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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
5章 悪魔の道具は今日も真摯に天使へ捧ぐ
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6話 いともたやすくはないけれどえげつない召喚の仕組み

「勇者を送還する方法ですか……あいにくと存じ上げませぬな」

「そうですか……」


 アストルムに帰った後、さっそくヴェッキオ枢機卿に勇者の送還方法について聞いてみた。

 答えは今の通りだったけどね。


「お力になれず、大変申し訳ございません。

 ですが、なぜそのようなことを?」

「マクシミリアン陛下と話している最中に気になったのです。

 召喚と同じ原理であるはずの送還だけが行えないというのは不思議でしたから。

 魔法使いとしての好奇心だったのですが……聞いてはならないことだったでしょうか」

「いえ、もちろんそのようなことはございません。

 陛下の魔法に対する探究心はよく存じ上げておりますし、素晴らしい美点だと常々感服しております」


 不安を装って尋ねると、ヴェッキオ枢機卿はそう言って微笑んでくれた。

 嘘をついているようには見えないし、同じ枢機卿である私に隠し事をする意味もないから、きっと本当に知らないのだろう。

 枢機卿の中で最年長のヴェッキオ枢機卿が知らないということは、ヴェンディミアは関係ないのかもしれない。

 勇者の送還方法は教皇や聖女しか知らない機密だという可能性もあるから、断言はできないけどね。


 もしそうだとしたら、調べる方法は――ああ、そうだ。不死鳥に聞いてみよう。

 長く生きている彼なら、召喚の儀に関して何か知っているかもしれない。


 問題は、どうやって不死鳥と話をするかだ。

 肉の件で協力してもらった時や魔素の供給の件で質問した時は向こうから来てくれたから、私から不死鳥と連絡を取る方法は知らないんだ。

 この前会った時に聞いておけばよかったかな。


「何を悩んでいるのです」


 ヴェッキオ枢機卿と別れて部屋に戻った後も考えたけれど、いい案は思いつかなかった。

 その様子が目に留まったのか、毛繕いを終えたトレーラントが優雅な仕草で私の上に飛び乗ってくる。

 飛び乗るのはいいのだけど、的確にみぞおちを狙ってくるのはやめてほしいかな。

 猫の重さはそれほどでもないとはいえ、勢いを付けられるとちょっと痛い。


「不死鳥に会いたいのだけど、連絡の取り方が分からなくてね」

「我に何か用か?」

「ええ、少し聞きたいことが……?」


 今まで感じなかった気配と聞き覚えのある声に窓辺を見ると、ふわふわの羽毛が目に入った。

 窓には鍵を掛けてあったはずなのにどこから入ったのだろう。

 そう思って辺りをよく見てみると、窓ガラスの片隅に丸い穴が開いているのに気が付いた。これは、修復が大変そうだね……。

 私の膝の上で伸びを始めたトレーラントが、呆れた様子で口を開いた。


「必要な時に呼べば、よほど向こうが忙しくない限りは来ますよ。

 祝福を与えられるほど好かれている人間限定ではありますが」

「うむ。さすがに、炎の魔力が弱い海中などで呼ばれると到着までちと時間はかかるが、暇なら行くぞ」

「それは……ありがとうございます」


 嬉しいけれど、なんだか暇を持て余した老人みたいだね……。

 口には絶対に出せないことを思いながら礼を言うと、不死鳥は誇らしげに翼を羽ばたかせて私の肩に乗った。膝の上にはトレーラントがいるから、傍から見るとなかなか緊張する光景だ。

 猫の姿を取っているとはいえ、悪魔である彼が不死鳥を狩るとは思わないけれど。


「そなた、以前よりも少し成長したの」

「私はもう背は伸びませんが……」

「我が言うておるのは魔力のことだ。量も質も更によくなった。

 人間は成長が早いの」


 優しい声と共に、柔らかな何かが私の頭を撫でた。きっと、不死鳥の翼だろう。

 魔力が増えたことは自覚していたけれど、改めて褒められるとなんだかうれしい。

 魔力の成長を喜ばれるのは子供の頃以来だからね。


「して、そなたが聞きたいこととはなんだ?」

「召喚の儀についてお伺いしたいのです」


 勇者を召喚する方法があるのに送還する方法がないことと、それからもう一つ。

 トレーラントでさえすべての魔力を使っても異世界の知識を少々しか得られないのに、どうして人間は異世界から勇者を召喚できるのか。

 それが、先日魔法王と話しているときに抱いた違和感の正体だった。


「一言で言ってしまえば、アロガンシアの細工の成果だな」

「アロガンシア?」


 予想通り、不死鳥はあっさりと答えを返してくれた。

 口にされた名前には聞き覚えがあるような気がするのだけど、どこで聞いたのだったかな……。


「第一天使ですね。

 聖フランチェスカに既存のものと構造を変えた召喚の儀を伝え、加護を与えたとされています」

「ああ、そういえば前にヴェッキオ枢機卿から聞いたね」


 聖フランチェスカの名前は覚えていたけれど、加護を与えた天使の方はすっかり忘れていたよ。

 既存のものと構造を変えた、というのは不死鳥が言っていた細工の事かな。


「あやつが介入する以前、召喚される勇者の人種や住まう世界、年齢はまちまちだった。

 死に瀕した人間を召喚しておった故、時には召喚されてすぐに息絶えた異世界人もおったの」

「どうしてわざわざ死にかけた人間を召喚したのですか?」


 戦わせるために召喚させるのだから、元気な人間を召喚した方がいいのは明らかだ。

 理由があるとは思うのだけど……。


「消費する魔力が少ないからだ。

 知識を得るよりも人や物質を得る方が必要となる魔力が多いのは、その世界に与える影響が高い故。

 余命いくばくもない死にかけの人間なら、魔力が少なくとも召喚は可能だ。

 それでも、今と違って当時の召喚は五百年に一回ほどしか行えない上、大量のエルフや妖精を生贄に捧げて魔力を搾り取る必要があったがな」


 不死鳥の話を聞く限り、昔の召喚は現在とはだいぶ異なったようだ。

 捧げられるエルフや妖精はもちろん、召喚された勇者自身もたまったものではなかっただろうね。

 私だったら、自分が死にかけているときに世界を救えと言われても受け入れられる自信はない。


「アロガンシアの介入によって勇者の性質は固定化され、その質は大幅に上がった。

 あやつの施した細工は様々だが、そなたの疑問に関係しておるのは魔力の供給と勇者への補助だな。

 必要な魔力の大半をアロガンシアが補うことで召喚の頻度を増やし、招いた勇者の傷や病を治したり多少の力を与える――そなたたちはこれをスキルと言っておるな――ことで余命を伸ばす。

 そこまで手を掛けた勇者が元の世界に帰ることを、アロガンシアが望むはずもなかろう。

 人間が勇者の送還を行えないのは当然というわけだ」

「では、必要な魔力があれば人間でも異世界に行くことは可能なのですね」

「無論だが、そなたが勇者を帰す利点はあるまい。

 悪魔はもちろん、天使の怒りを買ってもよいことはないぞ」


 もちろん、私も勇者を帰そうとは思っていないよ。

 異世界に行くのは私とエミールだ。


 勇者がいた世界で魔素の供給方法が確立されていたとしても、この世界で実行できるとは限らない。

 それは私も重々承知だ。

 だけど、異世界に行けるのなら問題は解決する。

 エミールはすでに死んでいるから世界に与える影響はほとんどないはずだし、私には時間がある。

 出来ないことはないと思うのだけど……。


「そうですね。大体十万年ほど君が魔法を使わなければ、貯められると思いますよ」

「……ずいぶん掛かるね」


 予想よりもずっと長い年月が必要なことを知らされて、一瞬言葉を失ってしまった。

 薔薇色の瞳が不機嫌そうに私を見上げる。


「人間ごときの魔力で異世界に渡るのですから当然でしょう。

 それに、今言ったのは片道分です。戻るのならさらに倍は必要ですね。

 もっとも、異世界からこちらに戻れる方法があるのかは不明ですが」

「……やめておくよ」


 二十万年かけて魔力を貯めるのはともかく、異世界から戻れなくなるのは困るからね。

 そう言うと、トレーラントは満足気に尻尾を揺らして私の腿を前足で押した。

 ちょっとくすぐったいけれど、わざわざ止めるほどでもないから好きにさせておこう。


 それにしても残念だ。いい案だと思ったのに。

 私は何も異世界観光がしたいわけではなくて、君に魔素を供給したいだけなのだけど。

 他に手立てがないか、回転の鈍い頭を絞って考えを巡らせる。


「そうだ。あの糸で、エミールの魂と魔素を繋げることは出来るかな」


 君の肉体と魂を繋いだ糸は、まだ少し残っている。

 時間以外の全てを繋げられるのなら、魔素だって繋げられるはずだ。

 けれど、トレーラントは小さく首を横に振った。


「確かにあの糸は時間以外の全てを繋げます。

 ですが、魔素は……説明しづらいですが、砂粒のようなものなのです。

 魔素を一粒ずつ繋げることは可能ですが、蘇生に足る量を繋ぐには糸が足りませんよ。

 現実的ではありませんね」


 残念ながら、私が思いつく程度のことはトレーラントも考えていたらしい。

 確かに、砂粒を糸で繋ぐのは無謀だね。

 いっそ、本当に砂粒だったら水と混ぜて塊にしてしまうのだけど……。


「……魔素を塊にすることは出来ないのかい?」

「塊?」

「魔素は砂粒のようなものだと言っただろう。

 だから、砂のように何かと混ぜたり、圧縮したりして塊に出来ないかと思ったんだ。

 砂は水と混ぜれば泥になって固めやすくなるし、圧縮すれば岩になるからね」

「君にしては、悪くない発想ですね」

「うむ、いい案だ」


 トレーラントと不死鳥の反応はなかなか良かった。

 これも先ほどのように想定済みの考えかと思っていたから、この反応は予想外だ。

 少しは可能性がある、と思っていいのだろうか。


「魔素は全ての源ですから、その辺りの石ころも「魔素の塊」と言えなくもありません。

 ですが、魂に供給するには純度が低すぎます。

 もし純度の高い魔素を塊に出来れば、先ほどの提案を実現できるかもしれません。

 ……もちろん、実現できればの話ですがね」

「分かっているよ」


 それでも、具体的な目標を見つけられたことは嬉しかった。

 ただ漠然と「魔素の供給方法」を探すよりは「魔素を塊にする方法」の方が探しやすい。


「そなたはなかなか、面白いことを考え付くの」


 私の肩に乗っている不死鳥が、楽しそうに鳴いた。

 小さな翼を羽ばたかせて、言葉を続ける。


「常識に囚われることなく柔軟に物事を考えられるのは、そなたの長所だ。

 この調子で、他にも魔素を供給できる方法がないか考えるがよい。

 選択肢は多くあった方が、いざというとき便利だからの。

 なに、心配はいらぬよ。しばらくはそなたの元におるから、何かあれば聞くとよい。

 ひよっこな猫よりは物を知っておるぞ」

「僕は猫ではなくて悪魔です」

「猫ではないか。以前も我を追い回し……いたい! か弱い老鳥になにをするのだ!」


 何かを言いかけた不死鳥の頭を、トレーラントがぱしりと叩いた。

 私の肩から落下しかけた不死鳥はすぐに空中で姿勢を立て直していたから、それほど力は込めていなかったようだ。

 つんと澄ましたトレーラントが、薔薇色の目で不死鳥を追いながら口を開く。


「弱肉強食はご存じでしょう」

「我を食ったところで味はさほど良くないぞ。サラマンダーにはよく文句を言われたものだ」

「君たち、何してるんだい……」


 遊ぶのはいいけれど、それなら私と離れた場所でやったほうがいいのではないかな。

 まあ、当初の疑問は解決出来たからいいのだけど……。

 あくまでも私から離れずに攻防を繰り返す一匹と一羽を眺めながら、今後について整理する。


 ひとまず、今は当初の目的通り勇者から異世界の知識を得ることに専念しよう。

 もし魔素の供給方法やそれに関係する知識が得られればよし。

 そうでなくとも、異世界の知識から何か思いつくかもしれない。

 純度の高い魔素を塊にして君の魂と繋ぐ……という発想は我ながらなかなかいいと思うけれど、私が思いつかないだけで他にもいい案はあるだろうからね。


 大丈夫。一人で試行錯誤していた十年前に比べて、私には味方も使える手立てもずいぶん増えた。

 君とまた会える日は、きっと近いはずだ。

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伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

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マシュマロ
― 新着の感想 ―
[一言] ウィルが味方がいると言うと感慨深いです。成長しましたね…。魔力の成長は精神的な影響で起こることもあるんでしょうか。 不死鳥は相変わらず癒し系です。
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