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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
4章 悪魔の道具は今日も真摯に呪いを解く
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26話 解放(するとはいったけれど永遠にとは言っていない)

 三日後、私は朝早くから出口のない迷宮を訪れていた。

 早くしないと、彼との約束を果たせなくなってしまうからね。


「やあ、おはよう。今日は雨だよ。国を出るにはあまり向かない日だね」

「……てめえの頭はいかれてんじゃねえのか」


 今日は天気以外に一言を添えるようにしてみたのだけど、男の反応は悪かった。

 私も君以外の人間と天気の話をしたところで楽しくないから、構わないのだけどね。

 ちなみに同じことをトレーラントに言ったら「魔法で防げばいいでしょう、雨くらい」と呆れられてしまった。私もそう思う。


「本当に今日、アリッサたちは解放されるんだろうな」

「もちろんだよ」


 彼らを解放するとは言ったけれどその後には言及していないし、解放の際に()()()()()()()を持たせることも今回の取引内容に反していないからね。

 傭兵たちはめったに迷宮に入らないそうだから、魔道具……もとい転移装置が発動する可能性は低い。

 それでも、処刑するよりはずっといい使い道だと思うんだ。


 ……ということはもちろん飲み込んで、彼の前に三日前と同じ手鏡を置いた。

 表面に風景を映し出すと、ちょうど彼の仲間たちが隣国との国境で解放されるところだった。

 彼らのほとんどは泣くか俯くかしていて顔が分かりにくいけれど、男には判別がついたらしい。

 仲間たちの姿が遠ざかって見えなくなるまで、一人一人の名前を呼んでは鏡の表面を愛おしそうに撫でていた。


「気は済んだかな」

「ああ……」


 隣国との国境沿いの風景しか映さなくなった鏡を仕舞いながら尋ねると、男は放心した様子で頷いた。

 では、契約してもらおうか。


「俺は何をすればいい」

「簡単なことだよ。契約してほしい」

「契約? 何の契約だ」


 私の答えを聞いて、男は訝しげに眉をひそめた。

 ちなみに、もしこの時点で断ったら彼の仲間たちは「魔物に襲われて」死ぬことになっている。

 断られる心配はないから、今回は特に一呼吸置くことなく要求を伝えた。


「悪魔は知っているだろう?」

「……っは、なるほどな。確かに悪魔との契約は大罪だ。

 普通の人間にとっちゃ、この上ない屈辱だわな。

 まさか、天使の加護が篤い国王陛下が悪魔の呼び出し方を知ってるとは思わなかったがよ」


 昨日の私の発言を信じている彼はどうやら、私が嫌がらせで悪魔と契約させるつもりだと思っているらしい。力なく目を伏せていたけれど、私を怪しんだり契約を拒んだりする様子はなかった。

 たまに、なんでもすると言いながら悪魔と契約して欲しいと言った途端に断る者がいるからね。

 彼がそんな人でなくて安心したよ。もし断られても実験台にするだけなのだけど。


「……仮に、俺が悪魔にてめえの死を望んだらどうするつもりだ」

「悪魔と契約するには代償が必要だ。

 君の全てを代償とすれば、私を殺すこともできるかもしれないね……例えば、君の仲間とか」

「……抜け目ねえ奴だ」


 エテールの屋敷で冒険者達を捕らえていた頃、トレーラントに私の死を願うものは何人かいた。

 その為には契約者の魂と引き替えにする必要があると言われて、全員別の願いに変えていたけれど。

 男も同じく、それ以上私の死を望む発言はしなかった。


「それが今日の契約者ですか」


 聞き慣れた声に振り返ると、普段の――つまり、人型の――姿を取ったトレーラントが現れた。

 一点の汚れもない白い服と淡い金色の髪が、薄暗い中でも浮かび上がって見える。


「そいつが悪魔? 悪魔らしくねえ奴だな。聖職者の間違いじゃねえか」


 平民である男にはトレーラントの魔力は分からないはずだけど、気配で悪魔だと察したらしい。

 言葉は疑わし気だったけれど、その視線は目の前の存在が悪魔であると確信していた。

 男を一瞥したトレーラントが口を開く。


「僕はトレーラント。寛容の名を与えられた悪魔です。

 どのような姿を取ろうと、僕の種族は変わりません。

 ダグラス・クロネリー。君は何を望むのですか」

「あいつらが……俺の仲間たちが、俺を忘れるようにしてくれ。

 俺が、あいつらのために死んだなんて思わせないでくれ」


 男の願いは昨日の時点で予想していたうちの一つだった。

 これさえ叶えれば、彼の仲間の心に傷が残ることはないからね。

 それに、彼に話した私の企みを一つ潰すことが出来る。


 まあ、それに意味はないのだけど。


「いいでしょう。そのかわり、君には僕の願いを叶えてもらいます」

「願い? ……まあいい。どうせ、悪魔の願いなんざろくでもないことだろうからな。

 俺の命でも魂でも身体でも、好きに使え」

「では、契約を」


 トレーラントの差し出した手に男が触れた。途端、その姿がかき消える。

 きっと夢魔の女王の元へ送られたのだろう。


「戻りますよ。彼らからダグラス・クロネリーの記憶を消さなければなりません」

「国境には行ったことがあるかい?」

「ええ。それに、僕ほどの悪魔であれば足を運んだことのない場所にも転移できます」

「それは便利だね」


 通常、転移魔法は術者が一度行ったことのある場所にしか行けない。

 さすがに位置情報は必要だと言っていたけれど、それにしても便利だ。


 悪魔の魔法の便利さに感心していると、足を軽く引っ掻かれた。

 視線を落とすと、いつの間にか現れた小さな黒猫がいつもの首輪を咥えて私の足元に座り込んでいるのが目に入る。

 着けろ、ということだろう。確かに、彼の今の姿では首輪はつけられないからね。

 ……普段はどうやってつけているんだろう。ジーク辺りにでもさせているのかな。


「これでいいかな」


 青い金属性の首輪を巻き付けると、トレーラントは満足げに鳴いて私の肩、そして頭へ飛び乗った。

 彼はどうやら、この位置がすっかりお気に入りになったらしい。


 契約した頃は私と同じ空気を吸うことすら嫌な様子だったのに、悪魔も変わるものだね。

 そんなことを言えば怒られるのは目に見えているから、言わないけれど。

 大人しく移動の魔法を構築している私の頭の上で、トレーラントが感慨深げに呟く。


「まだ粗は目立ちますが、僕が教えたことは実践出来たようですね。

 契約した時は少々不安になる立ち振る舞いをしていたというのに、人間も変わるものです」


 まるで私の心を読んだかのような言葉に、つい笑ってしまった。

 トレーラントには呆れられたけれど、これは仕方ないと思う。


「今のどこに笑う要素があったのですか。

 ウィルフリートの考えることは、よく分かりませんね……」

「ごめんよ。褒められると思っていなかったから、つい」


 私がトレーラントを変わったと感じるように、私もトレーラントから見ればだいぶ変わったんだね。

 私が彼と契約して、まだ一年も経っていないというのに。


 君が処刑されてから十年間、私は何も変わらずに過ごしてきた。

 でも、そう思っていたのは私だけで君から見れば私はだいぶ変わってしまったのかもしれない。

 以前の私は君のこと以外何も考えなかったけれど、今は契約に誘うために仕方ないとはいえ相手がどう考えているのか思いを巡らせるようになったからね。


 変わったことに後悔はない。

 契約した頃のまま過ごしていたら、私はとっくにヴェンディミアに処刑されていたか、あるいはトレーラントに切りすてられていたはずだ。何より、君を蘇らせる方法も思いつかなかっただろう。


 だけど、僅かな不安が浮かんできたことも事実だった。

 君は私を好きだと言ってくれた。でも、それはあの時の私だ。

 変わった私のことも、君は受けいれてくれるだろうか。


 君を蘇らせたのだから、変わった私のことも受けいれてくれ。なんて言うつもりはない。

 一度は死を迎えた君を蘇らせようとしているのは私の勝手だからね。

 もちろん、受けいれてくれればとても嬉しいけれど。


 ただ、私がした事を知るまでのほんの僅かな間でいいから昔のように笑って、話をしたい。

 トレーラントには「エミールを蘇らせたい」としかいわなかったけれど、本当の願いはこれだった。


 再生の魔法薬の完成は日々近づいている。

 君が変わった私を見てどんな反応をするのか、そう遠くないうちに分かるだろう。


 その日が楽しみなような、それでいて怖いような、不思議な気分だった。

これにて4章は完結です。次話はまとめになります。

もしよろしければ、感想を頂けると嬉しいです。

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伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

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マシュマロ
― 新着の感想 ―
[一言] ウィルとトレーラントが本当にいいコンビで好きです。二人とも一途な所は似た者同士なんですかね。すごく好きです。
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