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 朝食の後、三人で庭を散歩した。

 短い散歩を終え、アレクサンダーは勉強の時間になり、私とヒューバートは二人きりになった。

 「何かあったのかい?僕はとても嬉しいんだけど、アレクとはあまり上手くいっていなかっただろう?」

 「ええ・・・昨日、具合を悪くした時に、アレクサンダーがすごく優しくしてくれたの。それで・・・私もお返しをしたいと思ったの。私、子供相手では上手にお喋りできないと思っていたのだけど・・・アレクサンダーは私の下手なお喋りにも付き合ってくれたわ」

 「あの子は君と仲良くしたがっていたんだよ。言っただろう?」

 「ええ、そうだったわね」

 ヒューバートは嬉しそうに微笑み、私と手を繋ぐ。

 二人でゆっくりと庭を歩いた。今の季節の庭は少しだけ寂しい景色だったが、ヒューバートといれば、それも気にならない。

 彼は先妻を愛している。今もだ。

 私と結婚をしたのは、周りからそれを望まれたか

らだ。

 ヒューバートにプロポーズされた時、私は28歳だった。それまで独身であり、もう、結婚することはないだろうと思っていた。ヒューバートが私を再婚相手に選んだのは、そんな私の状況を救ってくれようとしたのだと思っている。

 お互い、愛があっての結婚ではなかった。

 だが、私たちは信頼しあっていた。私たちの結婚はお互いに都合がよかったのだ。

 そして、結婚して3年が経ち、愛情も生まれた。

 ヒューバートは先妻のマリアと息子のアレクサンダーの次に私を愛してくれているはずだ。私も彼を愛している。

 私が無実の罪を着せられ、牢に入れられた時も、ヒューバートはできる限りの事をしてくれた。私を助けようとしてくれた。

 ただ、私がその手を振り払った。

 なにもわからない状況の中で、一つだけ確かだったことがある。私がヒューバートに助けを求めれば、彼と彼の家族に危険が及ぶということ。それは避けたかった。

 「ヒュー、変なことを聞くけど、驚かずに聞いてほしいの」

 「なんだい?」

 「無実の罪で投獄される人って、どれくらいいるのかしら?」

 ヒューバートは驚いて私の顔を見る。

 「そうだね・・・本当のところはわからないが・・・いるだろうね、一定の人数は」

 「・・・そうでしょうね・・・」

 貴族社会で暮らしていれば、そういう話は沢山入ってくる。権力のある人間の思惑や都合で、誰かの人生が終わるのだ。

 私も、その一人になってしまうのだろう。

 「何かを聞いたのかい?ああ、もしかして、市民弁護士協会が騒いでいるあの件かい?」

 「市民弁護士?」

 「いや、違うのならいいんだ」

 「いいえ、聞きたいわ。教えてちょうだい」

 ヒューバートはあまり話したくはなさそうだった。しかし、私が、噂話ではなく、できるだけ正しい情報を聞きたいと言うと、話をしてくれた。

 とある、市民の一人が、ある貴族のものを盗んだという罪で逮捕されているという。しかし、市民弁護士協会という団体が、その罪状に異議を申し立てているそうだ。罪人とされたその市民は盗みを働くような人間ではなく、証拠は捏造されたものであると訴えている。

 盗まれたと主張している貴族の名前を聞くと、悪い噂をよく聞く男だった。

 「裁判はいつ?」

 「まだ、はっきりとは決まっていないようだ・・・というより、裁判などせずに死刑になろうとしていたよ。市民弁護士協会が怒鳴り込まなくては、そうなっていただろう」

 「・・・・・・」

 「ローズ、何を考えているんだい?」

 ヒューバートが私を覗き込んできた。少しだけ怒ったような、何かを恐れているような表情だった。

 強ばった頬を無理矢理動かして、私は笑顔を作る。

 「嫌な夢を見たの。処刑台に上がる夢よ。私はやってもいない罪を着せられて、処刑されようとしていたわ」

 「・・・それは、恐ろしい夢だね」

 「私は夢だった。その人にとっては現実なのよ。知らないふりはできないわ」

 「しかし、ローズ・・・!!」

 ヒューバートは私を止めようとした。彼の優しさゆえの行動なのだ。何も知らない私が出ていったところで、何もできない。それどころか貴族の権力者の目に留まり、嫌がらせやそれ以上の事をされるかもしれない。

 「藪をつつくような真似はしない方がいい。弁護士協会の弁護士たちは知識も経験もある。彼らに任せておけば、問題ないよ。君が出ていって何になるんだい?」

 ヒューバートの真剣な言葉に、私は納得してしまいそうになった。

 私には裁判や弁護の知識はない。お金は多少はあるが、悪評の高い貴族を黙らせるほどではない。

 あと半年は安全であるとわかっているのに、わざわざ危険な場所に足を向けることはないのだ。

 (・・・友人たちもこんなふうに考えたのかしら?弁護士やヒューバートが何とかするだろうから、自分が何かをする必要など無いって・・・)

 牢に入れられている間、友人が私を訪ねてくる事はなかった。手紙すらなかった。

 私を有罪にした人が誰なのかはわからないが、力のある人物であることに違いはない。

 そんな人間に目をつけられてはかなわない。

 (ああ、わかるわ。そうよね、怖いもの・・・)

 「でも、駄目だわ。会いに行くだけでも違うもの・・・」

 「なんだって?」 

 「ヒュー、あなたは自分とアレクサンダーを守って。私の事は見捨てても良いの。私、その協会に行ってみるわ」

 私はそう言ってヒューバートの手を放した。

 「ちょ、ちょっと待ってくれ、ローズ」

 「教えてくれてありがとう。さあ、これからアレクサンダーと勉強よ。それが終わったら行ってみるわ。大丈夫、ただ、面会に行くだけよ。心配しないで。あなたは寝た方がいいわ、疲れているでしょう?」

 私はヒューバートにキスをして、踵を返した。

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