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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
5章 悪魔の道具は今日も真摯に天使へ捧ぐ
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5話 やさしい王の本心

 王族しか立ち入りを許されていないのだという庭園には、色も形も様々な百合が咲き誇っていた。

 私は花にあまり詳しくないのだけど、つい見惚れてしまったよ。

 東屋に案内されて椅子に腰かけると、テーブルに瓶とグラスが並べられた。

 どちらも細工が施されていてとても綺麗だ。


「ウィルフリート殿はお酒を嗜まれるだろうか」

「ええ」

「それはよかった。今年の果実酒は特に出来がいいから、ぜひウィルフリート殿に飲んて頂きたくて」


 グラスに注がれたのは澄んだ赤色の果実酒だった。エアトベーレの名産らしい。

 百合とは違う華やかな甘い香りがここまで届くから、きっと糖度が高いのだろうね。

 君は甘いお酒が好きだったから、この果実酒も気に入るのではないかな。


「では、一年半ぶりの再会を祝って」


 弾んだ声を合図にグラスを軽く掲げた。勧められて口を付けると、ほどよい甘酸っぱさが喉を流れる。

 うん、おいしいね。君がすきそうだ。

 時間があったら買って帰ろうかな。もちろん、君が目覚めた後で一緒に飲むために。


 それからしばらく、魔法王と歓談を楽しんだ。

 色々聞かせてもらったよ。彼が護衛と共に行ったドラゴンの討伐――以前私が狩ったのは幼体だったけれど、彼は成体を狩ったらしい。さすがだね――や、彼の子供について。その他諸々。


「ところで、ウィルフリート殿。本題を聞かせていただいてもよいだろうか」


 思いのほか弾んだ話がひと段落した頃、魔法王が切り出した。

 気が付けば、果実酒もだいぶ少なくなってきた。今は確かに頃合いだろう。

 グラスを置いて、魔法王に向き直る。


「本題に触れる前に、今からお話しすることを誰にも話さないと誓っていただけますか?」

「もちろんだ。誓約の魔法を掛けてもらっても構わない」

「信頼しておりますから、そこまでは求めません。

 ただ、場合によっては世界の進退にも関わると思っていただきたいのです」


 この警告はヴェッキオ枢機卿から必ず伝えてほしいと言われたものだ。

 私としては、魔法王が召喚の儀について話したところで大した影響はないと思うけどね。

 なにせ、悪魔であるハープギーリヒ侯爵が儀式を主導しているのだから。


「……わかった。誰にも話さないと誓おう」


 私の警告はきちんと伝わったようだった。

 魔法王が神妙な顔で頷いたのを確認して、話を進める。


「これはまだ内密の話ですが、ヴェンディミアで三年後に召喚の儀が行われます。

 その際、私と共に魔力を捧げて頂きたいのです」

「それは……異世界から勇者を召喚するということか?」


 その問いかけに頷くと、魔法王の表情が僅かに曇った。

 勇者の召喚は一般的に喜ばしい出来事だとされるから、この反応は予想外だ。

 何か、勇者に嫌な思い出でもあるのだろうか。

 訝しむ私に気が付いたのか、魔法王が慌てた様子で首を横に振る。


「協力を拒むわけではない。

 ただ、召喚される勇者の気持ちを考えてしまったのだ」


 勇者の気持ちか。そんなもの、よく考えられるね。私は全く気にならなかったよ。

 さすが、賢王とよばれるだけのことはある。

 そんなことを頭の中で考えながら、魔法王の話に耳を傾けた。


「異世界から召喚される勇者は十代の若者だと聞いている。

 気力、体力共に充実した年頃の人間が勇者として選ばれるのは仕方ないのかもしれないが、突然見知らぬ世界に召喚されて重責を背負わされる勇者が哀れに思えたのだ。

 ウィルフリート殿ならご存じだろうが勇者の称号は本来、そう簡単に与えられるものではない。

 異世界の人間は確かに強力な魔力と身体能力、そしてスキルと呼ばれる勇者独自の能力を持つが、それだけで戦えるのなら誰も苦労はしないのだから」


 魔法王の言い分は理解できた。

 彼の言う通り、この世界の人間が勇者の称号を得るには多くの功績が必要だ。

 ドラゴンを倒したり、暴れる水龍を退治したり、戦争で活躍したり……それでもなお政治的な理由で与えられないこともある。


 その称号を無条件で与えられるというのは期待の証でもあるけれど、それだけの活躍を期待されているということでもある。

 記録によれば、召喚された勇者のほとんどは戦いを経験したことがないらしい。

 そんな人間に称号と見合った活躍をするよう強いるのは、冷静に考えればかなり無茶だ。

 おとぎ話なら苦も無く悪魔や魔物を倒せるのだろうけど、ここは現実だからね。


 理解は出来たけれど、これはどう返事をしようか。

 協力はしてくれるみたいだから、無難に相槌だけ打って流してしまうのも手だ。

 だけど、人は感情で動く。魔法王ほど自制心の強い人なら問題ないと思うけど、儀式に支障が出ないとは言い切れない。

 出来るだけ質のいい勇者を召喚するためにも、ここは頑張ってみようか。


「確かに、勇者という称号は異世界から召喚された者にとっては重荷になるかもしれません。

 勇者がそれまで暮らしていた世界は魔物が存在しない平和な世界だと聞きますから、なおさら。

 ですが、ここで召喚をためらってしまえば我々の世界が壊れてしまいかねません。

 心苦しいですが、召喚自体は受け入れるほかないでしょう」

「無論、それは理解している。

 自らを害した罪人にさえ慈悲を掛けた貴殿が、勇者の召喚に心を痛めていないなどとは思っていない。

 第一、召喚はヴェンディミアが決めたことだ。私やウィルフリート殿が口を挟めることではない」


 いや、心はまったく痛んでいないからそこは気にしなくていいのだけど。

 残り少なくなった果実酒で唇を湿らせて、話をつづけた。


「ですから、マクシミリアン陛下に協力をお願いしたのです。

 陛下はお若い。召喚される勇者と年はさほど変わらないでしょう。

 「導き手」として、勇者に寄り添って頂きたいのです。

 もちろん私も精一杯役割を務めますが、年の離れた私には相談しづらいこともあるでしょうから……」


 導き手というのは、勇者にこの世界の常識や知識を教える家庭教師のようなものだ。

 同時に、勇者の心の安定と力が暴走した際に止める役割も担っている。

 それ故、導き手には召喚の儀で魔力を捧げた人間が選ばれる慣習となっていた。

 勇者として召喚されるのは捧げられた魔力と相性がよい人間だというのが通説だし、儀式で魔力を捧げるということはそれだけ上質で豊富な魔力を持っている証明だからね。


「なるほど。それで私を……やはり、ウィルフリート殿は優しい方だ。

 それならなおさら断るわけにはいかない。勇者への罪滅ぼしも兼ねて、協力させてもらおう」


 どうやら、魔法王は私の言葉を信用してくれたらしい。

 先ほどとは打って変わって明るい表情で引き受けてくれた。

 もっともらしいことを言ったものの、やることは変わらないのだけどね。

 納得してくれたのならそれでいいけれど。


「ありがとうございます」

「いや、私の方こそ感謝する。

 私は勇者を憐れむばかりで、彼らが召喚された後の事には気が回っていなかった。

 二度と元の世界に戻れない彼らにとっては、その気持ち問わずこの世界が第二の故郷になる。

 彼らに罪悪感を感じつつも止められないのなら、せめてこの世界で少しでも心地よく暮らしてもらえるように考えるべきだった」

「ええ……」


 魔法王の言葉に頷きながら、私はなぜか違和感を覚えていた。

 理由を考えて、やがて思い当たる。


 どうして勇者は元の世界に帰ることが出来ないのだろう。

 勇者を召喚する世界は特定されている。理論上は、召喚できるなら送還もできるはずだ。

 ……一番考えられる理由としては、送還できることをヴェンディミアが秘匿しているというものかな。

 彼らにとって、勇者を帰す利点はないからね。


 でも、それだけではないような気がする。この召喚の儀自体、少し不自然だ。

 理由はまだわからないけれど……強いて言うなら、魔法使いの勘かな。

 アストルムに帰ったら調べてみよう。ヴェッキオ枢機卿辺りに聞けば、きっと教えてくれるはずだ。


「ウィルフリート殿? 何か気にかかることでもあっただろうか」


 考え事が過ぎたらしい。気が付くと、魔法王が気遣わし気にこちらを見つめていた。

 銀色の瞳が思ったよりも近くにあったから、すこし驚いてしまったよ。

 慌てて理由を探して、空になったグラスに目を止める。


「申し訳ありません。果実酒がおいしくて、つい飲みすぎてしまったようです」

「気が利かなくてすまない。立てるだろうか」

「ええ。それほど酔ってはいませんから」


 こう見えて、お酒には強い方だからね。

 だけど、酔いを理由にした以上は見苦しくない程度に酔ったふりをした方がいいだろう。

 差し出された手を取って危なげなく立ち上がると、魔法王は安心した様子だった。


「長旅で疲れているところ、長話に付き合わせてしまって申し訳ない」

「お気になさらず。誘ったのは私の方ですから」

「そう言って頂けると助かる。では、城までまたご案内しよう。

 ……そうだ、ウィルフリート殿」


 東屋を出る直前、魔法王がこちらを振り返った。


「以前は言いそびれてしまったが、今となっては私もウィルフリート殿も同じ王という立場だ。

 二人の時は、あまりかしこまらずに話してくれるとありがたい。

 ウィルフリート殿の豊富な知識や経験は魔法使いとして尊敬しているし、その慈悲深さと公平さは私も見習わなければならないと常々思っている。

 そのような相手にかしこまられると、私としても気分が落ち着かない」

「……分かった。次からはそのように接するよ」


 どうやら、彼のなかで私は少し……いや、かなり美化されているらしい。

 だけど、彼の言い分はもっともだ。王族の血はだいぶ薄れているから治癒魔法は使えないけれど、戴冠式は行なったから私が王になったことは公に認められている。

 対等な立場にあるはずなのに片方がへりくだりすぎるのは、両者の印象としてもよくないだろう。

 見方によっては、アストルムがエアトベーレに従っているようにも思われかねないからね。


 言われたとおり言葉遣いを修正すると、魔法王は嬉しそうに微笑んだ。

 私を尊敬するといった彼の感性は理解できないけれど、この程度で喜ばれるのなら安いものだ。

 彼の役割は彼にしか果たせない。機嫌をよくして貰うことは大切だからね。


 私と魔法王の二人が捧げた魔力によってどんな勇者が召喚されるのか、今から楽しみだった。

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マシュマロ
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