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 「おや、これは珍しい」

 アレクサンダーと朝食をとっていると、朝帰りの夫が顔を出した。

 「お父様!お帰りなさい」

 アレクサンダーは大喜びで彼の父親の元へと飛んでいった。

 この館の主であり、アレクサンダーの父親であり、そして、私の夫であるヒューバート・ワイマールはアレクサンダーを抱き上げると、テーブルにやってきた。

 彼は王の側近として働いている。仕事は時として忙しくなり、今日のように朝帰りになることが時々ある。

 「ただいま、ローズ。昨日は具合が悪かったんだって?」

 「ええ、少しだけです。アレクサンダーが1日付き添ってくれたので、元気になりました」

 私の言葉に、ヒューバートは驚いた顔をした。

 「アレクサンダー、お母様の傍にいてくれたのか?」 

 「はい、昨日はずっと一緒にいたんです。一緒に勉強もしたんですよ!」

 「おやおや、いったいどうしたんだい?急に仲良くなって」

 ヒューバートは嬉しそう笑った。

 私とアレクサンダーの関係を一番心配していたのは、他ならぬヒューバートだ。子供とどう接していいかわからない私にあれこれとアドバイスをしてくれたが、私は彼の望むような母親にはなれなかった。

 今でもその自信は無い。アレクサンダーの母親は私ではない。母親にはなれないと、やはり思う。ただ、もっと仲良くはなれるはずだ。いや、仲良くなりたいと思っている。

 「朝食は?」

 「まだだよ。それじゃあ、3人で食べようか。ああ、美味しそうだね」

 ヒューバートはそう言って、アレクサンダーの隣に座る。アレクサンダーは対面にいる私と、隣にいる父親の顔を交互に見て、嬉しそうに微笑んだ。

 こういうふうに3人で食事をすることは、あまりなかった。私は大抵自分の部屋で食べていたし、ヒューバートは仕事先で済ませてくることが頻繁にあった。3人で食べる日は、必ず事前に予定を立てていた。今日のように突発的な食事は初めてなのではないだろうか?

 「胡麻のパン、食べるかい?アレク」

 ヒューバートがアレクサンダーにそう聞いて、自分の皿から小ぶりのパンを一つアレクサンダーにあげた。アレクサンダーは嬉しそうにそれを受けとる。

 (胡麻のパンが好きなのか・・・)

 今気づいた。私はアレクサンダーの食の好みさえ知らない。三年も一緒に暮らしているというのに。

 誰かに頭を叩かれた気がした。

 私は何を見ながら生きてきたのだろう?アレクサンダーの事は知っていたはずなのに、この子に全く興味を持ってこなかった。好きな食べ物すら知らずにきたなんて・・・

 胸に不安が広がってきた。

 夫に対してもそうだったのだろうか?

 友人に対しては?

 両親に対しては?

 私が有罪になった時に、誰も傍に来てくれなかったのは、自分のこれまでの行いのせいだったのか・・・

 「どうした?ローズ」

 「お母様、また具合が悪いんですか?」

 気がつくと、ヒューバートとアレクサンダーが心配そうな顔で私を見ていた。

 二人のそんな顔を見て、涙が出そうになった。

 「あの・・・わたし・・・」

 言葉が詰まってしまう。

 今までの事を謝りたいと思ったが、どう言えばいいのかわからなかった。ただ、ごめんなさいと言っても、二人からしてみれば意味がわからないだろう。いきなり謝って済ませる事ではない。

 「・・・明日も一緒に朝御飯を食べませんか?」

 苦し紛れに提案してみる。

 突然何を言い出すかと思われるかもしれないが、二人と時間を作る事が最優先なのだと思った。謝るためにも、二人を知るためにも。

 そして、近い未来に私の事を助けてもらうためにも・・・

 (浅ましいかしら・・・こんなことを考えるのは・・・でも、あんな思いをするのは嫌だわ。あんな孤独を感じるのは・・・)

 己の身勝手さに恥ずかしさを感じたが、同時に孤独になることに、これまで感じたことの無い恐怖を覚えている事を自覚した。今までは、誰かと同じ時間を過ごすよりも一人で気楽に過ごすことを好んでいた。誰かと一緒にいることで感じる煩わしさから逃げていた。しかし、そうも言っていられない事が起きてしまったのだ。

 こんな自分の変化に、自分でショックを受けてしまった。自分の中の何かが大きく変わったのだとわかった。

 しかし、私のそんな内心の動揺は、アレクサンダーの輝かんばかりの笑顔で吹っ飛んだ。

 「明日も一緒に食べて良いんですか?本当ですか?お父様も来ますか?」

 「そうだね、明日は仕事もないだろうし、一緒に朝御飯を食べられるね」

 ヒューバートも息子そっくりの笑顔で、そう言った。

 「約束ですよ、お母様!明日も一緒に朝御飯を食べましょう!」

 アレクサンダーの嬉しそうな声は、まるで鈴の音のように食堂に響く。

 一緒に食事をとろうと言うだけで、こんなにも喜んでくれることに驚き、自分でも嬉しくなる。私と食事をすることをこれ程喜んでくれる人が他にいるだろうか?

 私は指切りをして、アレクサンダーと約束をした。


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