私は、吊し上げるのに丁度良い存在だったのだろう。
私は口を開く。
「私にはこの裁判の意味がわかりません、説明していただけないでしょうか?」
私の言葉に、裁判所の中の空気が一瞬止まる。
「・・・ええと、わからないとは?」
「私はガーシュアン氏を侮辱したつもりはありません。どうして、あのゴードンさんに面会に行くことが、氏を侮辱することになるのでしょうか?」
私の言葉にガーシュアンは怒り心頭したようで、立ち上がって怒鳴りはじめる。
言葉が汚い上に、上手く聞き取れなかった。隣の弁護士を見ると、通訳してくれた。
「ガーシュアン氏から盗みを働いた男のもとへ面会に行くということは、その男を無罪だと思っているからでしょう?ということは、ガーシュアン氏が嘘つきだと言っているようなものです」
「そうですか、それは失礼をいたしました。ですが、私がどう思っていても、事実にはなんら影響はないのではありませんか?」
私の言葉に、弁護士は首をかしげた。
「どういう意味ですか?」
「私は警察ではありませんし、弁護士でもありません。私がどう思ったところで、ガーシュアン氏と男性の件に影響を与えるとは思えません」
私の言葉に、裁判官の一人が身を乗り出した。
「私はガーシュアン氏が嘘つきだとも、真実を言っているとも判断はできません。同時に、男性が盗みを働いた否かも判断できません。私が男性に会いに行ったのは犯罪かどうかを判断するためではありません」
「では、どうしてです?」
「牢に囚われるというのは・・・とても辛いものだと思います。一人で狭い場所に閉じ込められ、自由がないという状況は、とても苦しいものです。話し相手がいるだけでも違うと思ったのです」
「では、あなたは慰問に行ったのだというのですか?罪人のために?」
「罪人なのですか?」
私はガーシュアンの弁護士の目をまっすぐに見つめて、問うた。
「裁判はまだだと聞いています。男性の弁護士達は彼は無罪だと言っています」
「ほらみろ!俺が嘘つきだと言っている!侮辱罪だ!!」
ガーシュアンが立ち上がって吠えた。
「いいえ、あなたが嘘つきがどうかなど、私にはわからないので、なんとも言えません」
「盗人の男に味方していること自体がそうではないか!」
「味方しているわけではありません。ただ、話をしただけです」
「それ自体が、私を嘘つきだと言っているのだ!」
「そうでしょうか?教会のシスターや神父様も同様のことをなさっていますが、彼らもあなたを嘘つき呼ばわりしていることになるのですか?」
私の言葉に、ガーシュアンは黙り込んだ。彼の弁護士が立ち上がる。
「教会の方々は、罪人たちに罪を償うことの大切さを説きに行くのです。自分の罪と向き合い、罪を償うことの大切さを教えているのです。あなたは違います」
「はい、私は違います。私はただ話を聞きに行っただけです」
「何故、そのようなことをするのです?」
「先程も言いました通り、牢に入れられた人々の心の平穏のためです」
「では、教会に入られてはいかがですか?そうすれば堂々と慰問もできるでしょう」
「教会に所属しなければ、誰かを慰めることもできないのですか?こそこそとやらなければならないものなのでしょうか?」
私の言葉に、弁護士は口をつぐむ。
「こそこそする理由とはなんですか?こんなふうに裁判にかけられないためですか?今、牢の中で、不安になっている人々と話をするだけのことが、どうして許されないのです?」
「・・・それは、罪人だから・・・」
「何度も言いますが、彼は疑いを持たれているだけで、まだなにも決まっていません。裁判はいつですか?ガーシュアンさん?私はその判決を信じます。それまでは、誰も罪人ではありませんし、嘘つきにもなりません」
私の弁護側と傍聴席から拍手と「その通りだ!」という同意の声が上がった。その声に一番びっくりしたのは私だ。
「静かにしてください。静粛に!」
裁判官が小槌を叩いて呼び掛けるも、傍聴席にいた市民達の声はおさまらない。
「ゴードンはまだ罪人じゃない!」「彼は無罪だ!」「ゴードンが牢に入れられるなら、お前も入るべきだガーシュアン!」「うちの人は何もしてない!無実よ!」と、堰を切ったかのように声が上がった。