19話 本日より、迷宮内を観察します
「迷宮内で恐喝?」
「はい。肩が当たったなどと言いがかりをつけ、治療費と称して多額の金銭を要求しているようです。
今のところ全て未然に防ぐことは出来ておりますが、一部の挑戦者からは苦情が出ております」
「見回りの頻度を増やすことは出来ぬのか」
どうやら、初日に見かけたのと似た事態が迷宮内で頻発しているらしい。
ヴェッキオ枢機卿の問いかけに、警備隊長である騎士が困り果てた顔で答えた。
「既に、当初の二倍に増やしております。
しかし三つの迷宮で複数の者が同時に問題を起こすため、対応は追いついておりません。
迷宮の警備を担当する兵の数にも限りがありますので……」
騎士の言い分はもっともだった。
予算の問題もあるし、警備は危険が多い仕事だ。採用してもすぐには働かせられないからね。
城下町や城の警備を担当している兵もいるけれど、彼らを迷宮の警備に回してしまうと今度はそちらが手薄になってしまう。
迷宮の警備についてはもちろん事前に考えていたのだけど、見通しが甘かったようだ。
兵の数や配置について考えたのは別の人間だけど、最終的に許可したのは私だからこれは私の責任だ。
相変わらず、色々と見落としがちだね。最近は少し直ってきたと思ったのだけど、まだ至らない部分があるようだ。
反省する私を笑うように、玉座の肘掛けの一つを陣取っていたトレーラントが小さく鳴いた。
彼は最近、そこがお気に入りらしい。
細い場所で器用に丸まっているトレーラントを見る度にいつ落ちるかとはらはらしてしまうのだけど、今のところ落ちたことはない。やはり、猫だけあってバランス感覚がいいのだろうか。
いや、トレーラントなら例え黒豹の姿でも器用にバランスを取って丸まっていそうだけど。
「何故、もっと早くに報告しなかった」
「申し訳ありません。陛下やヴェッキオ枢機卿を煩わせるわけにはいかないと考え……」
「兵の不足はそなたでは解決出来ぬ問題であろう。
自ら打開策を思案するのはよいが、人にはそれぞれ領分がある。
今後は些細な事でも早急に報告するように」
落ち着いた声でそう告げた後、ヴェッキオ枢機卿がこちらに向き直った。
「陛下。どのようにいたしましょうか」
「そうですね。少々力技ですが……」
あいにく、私には足りない兵の数を今すぐ補う方法を考えつくだけの頭はない。
だから、エテール領主だった頃と同じやり方で問題を解決することにした。
つまり、力技だ。
探知魔法で対象の居場所を探った後、その場に転移して捕らえる。
この方法で消費するのは私の魔力と時間だけだから、問題はないはずだ。
「なるほど。対鏡を使うのですね」
私が続きを言う前に、聞き慣れた声が別の提案をした。
王宮魔道具師として仕えるようになったジークだ。
素材とした罪人の死体から容姿を大幅に変えた彼は、いつの間にか王宮の筆頭魔道具師となっていた。
身分や経歴はトレーラントと契約して作ってもらったようで、今のジークは「生まれてすぐに他国へ養子に出された元アストルムの貴族」ということになっている。
トレーラントが事情を知っているなら問題はないのだろうし、私としても表立って協力してくれる人間がいると便利なので好きにさせていた。
「対鏡? それはどのようなものなのだ」
「その名の通り、鏡の魔道具だ。片方の鏡が映している景色をもう片方で見ることが出来る。
既存の対鏡は姿見ほどの大きさだから持ち運びは出来ないが、俺なら小型化は容易だ。
陛下はそれを兵たちに配布することで、遠く離れた場所からでも迷宮内の出来事を把握出来るように取り計らわれるおつもりなのですよね」
「……そうだね」
本当は全く違う提案をしようとしていたのだけど、彼が口を出してくるのは珍しい。
彼は行動に意味を求める人間だ。王宮魔道具師になったのと同様に、きっと意味があるのだろう。それに口を挟むつもりはない。
ただ、彼の提案には一つ問題がある。
「しかし……鏡の魔道具というからには、制作費用がかかるのではないか?」
「ああ。一枚で金貨二十枚くらいだな」
「それでは警備の予算を超えてしまう。
そなたが値を釣り上げているとは思わんが、せめて……」
ジークの答えに、ヴェッキオ枢機卿が眉をひそめた。
鏡自体が高価な上に魔道具ともなれば妥当な金額だけど、安くはないからね。反応は当然だと思う。
優れた魔道具職人である彼ならその問題も当然分かっているはずだ。
その時、彼がちらりとこちらを見た。金色の目が片方、素早く閉じられる。
なるほど。力技だね。
「対鏡の作成や配布にかかる費用は、私の個人資産から出しましょう。
これは私の提案から始まった事業ですから」
ここで手を打っておかないと後々に響く。挑戦者が減れば、契約に誘える人数も減ってしまうからね。
私個人の資産は潤沢にあるから、力技で解決出来るなら出し惜しみをするつもりはなかった。
最後に契約を仲介してから、もう何か月も経っている。
何日おきに仲介しなければならないという取り決めはしていないけれど、それに甘えていてはトレーラントはきっと私を見限るだろう。
「自ら私財を投げうって民の安全を守ろうとされるなど、陛下は本当に清らかな心をお持ちだ。
第七天使フェネアン様が寵愛されるのも無理はない。
陛下に治められるアストルムの民はしあわせでしょうな」
自身のためにした提案は、ヴェッキオ枢機卿からは民を思って取った行動に見えたらしい。感じ入った様子で繰り返し私の心を褒めていた。
私が資金を出したのは民のためではなく、私利私欲のためなのだけどね。
「改良にはどのくらいかかるかな」
「素材さえ用意して頂ければ、三日もあれば十分かと」
「では、改良した対鏡の配布はこちらで手配いたしましょう。
完成次第、早急に対応いたします」
「二人の協力に感謝します」
素材の用意は問題ないし、ヴェッキオ枢機卿もジークも警備兵達も優秀だ。
遅くとも一週間後には、恐喝への対策は完了しているだろう。
あとは、それに少しばかり箔をつけるとしようかな。
「それから、私が迷宮内の犯罪対策に関わっていると周知してください」
「もちろんですとも! 陛下の優しいお心は国民全てが知るべきですからな」
「いえ、そうではなくて……」
別に私の心なんて知らなくともいいんだ。むしろ、知られたらまずい。
私が事件の対策に関わっていることを周知させるのは牽制のためだ。
これはエテールを治めている時にもよく使った手だった。
私が魔法王と並び称されるほどの魔法使いであることは誰もが知っている。
その私が対策に関わっているとなれば、大抵は魔法を使った対策を思い浮かべるはずだ。
そして、私が広範囲の探知魔法を得意とすることも国民には広く知られている。
恐喝の目的がただの小遣い稼ぎなら、これで事は収まるだろう。
問題は、それでもなお事件が続いた場合だね。
その場合、彼らの目的は金銭ではなくてアストルムか私への嫌がらせという可能性が高いから。
もし魔道具の使用と私が対策に関わった話によって被害が減ればそれでよし。
そうでなければ、彼らには私の腕が鈍っていないか確かめるための試験体になってもらおうかな。
初めに考えていた方法を使えば、彼らを捕らえることは容易だ。
どちらに転ぶとしても結果が出るまでは時間がかかる。
それまで、おとなしく待つとしようか。
私としては、そろそろ腕試しをしたいから後者のほうがいいのだけど。
「どうして対鏡の配布を提案したんだい?」
疑問を投げかけたのは、今後の打ち合わせのためと称してジークの工房へ移動した後だった。
王宮魔道具師一人一人に宛がわれるここへ来る者は、私以外にはまずいない。
防音の魔法も施したから、話を聞かれる心配はないはずだ。
「そりゃあ、陛下のおっしゃる力技の中身が想像ついたからさ」
いくつかの手鏡を作業台の上に並べながら、ジークが答えた。
それに同意するかのように、普段通り頭の上に陣取ったトレーラントの尻尾が私の首元を叩く。
もうすっかり定位置だけど、気に入ったのかな……。
「自分が魔法で犯人を捕まえる、とか言うつもりだったんだろ?」
「そのほうが手間がかからないからね」
「そりゃそうだ。だが、それだと周囲が不満を抱える」
その指摘に思い当たる節はなかった。
私は大した手間ではないし、恐喝の心配はすぐになくなる。
ヴェッキオ枢機卿や警備兵の負担もない。
不満を覚える点は、ないと思うのだけど……。
「確かにお前の意見は正しいよ、ウィルフリート。
お前が動くのが一番手っ取り早いし、金もかからない。
でも、世の人間の大半は勝手なんだ。
国王自らが犯人を捕らえれば、確かに喜ぶ者も多いだろう。だが、国民は警備兵に失望する。
あいつらは国民の安全を守るのが仕事なのにちっとも役割を果たしてないじゃないか、とな。
中には、自分の面目が潰されたと考えてお前に不満を抱える警備兵も出てくるだろうよ。
軍に不満を募らされるとあまりよくない事態になる」
なるほど。確かにそれは勝手だね。でも、理解はできる。
警備兵達は事件の発生を防ぐことが出来なかっただけで、職務そのものは真っ当にこなしている。
彼らの力不足と言い切るのは簡単だけど、元を辿れば私の見積もりが甘かった事が原因だ。
それで失望されては、彼らとしてもたまったものではないだろう。
「それに、長期的に見れば国民もいずれは不満を感じ出すだろうな」
「彼らに不利益はないはずだけど……」
「簡単なことさ」
手鏡を並べ終えたジークがこちらを向き、肩をすくめた。
「はっきり言って、今回の問題は些事だ。
全体で見れば被害者は少ないし、未遂で終わってるから金銭的被害もない。
そんな些事でさえ、陛下が魔法で解決してくださった。
じゃあ、ほかの事件も陛下が解決してくれればいいんじゃないのか?
そう考える人間は少なくないのさ。
だが、さすがのお前も王都で起きたすべての事件を解決するのは無理だろう」
「そうだね。魔力も時間も足りない」
いくら私でも、魔力量には限界があるからね。それに、仮に出来たとしてもやりたくない。
君と過ごしたり、魔法薬を調合したりする時間が減ってしまう。
「エテールはそれほど大きな領地じゃないし、警備ギルドにはお前の監視っていう別の役割があったからお前が事件を全部解決しても不満は覚えなかった。
だが、ここはエテールじゃない。お前が動けば済む事でも、多少の問題なら他に任せた方がいい。
それに、時間はかかっても金を回した方がアストルムの経済も潤うだろ」
確かにそうだね。上に立つ者は消費することも仕事のうちだと、前の陛下もおっしゃっていた。
迷宮の運営は国庫を潤すためという名目で始められた事業だからあまり国の資金を費やしては本末転倒になるけれど、今回は私の個人資産から出すからその点も問題ない。
対鏡が配布されるまでに脅されるであろう被害者はかわいそうだけど、総合的には私が直接動くよりもいい結果になったといえるのかな。
「参考になったよ。ありがとう」
「かわいい子孫のためだ。これくらいどうってことはない。
それにこれも契約の――ああ、おい。こら、引っ掻くなよ。修復が面倒なんだから」
ジークの言葉の途中、ふいにトレーラントが私の頭から飛び降りて彼の手を引っ掻いた。
死体だから血は出ていないけれど、皮膚は裂けてくっきりと傷が残っている。
手の甲をさするジークを一瞥して、トレーラントが不機嫌そうに口を開いた。
「余計なことを話している暇があるのなら、早く研究に取り掛かりなさい」
「はいはい。分かりましたよ、お猫様。
ま、要するに面倒事は下々にぶん投げればいいんだよ。
人をうまく使うのも上に立つ者に求められる素養だ。
基本は分かってるみたいだから、今後は魔法で解決できることも投げられるもんは投げちまえ。
魔道具で解決できるのなら、俺に言えば大体作ってやる」
そう言って、ジークは作業台に並んだ手鏡から一つを無造作に取った。
トレーラントに言われた通り、対鏡の小型化に取り組むのだろう。
話は終わったし、私もそろそろ戻ろうかな。君の身体を再生する魔法薬を早く完成させたいからね。
「ありがとう、参考にするよ。
行こうか、トレーラント」
長い尻尾を私の太ももに叩きつけている(ちょっと痛い)トレーラントに声をかけると、彼は何も言わずに私の腕をするりと登って頭に陣取った。
本当に気に入っているね。最近はずっとこうだから、私もだんだん慣れてきたよ。
ジークに言われた通り、魔法で解決出来ても手を出さず人に振ることにも慣れていかないとね。
私はよき王になりたいわけではないけれど、ここで失脚するとどう考えても面倒なことになる。
君を少しでも早く蘇らせるためなら、天使だけでなく人々からも好かれる国王だって演じてみせるよ。
君の蘇生は他の誰に振ることもできない、私だけの役割だからね。




