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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
4章 悪魔の道具は今日も真摯に呪いを解く
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23話 本日より、契約を始めましょう

「これより、ユリウス・ブリーゼの処刑を行なう。

 この者はウィルフリート陛下の暗殺を試みた大罪人である。

 未然に防がれたといえど、慈悲深き国王陛下を害そうとした罪は決して許されるものではない。

 よって、この者を火刑に処す!」


 広場全体に響き渡った処刑人の言葉に、集まっていた民衆から歓声が上がった。

 火刑台に縛り付けられた青年に石やゴミを投げる者も多くいる。


 それを受けている青年は力なく項垂れていた。

 度重なる拷問のせいか、すでに声を出す気力もないように見える。

 処刑人に何か言い残すことはあるかと問われた時も、黙って首を横に振っていた。


 こうした光景を見ていると、君が処刑された時のことを思い出すよ。

 あの時も集まった人々は罵声や石やゴミや、そのほかいろいろなものを君に投げつけていた。

 どこであろうと罪人に対する民の反応は変わらないようだ。

 もちろん、あの時の君には何の罪もなかったのだけど。


 青年の処刑が決まったのは捕らえられてから二日後のことだった。

 本来なら裁判や事件の調査があるからこれほど早く処刑されることはないのだけど、今回は特別だ。

 ()()()()()()()()()()()だし、捕らえたのは殺されかけた私だからね。


「やめて! ユリウスは悪くないの、何もしてないの!

 罪に問われるべきは私なのに、どうして!」


 妻の妹だと名乗った少女は、先ほどからずっとそんなことを叫び続けていた。

 その声を聞き届ける者はいない。


 あの時の私と同じだね。

 ただ、当時の私は彼女と違って自室の窓越しにしか君を見ることが出来なかった。

 直接姿を見られる彼女はまだ恵まれているのではないかな。


 民の興奮が十分に高まったところで、処刑人が火刑台に近づいた。

 青年の足下に積まれた薪に火がつけられる。

 燃え上がった炎が彼の身体を包んだ途端、妻の妹がその場に崩れ落ちた。

 彼女の傍にいた兵士がいささか乱暴に彼女の身体を起こして俯いた顔をそちらに向けさせる。


 青年の処刑を見せているのは、それが彼女に対する罰の一つだからだ。

 彼女がもっとも信頼していた従者の処刑を見届けさせたあと、明かりのない塔に生涯幽閉されること。

 それが彼女に与えられた罰だった。()()()()()()()()()()者に対しては妥当な罰らしい。


 ――罪状は間違っていないよ。彼と彼女の罪が入れ替わっただけだ。

 そのように彼が自白したし、私も彼の自白を承認したからね。


 彼女が言っていたように、この国では平民の立場は強くない。

 自らの意思であろうとなかろうと、王の暗殺に加担したと判断された平民の末路は処刑だ。

 でも、彼が実行犯ということにすれば取り潰されたとはいえ侯爵家の娘である彼女は生き残れる。

 私が知恵を貸して、彼が選択した。喜んでいたから後悔はしていないだろう。


「やめて……もう見たくない、見たくないの……」


 捕らえられてからも気丈に私を罵り続けていた彼女は、今やすっかり憔悴しきった様子だった。

 よほどユリウスという青年を守りたかったのだろう。その気持ちはよく分かる。

 私もそうだったからね。


 彼女が今置かれている状況は、十年前の私とよく似ている。

 信頼していた相手が自分のせいで処刑されているわけだからね。

 当時の私は絶望したし、様子を見る限り彼女も同様だろう。


 あの後、私は君を蘇らせる為に医療や怪しげな黒魔術、錬金術に傾倒した。

 もしも当時、トレーラント以外の悪魔に誘いを掛けられていたら……私は決して断らなかっただろう。

 願いを叶えるためにどんな代償を払わなければならないのか、その願いは本当に自分の思い描く形で叶えられるのか、よく考えもせずに契約を結んでいたはずだ。

 そう考えると、死者を蘇らせることは悪魔にも出来ないと最初に言ってくれたトレーラントは案外親切だったのかもしれない。


 ……何が言いたいかというとね。

 彼女は今、心底絶望しているだろうと思うんだ。それこそ、悪魔と契約するくらい。


 青年の処刑が終わった後、彼女の身柄は塔に移される。

 日に一度の食事は小さな戸口から差し入れられるけれど、人間が彼女に接触することは決してない。

 病にかかろうと気が触れようと、その身体が骨になるまで扉を開けないのが罰だからね。

 彼女がトレーラントと契約して姿を消しても、誰も気にしないはずだ。部屋に骨さえ入れておけばね。

 想定外の出来事だったけれど、結果的には私とトレーラントのためになった。とてもうれしいよ。


「どうされましたか、陛下」


 密かな満足感を胸に立ち上がると、傍にいたヴェッキオ枢機卿が心配そうに尋ねてきた。

 処刑は平民だけでなく、王や貴族にとっても娯楽の一つだ。

 大抵の王侯貴族は悶え苦しむ罪人を見て、のんびりと酒を飲んだり話をしたりして楽しむらしい。

 その席を早々に立ったから、私が退屈したのではないかと不安になったようだ。

 処刑を楽しめる感性が昔から欠けていたのと、計画の準備を進めてしまいたかっただけなのだけど。


「私には少し刺激が強かったようです」

「ああ……そうですな。

 いくら大罪を犯したとはいえ、元はこの国の民だった男。陛下が胸を痛められる気持ちも分かります。

 我々の配慮が欠けておりました」


 いや、私の胸は少しも痛まないどころか、むしろ弾んでいるのだけど。

 とはさすがにいえないから、ただ曖昧に頷くだけにとどめた。

 つくづく、私は王侯貴族として足りないものが多すぎると思うよ。

 それでもどうにか十年は伯爵としてやってこられたのだから、皆無ではないのだろうけど。


「ヴェッキオ枢機卿方はどうか、私の代わりに処刑を見届けて頂きたいのです。

 私は彼の魂が救われることを聖堂で祈っておりますので」

「自身を害そうとした罪人の魂の平穏を祈られるとは、陛下は本当に寛大な心をお持ちだ」

「私には、それしかできませんから」


 ヴェッキオ枢機卿達に引き留められないように適当な理由を告げたあと、私はリディオと一緒に馬車に乗り込んだ。

 城へ戻ったら聖堂に籠るふりをして、こっそり彼に会いにいくとしよう。


 妻の妹が声を枯らしてまで延命を願った、従者の元へ。






「君の処刑は無事に済んだよ。

 君の主はこの後、朽ち果てるまで塔に幽閉される手筈になっている」


 私の言葉に、それまで俯いていた青年がようやく顔を上げた。

 酸味のあるフェガリの実を思わせる黄色の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめる。


「だけど、助けてくれるんですよね」

「君が私との約束を果たしてくれるのならね」

「リーゼ様が助かるのなら、なんでもします。たとえこの命を捧げろと言われたって……」


 先ほど処刑されていたはずの青年は、拳を握って唇をかみしめた。

 確か、ユリウスといったかな。妻の妹が何度も叫んでいたから、なんとなく記憶に残っている。


 火刑に処されたはずの彼がどうして生きているのかといえば話は単純で、あそこで焼かれていたのは別の人間だったためだ。

 正確に言えば、元人間かな。

 あれは、死罪になった者の遺体を利用して作ったゴーレムだからね。


 ジークが作成してくれたのだけど、本当に精巧だったよ。

 死体を見慣れている処刑人がその正体に気が付かなかったくらいだ。

 私の作成したゴーレムは、近くで冷静に見られると死体だと判別されてしまうことがあるからね。


 そうまでして彼を救ったことにはもちろん意味があった。

 罪悪感や哀れみ以外の理由がね。


「では、契約を」


 どこからともなく割り込んできた声に、青年が不思議そうに辺りを見回した。

 それまで私の後ろで気配を消していたトレーラントが青年の前に姿を現す。


 見慣れた黒猫でなく人型の姿をしているのがなんだか懐かしいよ。

 私の前以外では時折人間の姿を取っていたようだけど、私が見たのはいつ以来だろう。

 そんなことを考えながら、二人のやりとりを見守る。


「これが、悪魔……」

「ええ。ウィルフリートから聞いているでしょう。

 リーゼ・フォン・シュトゥルムの解放を望むなら、僕と契約して僕の望みを叶えなさい」

「分かりました」


 彼の主……つまり私の妻の妹を助ける条件として、トレーラントと契約する。

 それが、私と彼が交わした約束だった。

 約束を違えるつもりはないから、今夜にでも解放するつもりだ。


「では、契約成立ですね」


 トレーラントが差し伸べた手に青年が触れた途端、その姿がかき消えた。

 何度見ても不思議な光景だね。転移魔法を使っているわけでもなさそうだし、どうやって消しているのだろう。

 感心している私を振り返って、トレーラントが小さくため息をつく。


「初めて見るものでもないでしょうに」

「それはそうなのだけど……やはり、人間と悪魔では使う魔法の仕組みが違うんだね」

「起源が異なるのですから当然です。

 そうでなければ、条件付きとはいえ永遠の命を与えることは出来ませんよ」

「あれ、魔法なのかい?」


 てっきり悪魔の固有能力なのだと思っていたけれど、どうやら違うらしい。

 トレーラントは少し考えた後「ええ」と頷いた。


「あれはむしろ、不死鳥の固有魔法です。

 悪魔は地上の種族由来の魔法ならほぼ使用出来るので、使っているだけですね」

「便利な能力だね」

「無条件で使用できるわけではありませんよ。

 他種族の固有魔法は扱いが難しいですから、才能か努力は必至です。

 僕は優秀な悪魔ですから、大して苦労せずに習得出来ましたが。

 それに、どんな魔法にも欠点はあります――僕が言いたいことは理解できますか?」


 それまで私から見ても上機嫌だったトレーラントの声が少し低くなった。

 今の彼に尻尾はないけれど、きっと不機嫌なのだろうと言うことはなんとなくわかる。

 でも、私は何か彼を怒らせるようなことをしただろうか。


 考えてみたけれど、思い当たる節はなかった。

 契約はきちんと仲介したし、彼の矜持を傷つけるようなことを言った記憶はない。

 あとは……。


「君に時間稼ぎをさせるな、ということかな」

「……まあ、いいでしょう」


 どうやら正解だったらしい。

 満点の回答でないことは薔薇色の瞳に浮かぶ不服そうな色で察せるけれど、私にしては上出来ではないかな。

 私の考えが伝わったのか、トレーラントが小さくため息をつく。


「正確には、僕に時間稼ぎをさせる状況に追い込まれないようになさい、ということです。

 君は自身の身体を疎かに扱いがちですが、不死は毒や傷を受けていい理由にはなりませんよ」

「傷には気を付けているよ。前に言われた通り、失った部位は再生しないからね。

 毒は解毒の魔法を使うか、抜けるまで待てばいいと思っていたのだけど違うのかい」

「これだからウィルフリートは」


 投げかけた疑問は彼にとって相当馬鹿馬鹿しいものだったのだろう。

 あからさまに眉をひそめられた上、ため息まで吐かれてしまった。


「先ほども言ったように、どんな魔法にも欠点はあります。

 君の生命には維持の魔法を掛けていますから、肉体がどれほど傷つこうと魔法が持続していれば死ぬことはないでしょう。

 ですが、痛みや恐怖まで感じなくなるわけではありません。

 人間は弱い。僅かな痛みや恐怖を身体が覚えて、いざというときに動けなくなる時が多々あります。

 そうなってしまっては治すのに時間が掛かりますし、効率が悪くなります。

 今回はそれを見越して手を打ちましたが、次からは毒を盛られる前に警戒なさい」

「わかったよ。それにしても、ずいぶん先のことまで見通しているんだね」

「僕は優秀な悪魔ですからね」


 当然でしょう、というように彼は私を見下した。

 うん、確かにその通りだ。


「理解できれば結構。それで、次の契約は今夜ですね」

「ああ。彼女はきっと契約してくれると思うよ」


 妻とよく似た緑の瞳を思い浮かべながら頷いた。

 神の敬虔な信徒でアストルムの聖女とも言われた妻が契約したくらいだ。

 妹である彼女もきっと契約してくれるだろう。


 もちろん、ユリウスとの契約通り解放はするよ。

 その後の生き方は、彼女次第だけどね。

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伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

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マシュマロ
― 新着の感想 ―
[一言] 今回も面白かったです。 永遠の命は、不死鳥の固有魔法だったんですね。トレーラントさんは天才すぎますね。彼に苦手な魔法や特技はあるんでしょうか。
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