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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
1章 悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる
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9話 伯爵はちょっと優秀になりました

『ベルタ! ベルタ! くそ、ベルタを放せ!』


 茨に全身を締め上げられた女性の悲鳴と、それを助けようとする青年の悲痛な声が耳に届いた。

 声の調子からすると、どうやらうまく絶望してくれているらしい。

 茨を切ろうとしているのか、何度もナイフを突き立てているのが微笑ましい。


 かつての私もそうだった。君を助けたくて、何度も叫んで……助けられなかったけどね。

 あの時私が味わった絶望と同じものを、彼も味わうのだろうか。


『約束とちがうじゃないか!

 僕はベルタを助けてくれって言ったんだ。それなのにどうしてこんなことをするんだ!』

「私はただ、迎えを寄越すと言っただけだよ。助けるとは言ってない」

『こんなのが迎えなもんか! お前はただ、彼女を殺すつもりなんだろう!』

「せっかく招き入れた客人を殺すなんてことはしないよ。ただ少し、運びやすいように分割するだけだ。

 その茨は力がさほど強くないからね」


 それに、人間をそのまま運ぶと生け垣を通り抜ける時に白薔薇が散ってしまう。茨が生け垣を通り抜ける間は強化の魔法を解除するからね。

 せっかく綺麗に咲いたものを、あまり散らしたくない。あの花は妻が好きだったものだから。


 もっとも、それほど強い思い入れがあるわけではない。

 転移魔法を使えば、たくさんの魔力を消費する代わりに薔薇を全く散らさずに移動出来る。

 君や君に関する物に対してなら迷わず使用したはずの転移魔法を使わないのは、優先度が低いからだ。


『何を言ってるんだ……』


 私の魔力は豊富だけど無尽蔵ではないからね。優先度を考えるのは当たり前で、おかしなことではない。

 ただ、青年には私の言葉は異質に聞こえたようで、ただ呆然とするばかりだった。


『人間より、花の方が大事だっていうのか……?

 ぼ、僕たちのこと、ずっとそんなふうに考えてたのか!』

「まさか。ただ、優先順位が変わっただけだよ」


 君は私が伯爵家の当主を継ぐことを望んだ。

 だから私は出来る限りいい領主になった。ほかに君に報いる方法はなかったからね。

 私の魔法と優秀な執事のおかげで、その試みはまあまあ成功していたと思う。


 でも、今の私には君の蘇生という明確な目標がある。

 無為に領民を殺したりはしないけれど、屋敷に来たのならしっかりと絶望させて契約に誘うつもりだ。

 別に彼らを蔑ろにしているわけではないから、安心してほしい。


 考えごとに耽っていると不意に、女性の絶叫が探知魔法を通じて私の頭に流れ込んできた。

 どうやら、茨に締め上げられていた女性の手足が取れたらしい。


 胴体は……まあいいか。細いようだから、生け垣を通っても薔薇はさほど散らないだろう。

 それに、あれ以上分割すると本当に死んでしまう。

 いくら魔法に長けているとはいえ、王族でも神官でもない私に治癒魔法や治癒魔術は使えないからね。


 ちなみに、ゴーレムの身体を綺麗にするために使ったのは治癒魔法ではなくて修復魔法だ。

 生体には効果がないけれど、死体には効果がある。

 君を綺麗にするために研究したこともあって、私は結構この魔法が得意なんだよ。


『ベルタ! お願いだ、死なないでくれ。死ぬな!』


 女性のちぎれた右手に縋りついて泣き叫ぶ青年に茨を巻き付けた。

 身体を運び出す茨の後に続いて、迷路を脱出されると困るからね。

 抵抗されるかと思ったけれど、思っていたよりも大人しい。

 諦めてくれたのかな。


『ああ……ベルタ、ベルタ……。

 どうせ、僕のことも殺すんだろう。それならもう、ひと思いにやってくれ』


 だから、彼女も彼も殺さないとさっきから言っているのに。

 私が言えたことではないけれど、人の話は聞いてほしいものだ。

 この状態で果たして契約してくれるだろうか。

 様子を伺う限り十分絶望しているようだから、問題はないと思うのだけれど……。


「ご苦労様。男の方は僕が引き受けましょう」

「おや、トレーラント」


 不意にかけられた言葉に驚いて振り向くと、そろそろ見慣れ始めた薔薇色の瞳と視線が合った。

 機嫌が直ったのか、満足げな色を宿している。


 ただ、その位置はずいぶんと低めだった。かといって、黒豹の姿をとっている時ほど低くはない。

 ちょうど、妻くらいだろうか。女性にしては平均的な高さだ。


 トレーラントの姿は、普段の中性的な青年から楚々とした出で立ちの女性へと変化していた。

 飾り気のない白いドレスのせいか、普段の聖職者じみた印象が更に強くなったような気がする。

 なんだか、身に纏う魔力まで普段と違ってきらきらと金色に輝いているように見えるよ。


 トレーラント曰く、悪魔は契約者や契約の内容によって姿形を変えるらしい。

 変化の魔法が使えない悪魔はどうするんだい? と聞いたら「そんな悪魔、僕は一名しか知りませんよ」と言われたので、人間にとっては難しい変化の魔法も悪魔には基本中の基本なのだろう。


 ちなみに、その変化の魔法が使えない悪魔がどうやって契約しているのかは結局教えてもらえなかった。自然淘汰されたのかい? と尋ねたらとても怒られたので、生きてはいるのだろう。

 もし会う機会があれば――そんなことはないだろうけど――、ぜひ聞いてみたいものだ。


「いつの間に戻ってきていたんだい。

 それに、まだ彼は契約すると言っていないけれど……」

「つい先ほどです。用事を済ませたので戻ってきました。

 男の方は構いませんよ。あの状態なら、僕の誘いに乗るでしょう。

 むしろ、今の状態で伯爵が契約を持ちかけても怪しまれるだけです」

「それなら任せるよ」


 トレーラントの言うとおり、彼にとって私はきっと憎しみの対象だ。大切な者を奪った相手だからね。

 仮に私が、君が死んだ直後に母や弟から「悪魔と契約したらエミールを生き返らせてやる」と言われたところで契約しなかっただろう。

 矜持の問題ではなく、単に信用出来ないから。


 平民とはいえ彼も人間なのだから、同じ気持ちを抱いたとしてもおかしくない。

 確かに、トレーラントが誘いをかけた方がスムーズに進みそうだ。


『死ぬのはまだ早いですよ』

『……誰だ?』


 そんなことを考えているうちに、いつの間にかトレーラントが青年と接触したらしい。

 突然現れたトレーラントに、青年はひどく戸惑っているようだった。


『僕はトレーラント。悪魔です』

『悪魔……』

『ええ。それがどのような存在か、君のように低脳な人間でも知っているでしょう。

 相応の報酬を払うと約束するなら、願いを叶えて差し上げますよ』


 トレーラントの誘いに、青年の喉がごくりと鳴った。

 先ほどまで暗く沈んでいた目が、ようやく見つけた希望にきらきらと輝く。


『それなら……それなら、僕の願いはベルタを蘇らせることと、伯爵を殺すことだ!』


 おっと、これはまずい。

 考えてみれば、願いを叶えてくれる悪魔と契約するほど絶望しきった人間だ。

 その原因である私への復讐を望む者がいても、おかしくはない。

 ……ないけど、まさかトレーラント、契約しないよね?


 さすがに悪魔にトラップは効かないだろうし、私が唯一得意な魔法でさえ実力の差は一目瞭然だ。

 もしトレーラントが青年の願いを叶えるために契約したら、私はとても困ることになる。


『君が支払える報酬では、どちらか片方しか叶えられませんよ。

 君、まさか自分がそれほど価値のある人間だと思っていたのですか?』


 トレーラントの返答に、青年は悔しげに黙り込んだ。

 しばらくして「それなら」と絞り出すような声が漏れる。


『ベルタを……ベルタを助けて欲しい。

 僕が持ってるものならなんだってあげる。だから、お願いだ!』

『その言葉、相違ありませんね。イザーク・ヴァイカート』


 震える声が「ああ」と了承を唱えた。これで契約成立だ。

 今回はすぐに青年の姿が消えないのは、まだ願いを叶えていないからだろう。


 ちょうどその時、部屋の扉が小さくノックされた。どうやら到着したようだ。

 扉を開けると、無数の茨とそれに抱えられた女性の手足と胴体がするすると部屋の中に入ってきた。

 なんだか、君と似ているね。もっとも、彼女の首はまだ胴体と繋がっているけれど。


「やあ、こんにちは」


 早速だけど、契約しないかい?

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伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

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マシュマロ
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