20話 計算違い
「たったの五人?
あなたたち、九人いるのよね。それで、これだけしか脅せなかったの?」
「あのねえ、嬢ちゃん。
アストルムの王自ら対策に乗り出した今、それだけの人数を強請れるのはむしろすごいことなんだよ。
いくら金をもらったって、これ以上はさすがにちょっとね……あたしらも、我が身がかわいいから」
傭兵の女――アリッサにそう諭されては私も黙るしかなかった。
腹立たしいけれど、彼女が言っていることは事実だもの。
各迷宮の挑戦者達を恫喝して足を遠のかせるという作戦は、最初のうち上手くいっていた。
雇った傭兵たちは皆気配に敏感だし、死角はたくさんあるもの。
仮に警備兵の増員や巡回回数の増加といった対策がされても、私の計画に支障は出ない想定だった。
いいえ。実際支障は出なかったわ。はじめの一か月間は。
けれど、それを過ぎると「王が自ら魔法を使って対策に乗り出した」という噂が広まった。
最初は半信半疑だったわ。
確かにあの男はエテール領主だった時も魔法で物事を解決していたと聞くけれど、それは姉様がいたから出来たことよ。
魔法は確かに便利だけど、使い方を考えるのは人間。
詩の一つ暗唱出来ないほど頭の悪いあの男が、その活用法を思いつくはずがないでしょう。
実際に魔法を使ったのはあの男でも、それを用いた解決策自体は姉様や執事が考えていたはずよ。
けれど、傭兵達が脅しを掛けようとするたびに姿を現す警備兵達を見てからは信じざるを得なかった。
地下室や洞窟、特殊な仕掛けを解かないと入ることの出来ない隠し部屋なんて見回りの頻度が少ない場所ですら現れたもの。
何らかの魔法を使って監視していると思うしかないでしょう。
発表では、それらの対策は全てあの男が考えたことになっていた。
どうせ、姉様や執事にさせていたように有能な誰かに対策を考えさせて、さも自分の手柄かのように振る舞っているだけなのでしょうけど。
今でも恫喝はさせているけれど、あまり効果は上がっていない。
動員する傭兵の数の方が彼らが脅した数よりも多い始末だ。
予定ではあの男はそろそろ追い込まれているころだったのに、どうしてこんな事になったのかしら。
「……あんたの依頼は実入りがいいからこんな事を言いたくはないけど、もうやめときな。
この国の王はあんたが思ってるよりも有能だよ」
「そんなはずないわ。だって、あの男はエテールの領主だった頃もろくに仕事をしなかったのよ」
やったことと言えば、領民の陳情に対して魔法を使っただけ。
後は求められるがまま書類にサインをして、面会を求めてきた相手に会って、それで終わり。
姉様のように孤児院に寄付をしたり奉仕活動をするわけでもなく、他の貴族と社交するわけでもなく、ただ怪しげな魔術の本を買いあさってばかりいたそうよ。
仕事もせずに散財して遊びほうけているなんて、貴族として失格だわ。
そんな男に、姉様はいつも心を痛めていた。
少しでも領主らしく振る舞って欲しいとお願いして――侯爵家から嫁いできた姉様が、伯爵家の当主でしかないあの男にわざわざお願いしたのよ――一緒に視察をしたり、孤児院へ行って環境の改善を訴えたりと努力してきたことを私は知ってる。
心優しい姉様は決して文句を言わなかったけれど、私宛ての手紙の中で時折「ウィルフリート様があと少しでも哀れな民に目を向けてくだされば」と書いていたもの。
魔物退治も堤防の整備も、あの男ほどの魔力があれば誰だって出来るわ。
その後処理をしたのは執事だし、領民の陳述をとりまとめたのは姉様じゃない。
あの男はただ、人の目に付くいいところを持っていっただけよ。
「そりゃあ、やったこと自体は魔法を使っただけかもしれないけどね……」
私は正しいことを言っているはずなのに、アリッサの返答は妙に歯切れが悪かった。
迷宮で手に入れたという赤い魔石がついた腕輪をいじりながら、言葉を続ける。
「平民のあたしには魔法のことは分からないけど、どんなものでも最適な使い方があるのは確かだ。
今の王は魔法以外は無能なのかもしれないけど、魔法の腕はあんたも認めるほどなんだろう?
それはつまり、魔法の最適な使い方を知ってるって事じゃないのかい。
そんな王なら、あたしらの計画を防ぐために必要な魔法も思いつくはずさ」
「でも……」
「仮にあんたの言うとおり王が愚か者だったとしても、今こうして対策が打たれてることは事実だ。
王が無能だって言い張るんなら、きっと有能なブレーンが付いているんだろうよ」
アリッサが最後に告げた言葉は、あの男が実は有能だったという説よりも納得のいくものだった。
そうよね。あの男はその血筋と天使の加護の為に今の地位に据えられているだけのお飾りだと、私に情報を提供してくれた男も言っていたもの。
王の情報を流してくれた男の清廉な姿と、真摯な薔薇色の瞳を思い出す。
彼は今まで何度も情報をくれたし、そのすべては正しかった。
嘘をつくはずも、情報が間違っているはずもない。
きっと、影で優秀な宰相や大臣が助言しているのよね。
他人の力に縋って生きていくしかできないなんて、哀れな男。
いいわ。それならあの男を社会的に抹殺するのはやめて、次の段階へ進むとしましょう。
受けるはずだった精神的苦痛の代わりに、肉体的な苦痛を味わってもらえばいい。
姉様や私の家族を奪ったのだから、当然の報いよね。
「一週間後の昼、ここ以外の迷宮で大騒ぎを起こしてちょうだい。
テンペスタスの館にいる警備兵も現場に駆けつけるくらいの大騒ぎをね」
「……分かったよ。お嬢ちゃんもなかなか悪いことを考えるね」
気が回るアリッサにはそれだけで伝わったみたい。とても楽しそうに笑って了承してくれた。
断られてもお金を積むだけとはいえ、これまで貯めてきた資金もそろそろ底を尽きそうだったから丁度良かったわ。
話を聞いた限り、警備兵は動きを察知することは出来ても瞬時に現れることは出来ないようだった。
だから、警備兵達を他の迷宮に誘導してしまえばあの男を殺すだけの時間は確保できるはず。
問題は男の抵抗と、先日私たちを助けてくれた騎士が護衛としてくるであろうことね。
あの男の魔法はもちろんのこと、今回雇った傭兵の中ではもっとも力のあるダグラスを退けた騎士は決して侮れない。
でも、それも既に対策を考えてあるわ。
一ヶ月間、私とユリウスは何度もテンペスタスの館に挑戦してそこの仕掛けや罠について把握した。
館の仕掛けを駆使すれば騎士を閉じ込めることは出来るわ。そうすれば、手出しは出来ないでしょう。
彼はあの男を慕っているようだけど、別に姉様や私の家族に危害を加えたわけではないもの。
殺さずに、遠ざけるだけで済ませてあげる。
あとは、あの男の魔法をなんとかするだけ。
もちろん、アストルム一と謳われる魔法使いと正面から戦って勝てるとは思っていないわ。
でも、どれだけ実力があっても男は男でしょう。
私は姉様のように絶世の美女ではないけれど、それなりの容姿は持っている。
一度きりの夢を見たいのだといって身体を押し付ければきっと受け入れられるでしょうね。
あとは隙を見て、自由を奪うだけ。そのための手段はすでに用意してある。
警備兵達が駆けつけるまでさんざん甚振って、助けに来た兵の目の前であの男を殺すの。
姉様達が味わった苦痛や絶望の欠片しか味あわせることは出来ないけれど、少しは思い知るでしょう。
あの男がみっともなく取り乱して命乞いをする姿が見られるのなら、その後で捕らえられて何をされようと怖くなかった。
私はあの男の家族ではないから、あの男がどんな人生を送ってきたのかは知らない。
でもきっと、その豊富な魔力と公爵家出身の母が産んだ長男という立場のおかげで期待と愛情を一身に受けて、のうのうと生きてきたんでしょうね。
そうでなければ、姉様の細やかな気遣いを無視して無神経に振る舞えるはずがないもの。
今まで幸福な人生を歩んできた分、死の間際で絶望すればいいわ。
地獄の底で後悔すればいい。
一週間後が楽しみね。




