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 断頭台に上がったところまでは覚えている。頭に袋を被せられ、跪いた。


 どうして、どうして・・・


 頭の中を駆け巡っているのは、この言葉だけだった。

 なにもわからない。

 怒りと悔しさも感じるが、それよりも、疑問の方が大きかった。


 どうして、どうして・・・


 首が固定された。

 もう逃げられない。

 そこで、記憶が途切れている。








 目を覚ますと、私は生きていた。

 どうして生きているのかと不思議に思った。

 自分の首を触るが、傷一つ見つからなかった。

 周りを見回すと、そこは自分の部屋だった。白くて清潔なシーツ、柔らかい寝間着、誰かがお風呂に入れてくれたのか、自分の体から石鹸の香りがする。

 冷たくて汚れた牢屋ではなかった。

 「どうして?許されたの?」

 呟いた自分の声は震えていた。

 掛け布団を蹴っ飛ばして起き上がる。

 「誰か?だれかいない?」

 悲鳴のような声が響く。

 パタパタと廊下を走る足音が近づいてきた。

 「どうされました?奥様?」

 そこに現れたのは、赤髪のメイドだった。彼女の顔を見て、自分の呼吸が止まるのがわかった。

 「メイリーン・・・どうして?」

 生きているの?

 その言葉は息が詰まって言えなかった。

 「?どうされました?奥様?」

 メイリーンが怪訝な顔をして近づいてくる。

 自分の呼吸がだんだんと早くなり、苦しくなる。喉の奥から変な音が聞こえてきた。

 「奥様!?誰か来て!奥様が大変!」

 メイリーンが廊下に向かって叫ぶ。

 慌ててはいるが、パニックにはなっていない。

 崩れ落ちる私の体をゆっくりと床に横たえて、楽な体勢をとらせる手付きは、落ち着いたものだ。

 そう、あなたはそういう子だった。まだ17歳と若いけれど、何かが起きたときの判断は誰よりも優れていた。

 暴漢に襲われて私が殺されそうになった時、あなたは素早く動いて私を助けてくれた。

 そして、私を庇ってナイフで刺し殺された。

 どうして、生きているの? 

 


 苦しい発作はしばらく続き、何度も意識を手放してしまいそうになったが、私は唇を噛みしめて意識を保った。

 何が起きているのかわかるまで、気絶することはできなかった。

 医者のドーソン先生が来て、少しだけ現状が理解できた。ドーソン先生は額の一部が腫れていた。

 数ヵ月前に、同じ場所に同じ腫れを見た。そして、その時と同じ服装をしていた。

 (時間が戻っている?)

 それか夢を見ているか。

 そうでないと説明がつかないことばかりだった。

 死んだはずのメイリーンが生きている。

 割ってしまったはずのお気に入りの花瓶が、傷ひとつなく窓辺に置かれていた。

 牢屋に来てくれたドーソン先生の体格が、ふくよかなままだ。メイリーンが殺され、私が牢に入れられてからすっかりやつれてしまっていたというのに。

 「奥様、気分はどうです?深呼吸してみましょうか?」

 「先生、今日は何年の何月何日ですか?」

 ドーソン先生は怪訝そうな表情になったが、答えてくれた。

 「1040年の5月です。ええと、今日は・・・」

 「14日です」

 メイリーンが教えてくれた。

 ドーソン先生がメイリーンに微笑みかける。彼は彼女を気に入っている。年齢は親子ほど違う。メイリーンはドーソン先生を頼れるおじさんのように思っているようだが、ドーソン先生は違う。

 メイリーンが殺された時の彼の取り乱しかたでそれがわかった。

 (今日が5月14日ということは、メイリーンが死ぬのは6ヶ月後・・・私の命が狙われる・・・)

 そう考えるのと同時に、これは何かの間違いなのではないか、と考えていた。メイリーンが死んだのも、私が無実の罪を着せられて断頭台に登るのも、誰かが仕組んだ悪ふざけではないか・・・そんな都合のいい期待が沸き起こる。

 「奥様、どうされました?どこか痛みますか?」

 気がつくと、ドーソン先生とメイリーンが真剣な顔で私を見ていた。

 脇に置いていた鏡を見ると、驚くほど真っ白な顔の自分がいた。今にも倒れてしまいそうだ。

 「私・・・わかりません、どうしてこんな・・・」

 自分の現状が理解できなさすぎて、涙が溢れてきた。

 いったい何が起きているのか。

 これから、何が起きるのか。

 怖くて怖くて、堪らなくなって、声をあげて泣いた。


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