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今は寂れた商店骸

作者: ぼるてん

 

「吉田くん、ちょっと会議室に来てくれ!」


 俺は突然呼び出され、部長と共に席に着いた。

 何十脚も並べられた広い会議室の中で、俺と部長の二人だけが向かい合って座っている。

 服が擦れる音が響く室内に、息を吸う事すら許されない緊張感が漂う。


「忙しいところ悪いな。早速要件だが、吉田克也(よしだかつや)くん、きみに新規プロジェクトのリーダーをやってもらいたい。出来るか?」

「プロジェクトリーダー!? ……はい! 是非やらせてください!」


 入社10年目となった今年、遂に俺にも昇進の話が来た。

 実家から一駅という理由だけで就職を決めたこの会社だが、気付けば同期は続々とプロジェクトリーダーを任されていた。

 近年は責任あるポジションを貰えないジレンマに苛まれていただけに、この話は何としてもモノにしたい!


「そうか、やってくれるか! しかし……プロジェクトは静岡支社で立ち上げる事になる。つまり転勤となるわけだが、それでも出来るか?」

「し、静岡ですか……」


 まさかの転勤に言葉が詰まる。

 だが一人暮らしを始めて6年が経ち、実家への執着はもう無くなっていた。


「……はい、問題ありません!」

「そうか、プロジェクトの開始は一月後だ。頼んだぞ!」


 こうして俺は住み慣れた土地を離れる事となった……


 ※※※


 引っ越しまで一週間に迫った休日。

 実家への報告や仕事の引き継ぎを済ませ、残すは部屋の片付けのみとなった。

 この部屋は実家から徒歩圏内という理由で借りたが、2階ということもあって風通しが良く過ごし易い。

 都内の割には家賃も安く、古い事を除けば良い部屋だった。


 こうして片付けていると、いよいよこの部屋を出るという実感が湧いてきた。

 溜息を吐きながら引き出しの小物を整理していると、一枚の写真が目に入る。


「うわっ、懐かしいな……」


 思わず言葉が漏れ出た。

 その写真は中学の卒業間近に二人の友人と撮ったものだ。


「ヒロとトシか……」


 何かとカッコつけては滑っていたヒロと、どんな時でも明るく振る舞っていたトシ。

 この二人とは、もう10年も会っていない。

 あいつらは今頃どうしているだろう?……

 ふと外を眺めていると、無性に歩きたくなる衝動に駆られた。


「散歩するか……」


 片付けもそこそこに部屋を出た。

 俺の部屋は閑静な住宅街に位置しているが、数分も歩けば馴染みの商店街がある。

 昼過ぎともなれば、大勢の人で賑わい活気のある商店街だ。

 散策するには丁度いいだろう。

 何よりトシの家は商店街で果物屋を営んでいる。

 あわよくばトシに会えるかもしれないという期待もあり、商店街へ向け歩を進めることにした。


 ※※※


 思い返せば実家に居た頃は商店街へよく買い物に行ったな。

 今の部屋に引っ越してからは全く来なくなってしまったが……

 そんな事を考えながら暫く歩いていると、商店街の入口に着いた。

 だが、様子がおかしい……


「なんだよ、これ……」


 嘗ての賑わいが嘘のように、殆どの店舗はシャッターが閉ざされていた。

 まるでとうもろこしの粒のように不揃いの建物が軒を連ねているが、そのいずれもが壁のコンクリートから滲む錆びた水の跡を主張し哀愁を漂わせている。

 更に場末感に拍車を掛けるのは商店街の看板だ。


「未来を育む夢の街! たちばな通り商店街へようこそ」


 俺が物心ついた頃には既に存在していた鮮やかな看板は、今ではすっかり色褪せている。

 商店街の入口のシンボルだった花屋も閉店し、今では看板が朽ちて文字が消え、日除けが破れてしまっていた。

 花屋の隣にあった和菓子屋も、その隣の模型屋も、今はシャッターの下から雑草が生えている有り様だ。

 他にも古本屋、たばこ屋、服屋に靴屋があったが、いずれも見る影も無くシャッターが固く閉ざされている。


 シャッター街となった通りに比例して、人通りも疎らだ。

 親子連れの姿は無く、年寄りばかりが目に入る。

 今や日本の人口は四人に一人が高齢者らしい。

 駅や職場では実感が無かったが、こうして年寄りの姿ばかりを目の当たりにすると本当にそうなってしまったのだろう。

 俺の中にあった“たちばな通り商店街”のイメージが上書きされた瞬間だった。


「そっか。街って10年でここまで変わるんだな……」


 馴染みの地の変わり果てた姿に愕然としながら、トシの家のある青果店へ向け歩き始める。


 ※※※


 商店街を進むと、一際高い建物の前で足を止める。


「嘘だろ。北急(ほっきゅう)ストアも閉店してたのかよ!?」


 ここは北急電鉄が運営していた5階建てのスーパーだ。

 俺が幼い頃は1階と2階が食料品売場。

 3階と4階は衣料品や生活雑貨売場。

 そして5階はゲームコーナーになっていた。

 親に連れられてゲームコーナーから商店街を見下ろす景色は今でも目に焼き付いている。

 当時は商店街周辺に高層ビルは無く、裏通りの公園まで小さく目視できる程に町内を一望できた。

 まるでミニチュア模型のように馴染みの景色が収まった光景には興奮したものだ。


 建物の作りも昔ながらのものだった。

 エスカレーターは上りのみの片道切符で下りは階段を使うしかない。

 それでも昼過ぎには駐輪場が停められなくなるほど賑わっていた。

 しかし晩年は4階と5階が閉鎖され、3階に100円ショップが入っていたことから、経営状況が芳しくないことは予想出来た。

 だが、商店街のランドマーク的なスーパーが閉店に追い込まれるのは異常だ。

 まさかここまで商店街が壊滅的になっていたとは思わなかった。


「カッちゃん? ……カッちゃんじゃん!」


 愕然と立ち竦む俺の背後から響く聞き慣れた声で我に帰った。

 その声は……トシか!?

 俺は咄嗟に振り返ると“仲井フルーツ”と書かれた店の軒先に、やや老けたトシの姿があった。


「やっぱりカッちゃんだ! 元気してた?」


 トシは相変わらず明るい声色で話し掛けてくる。

 商店街がこんなになってもトシは相変わらずだな。


「おう! 久しぶりだな。トシも元気でやってるか?」


 すると、トシの顔が僅かに曇った。

 これは何か嫌な事を抱えている時の顔だな……


「……トシ、何かあったのか?」

「やっぱりカッちゃんにはわかっちゃうかー。実はさ、閉店することにしたんだよ……」


「閉店!? なっ……」


 なんでだよ!?

 そんな言葉が喉から出掛かるが、商店街の惨状が過り言葉を飲んだ。

 辺りを見回すと片手で数える程にしか開いている店が無い。

 トシの店の閉店が時間の問題なのは明白だった。


「なんでって? ほら、去年の末に北急ストアが閉店しただろ? それで一気に客足が途絶えちゃったんだ。先月は(やなぎ)さんが閉店したよ。うちは来月末までだね……」


 どうやらトシには俺の考えが筒抜けのようだ。

 なんでって聞かなくても答えてくれた……

 あと一ヶ月で閉店か。


「そっか。なんか寂しいな……」


 トシは俺を一瞥すると、北急ストアへ視線を向ける。


「ねぇカッちゃん、あの跡地は何が出来ると思う?」

「跡地? コンビニでも入るのか?」


「いや、老人ホームだってさ。商店ですらないよ。もう笑うしかないよね……それを聞いた時に閉店を決めたんだ」


 トシは乾いた笑いを漏らすと、小さくため息を吐いた。


「さて。変な話になっちゃってごめん。そうだカッちゃん、最後に何か買ってってよ!」

「そうだな。一人で食べきれそうな物を頼むよ」


「じゃあ蜜柑でいいかな。カッちゃんは面倒くさがりだから、包丁を使わなくても食べられるものにしたよ!」


 くっ、長い付き合いだけあってトシは俺の性格をよくわかっていた。

 代金を渡し、渋々と蜜柑の入った袋を受け取る。


「……なあ。トシはこの店を畳んだ後はどうするんだ?」

「駅前にショッピングモールが出来たでしょ。あそこのテナントに知り合いが居てね、そこに入る事が決まったよ。でも、人の下に就くのは初めてだから不安しかないね……」


「そっか。これからが大変だな……実は俺も来月静岡に転勤するんだ」

「転勤!? そうなんだ……なんか寂しくなっちゃうね。そうだ、ヒロの事は聞いた?」


「いや、特に何も聞いてないぞ」

「人伝に聞いたんだけど、結婚して子供が二人居るんだってさ」


「えっ!? あのヒロがか?」

「そう。笑っちゃうよね。カッコつけてはいつも滑ってたあのヒロがだよ!」


「そっか。ヒロはもう立派に親やってんだな……」

「うん。おれもそろそろ結婚しなきゃって思い始めたよ」


「なんだよトシ、彼女居んのかよ!」

「ははっ。居るわけ無いじゃん……」


「そっか……悪いこと聞いたな」

「良いんだよ。どうせカッちゃんも居ないんでしょ?」


「けっ。ほっとけよ!」

「「はははっ!」」


「……元気でね」

「……トシもな!」


 他愛の無い会話を終えると、俺はトシの店を後にする。


 ※※※


 商店街を進んでいると、やはりシャッターが目立つ。

 以前はCDショップだった場所が駐車場になり、喫茶店だった建物には学習塾が入り、電気屋はマンションになっていた。

 いずれも“商店街”には不釣り合いなテナントばかりだ。


 シャッター街となってしまった通りだが、その中で一際異彩を放つ建物に足を止める。

 “()時計店”と書かれた謎の店舗だ。

 しゅう(・・・)時計店なのか、たかし(・・・)時計店なのか、読み方すら定かではない。

 俺が物心ついた時には既に閉店していて、どんな店だったのかもわからない。

 昔は二階部分に縦型の看板がついていたが、今はもう無くなり以前よりも建物の劣化が進んだ気がする。

 一体この建物の中はどうなっているのだろうか?



 ――ドゴォォォォン!!!!



 そんな疑問を抱いていると、爆音で我に帰る。


「うおっ。爆発か!?」


 慌てて音のする方へ歩を進めると、爆音の正体は建物の解体だった。

 ここは確か“銀柳(ぎんりゅう)商店”という魚屋で、兄弟で営業していた頃は賑わっていた。

 まるで餅つきのように交互に発する呼び声は商店街の名物だった。

 繁忙期には兄弟の奥さんが軒先に立ち、四人で接客していることもあったな。


 しかし、兄弟の仲違いで弟が出て行ってからは、店名の“銀”を塗り潰し“(やなぎ)商店”に改名して以降は“柳さん”と呼ばれていた。

 改名してからは、すっかり大人しくなってしまった印象だが、ここも閉店したのか。

 そういえば、さっきトシが「柳さんは先月閉店した」とか言っていたな。

 こんなに早く取り壊されるとは、宗時計店とは偉い違いだ。


 ぼーっと眺めている間にも解体が進む。

 重機で壁に穴が開けられると、部屋の様子が露わとなった。

 襖の先にはシンクや換気扇が見える。

 あの場所が台所だったのだろう。


 兄弟で切り盛りしていた時は、あそこで朝食や夕飯を作っていたのだろうか?

 仲違いの前夜は、襖の部屋で意見を交わしたのだろうか?

 繁忙期に四人で仕事を終えた夜は、売り上げに一喜一憂していたのだろうか?


 穴の空いたその場所には、確かに人の営みの跡があった。

 バキリ、バキリ、と音を立てて崩されていくごとに、その営みの結晶が消えていく。

 別に柳さんに思い入れがあるわけではないが、なんだか無性に悲しくなった……


「もう帰ろう……」


 家路に就こうと踵を返すと、見覚えのある男の姿が目に入る。


「ヒロ……」


 思わず声が漏れ出ると、男はこちらを振り向く。


「……カッちゃん!?」


 やはり、その男はヒロだった。

 ヒロが俺の方に向かってくると、その背後には二つの影があった。


「カッちゃん、久しぶりだな! 紹介するよ、オレの奥さんと子供だ。早苗(さなえ)、こいつはオレの中学時代の同級生。話したことあったろ? カッちゃんって」

「ええ。旦那がお世話になっております。妻の早苗です」

「ああっ。こちらこそよろしくお願いします……」


 俺と奥さんは互いに深々と頭を下げた。

 ヒロは続いて二人の子供に指を差す。


「あとこっちが今年小学校に入った大貴(だいき)と、早苗が抱いてるのは娘の(めい)だ」

「ねぇねぇとーちゃん。早く帰ろうよー。ばーちゃん待ってるよ!」


 ヒロの紹介を割り込み、大貴がヒロの服を引っ張って催促している……

 ちょっと待ってろとヒロが宥めるが、その顔は親の貫禄が滲み出ていた。

 そっか、あのヒロも立派に親をやってるんだな。


「ははは。悪いな、こいつが煩くて……ちょっと買い物してトシに挨拶したら帰るつもりだったからさ」

「いや、いいんだ。俺こそ悪いな、邪魔しちゃって」

「とーちゃんってばー! 帰ろゔぉ!?」


 ヒロは大貴の頬を軽く摘むと、ムニムニと揉み始めた。

 すると大貴はヒロの腰をポカポカと叩いて戯れている。

 なんだよ、良い父親じゃないかよ……


「カッちゃんも買い物してたのか?」

「まぁそんなところだな。静岡に転勤が決まってさ、最後に散歩してたって感じだ」


「そうなのか。実はオレも今は神奈川に住んでんだよ。久しぶりに実家に顔出そうと思ってさ。ついでにトシに会おうと思ったんだけど、まさかカッちゃんにまで会えるとはな!」

「ははっ。すげぇ偶然だな。俺も8年ぶりくらいにこの通りを歩いてんだよ!」


「「……」」


 俺とヒロの言葉が詰まる。

 髪をわしゃわしゃと荒らす手が止まったことで大貴がヒロを見上げる。


「とーちゃん?……」


 ヒロはふぅと溜息を吐くと、重い口を開く。


「この街も変わっちまったな……」

「街だけじゃない。ヒロも変わっちまったよ……綺麗な奥さんと、可愛い子供が居るじゃないか」


「まあなっ! オレの家族は最強だから!」

「……ヒロのダサいところは相変わらずだな」


「おっ、おい! ダサいって言うなよ。父親の貫禄無くなんじゃねーか!」


 ヒロは照れ臭そうに俺を肘で突いた。

 すると早苗さんが突然笑い出す。


「あはははは。ヒロくんって本当にどこでもカッコつけてるのね。プロポーズの時だって『オレと一緒になったら宇宙一幸せにしてやる! だから結婚してくれ!』なんて言うんだもの」

「ばっ、ばか! そんな恥ずかしい話、こんなところですんじゃねーよ!」

「おいおいヒロ、プロポーズまでカッコつけて滑ったのかよ!」


 ヒロは顔を薄っすらと赤く染めながら、あたふたと戸惑っている。

 その姿は学生時代のヒロの様子を思い出すものだった。


「とーちゃん、とーちゃんは宇宙一なの?」

「おっ、おう! とーちゃんは宇宙一カッコいいんだぞっ!」


 ヒロは両手をベルトに当て、変身ヒーローの真似をした。


「とーちゃん、それダサいよ……」


 だが、息子にまでダサいと言われてしまい、ヒロに若干同情する。


「だぁーっ! お前がこのカッコ良さを知るには5年早いぞー!」


 ヒロはそう言いながら大貴の腹を何度もつついた。

 大貴は擽ったそうにケラケラと笑いながら腹を抱えてヒロの足を蹴る。

 そんな二人の様子を早苗さんは目を細めて眺めていた。


「じゃ、元気でな!」

「ああ。ヒロもな!」


 俺は早苗さんに頭を下げ、ヒロ達と別れると改めて家路に就いた。


 ※※※


 ベッドで仰向けになりながら、今日の出来事を振り返る。

 暫く見ないうちに、この街も、トシも、ヒロも変わってしまった。

 10年後、俺やこの街はどうなっているんだろう?

 シャッター街が広がっているのか、全く別の建物になっているのか……

 その頃、俺はどんな暮らしをしているんだろう?

 奥さんや子供と過ごしているのだろうか。

 それとも今と変わらずに一人で過ごしているだろうか?


 先の事はわからない……でも、一つはっきりした事はある。

 俺はこの街が好きだということ。

 どんな姿になろうとも、この街で過ごした思い出は俺にとってかけがえのないものだ。

 今はそれで良いじゃないか。


 そんな事を思いながら、俺は新天地の静岡で新たな一歩をスタートさせる。


最後までお読みくださりありがとうございました。

読者様の思い出を感想にて綴って頂けますと嬉しく思います。


旧題:たちばな通り商店骸

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― 新着の感想 ―
[良い点] いいお話でした! ぐおおおーーーん! 変わらないものなどないのか…… ぐおおおーーーー……
[一言] とても胸が切なくなる、お話でした。 私の場合は商店街じゃないんですが……正面にあった畑や家がアパートやら何やらに代わっていくのを見て、寂しさを感じています。
[一言] ぼるてんさまの廃墟愛を感じました。 寂れた商店街の描写が見事です。 街って変わるときは、10年くらいでも変わるものなんですねえ…… わたしの故郷のイメージといえば、阪神大震災でガタッと全部…
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