白き教会と白き聖女
クロは回復したセレスと共に
帝城の敷地内にある例の教会へと向かった。
ファリアス校長が手紙を渡したと同時に
ヘンリエッタ先生が持ってきた手紙の差し出し人がいる
『神聖魔術研究機関直属教会』である。
クロは後ろを歩くセレスに問われる。
「何処へ行かれるんです?先生」
「神聖魔術研究機関直属教会に行こうと思ってな」
「さっきの魔導兵研究の話ですか?」
「それもあるが別件もあってな。…っと」
クロは廊下のつきあたり、
竜と青年が対峙している様子を描いた
巨大なステンドグラスの施された壁の下の門を開ける。
── そこにあるのは白と緑の世界
青々と茂る芝生と大理石の石畳でできた道のある庭。
所々に樹木が立ち、鳥が幾らか鳴いている。
庭と表現したが実際には帝城の庭ではない。
開けた門の先に見える、巨大な純白の建築物、
『神聖魔術研究機関直属教会』がそれを物語っている。
クロはそちらへ向けて歩きながらポツリとこぼす。
「しかしまぁ、何度見ても美しいな…」
その言葉を拾ったセレスが応える。
「このグランセリデ帝国が起こる前から
建っているそうですけどね〜。
清掃作業をしようにも汚れ一つ付いていないとか…」
「それはな、強力な浄化魔法が
アレ全体に施されているからなんだよ」
「へぇ〜そうなんですか、初耳です…って、
何でそんなこと知ってるんです?」
「俺もソレを調査した一人だからな。
よく覚えてるよ。
『浄化』する魔法だってのにどういう訳か
チリやホコリすらも消し飛ばしちまうんだからな」
「一体誰が施したんでしょうね」
「今のところ何もわからん。
いつからあるのか、誰が作ったのかすらもな…」
話すうちに教会の門前まで辿り着き、
門を開けて中へ入る。と ──
ボフッ
と、白いモノがクロに向かって飛び込んできた。
一流の騎士であるセレスですら一瞬視認出来なかった程の速さだった。
「うおぉっと」
クロは飛び込んできた勢いで少しのけ反りかける。
白いモノはクロに抱きついたそのまま、
モゾモゾと少し動いている。
「せ、聖女様…!?何を…」
抱きつかれている本人と同じ程戸惑うセレスが問う。
すると、その白いモノはクロの胸元から、
ポツリと、しかしハッキリ、
「…別に良いではないですか…」
と返事をし、顔を上げる。
── それは、表すなら『純白』
真っ白な修道服にも軽く勝る白く柔らかな髪は腰上まで伸び、
白く透き通った肌と、それらの白さ故に映える瞳の赤。
それらを包む修道服には金と銀の刺繍が細かに施されている。
背格好はセレスよりも少し小柄。
彼女の名はヘレナ・ヴァリアブル。聖女である。
元は孤児であったが当時冒険者だったクロが保護し、
孤児院も兼ねているこの教会で育てられた。
彼女の瞳以外ほとんどが白いのはこの頃からずっとで
病気などというわけではない。
クロはここの孤児院の授業もしているので彼女も
教え子の1人である。
ある時、彼女は突如として回復及び浄化系統の神聖魔法が使えるようになった。
教会の浄化魔法の件で調査のために
教会へ泊まりこんでいたクロが彼女を鑑定した結果、
職業を示す欄に『聖女』の字があるのを発見。
クロの勧めと彼女自身の希望で現在こうして教会にいる。
クロは問いかける。
「一体どうしたんだヘレナ。
貰った手紙には『視察』と書いてあったけど
何かあったのか?」
するとヘレナは少しムッとした表情になり
また顔をうずめ、
「…先生が全然来てくれないからです…」
と言った。
キョトンとした顔になるクロとセレス。
「そ、そんな理由で飛び付いたと…?」
と、セレス。
ヘレナはキッとセレスに顔を向けて言う。
「…『そんな理由』とは何ですか。
私にとっては大事ごとですよ…」
クロは言う。
「あのな、ヘレナ。
今月から孤児院の授業を別の先生と交代でやって
確かに来る間隔は長くなったとは言っても、
割と最近に《・》会ったよな?」
「え、そうなんですか聖女様?」
と、セレスが問い、ヘレナが答える。
「…確かに先生とは五日前にお会いしてますし、
普段であればもっと我慢しています。
ですけど、今回は私自身の希望で先生が
来てくださいました。それが嬉しくて……」
「我慢出来なくなって抱きついてしまったと?」
ヘレナはコクリと頷く。
「先生へ手紙を書くのは初めてで怖かったんです…」
そう言うとヘレナはまたクロの胸元に顔をうずめた。
セレスは少々のため息をつく。
「なんというか、
納得はしますが理解は出来ない理由ですね…。
というか、
聖女様もクロ先生の生徒だったのですか」
「ヘレナはここの孤児院で教えてたからな。
セレスは学園でだから知らないのは無理もないさ。
……ところで…」
クロは見下ろしていたヘレナの頭から目を離し、
正面を向く。
そこには困惑と気不味さと呆れた様子の
技巧大臣ヨハン・サッチモント。
「…ミクリネウス殿はヘレナ様ともお知り合いで?」
「えぇ、前にここの孤児院で授業を。
すみませんね、お待たせしてましたか?」
「いえいえ、ご心配なさらずに。つい先程まで、
ヘレナ様と自室でお話ししていましたら
突然部屋を飛び出されたもので追い、
今に至るのです…」
「なるほど、本当にすみません…。では、
本題に入りましょうか…って、ヘレナ?
そろそろ解放してくれるか…?」
未だに抱き付くヘレナに声を掛けるクロ。
「そうですよ!もう先生を放してもいいと思います!」
と、なぜかクロより剣幕の激しいセレスも声を掛ける。
クロがもう一度静かに声を掛ける。
「ヘレナ、今は一旦放してくれ」
するとヘレナは渋々といった様子でようやく離れた。
「ありがとう。後で付き合ってやるからさ」
そう言ってクロはポスポスとヘレナの頭を軽く撫でる。
ヨハン大臣が口を開く。
「では、ご案内しますのでこちらへ」
「…あの、サッチモント大臣。
私は付いて行ってもよろしいのですか?」
と、ヨハン大臣にセレスが問う。
「陛下より許可はいただいております故、大丈夫です」
サッチモントはそう返し歩き始め、
一同はそのまま正面、礼拝堂へと入る。
その時クロは一瞬悪寒のようなものを感じた。
礼拝堂は、
外からの見た目と同じように天井までも白い。
木製の五人用横椅子が通路を挟んで左右に二つずつ、
それが入口の手前から奥に向かって八列並ぶ。
通路の先、奥の祭壇には巨大な像が二つ並び建っている
─片方は中性的な人型の像。
この像は創造神エリファーの像であるとされ、
どこか幼い雰囲気の漂う優しげな顔で両腕を開き、
右腕に杖のようなモノを握り、
左腕には剣のようなモノを刃を下にして持っている。
─もう一方は教会には似つかわしく無い竜の像。
この像は初代グランセリデ皇帝による建国物語に登場し
その知識と技量で皇帝らを後押しした竜王、
『賢竜ベネルス』であるとされている。だが、
これについては確かな文書や伝承が少ないため
まだ確定された訳ではなく今現在も論争は続いている。
創造神エリファーの像よりも手前の低い段に
後脚で座る形で建ち
こちらは右腕に剣のようなモノを持って、
左腕には旗のようなモノを握っている。
その威容にセレスは『ほぇ〜…』と、声を漏らす。
「ん?セレスはあれを見るの初めてだったか?」
「えぇ。こんなに奥まで入ったことは無かったので」
セレスはせっかくだから、と略式的な礼拝をした。
と、ヨハン大臣が口を開く。
「では、皆様方少々お待ちを」
「?」
そして彼は祭壇の供物などが置かれる台に手をかざす。
クロの目にはどうやら魔力を供給しているように見えた。
すると、
─ ギギギギギギギギ ジジジジジ カチン
細かな音に続く、何かが外れるような硬質な音。
そして、
─ カチ カチ カチ カチ カコンッ
という軽やかな音ののち、
─ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
重い音が小さく響いて床が少し揺れる。
すると祭壇の前から最前列の長椅子の間の通路へかけ
細かな亀裂のように左右対称の平行線が走る。
次の瞬間、床が亀裂に沿って
─ カチン パキ ガチ パキ
と、動き出して何かをカタチ作り始める。
しばらくして出来上がったのは
様々な大きさの平行四辺形になった床材の白い石が
組み合わさった、歪であるが完璧な左右対称のアーチ。
その内側には謎の透明で薄い膜がユラユラと波打っている。
呆けたような様子のクロとセレスに
ヨハン大臣が声を掛ける。
「コレを使って研究所へ移動します」
その言葉に反応したクロ。
「『転移装置』…?」
「えぇ、その通りです」
「これは、いつ発見を?」
「かなり最近ですな。えー、去年あたりのことだったか…」
するとヘレナが横から修正する。
「…確か10ヶ月前のはずです」
思わずといった様子のクロ。
「なんだヘレナお前知ってたのか?」
「ミクリネウス殿、コレを発見したのはヘレナ様なのです」
「と言うと?」
ヘレナが答える。
「…私が祭壇の前で転びかけて祭壇に手をついたら、
今起きたように…」
「なんて強運だ…。
聖女って役職は運気が上がるのか…?」
クロはそう言って笑いながらヘレナの頭を撫でる。
「珍しいモノなのですか?」
セレスが問い、それにヨハン大臣が答える。
「えぇ、非常に珍しいです。
現在確認されているほとんどが今のように
変形して現れるので発見が難しいのです」
クロが装置を観察しながら口を開く。
「それ故に資料が限られていて研究が進まなくて
仕組みが全くわからないんだよ」
「一部の論では『創造神エリファー様が造った』とも
考えられていますがまだ不明です。
では、行きましょうか」
ヨハン大臣に続きクロ一行もソレをくぐる。
その時、
セレスはぼんやりと強い眩しさを、
ヘレナは包み込むような暖かさを感じ、
クロは──
─ 射殺すかのような視線を感じた
詳細
○ヘレナ・ヴァリアブル