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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
4章 悪魔の道具は今日も真摯に呪いを解く
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18話 因果は巡る

「余計な輩に介入を許してしまい、申し訳ありません。リーゼ様」

「いいのよ。目的の一つは達成できたもの」

「――では、見つかったのですか?」


 跪いて謝罪するユリウスに目的は達したことを告げると、彼は驚いた様子だった。

 そうね。膨大な魔力さえなければ、あの男はただ家柄と顔がいいだけの無能だもの。

 貴族でも魔術師でもないユリウスが気がつかないのも無理はないわ。


「騎士と一緒に行動していた魔法使いがいたでしょう。あれがウィルフリートよ。

 魔力を隠すことすら思いつかないなんて、相変わらず頭が悪いのね」


 姉様はあの男のどこがよかったのかしら。

 アストルムの聖女、侯爵家の白薔薇と謳われた姉様には、もっと相応しい人がいくらでもいたのに。


 結婚式で嬉しそうに微笑む姉様とは対照的に無機質な目をしていた男を思い出し、怒りが湧いてくる。

 このままでは冷静さを欠いてしまいそうで、慌てて自分に沈静の魔法を掛けた。


 最近の私は、すっかりこの魔法が得意になっていた。

 子供でも扱える初歩的な魔法だからもともと不得手ではなかったけれど、ここしばらくは精神の安定を欠くことが多かったから。


 でもそれは、私が特別弱いためじゃない。

 大好きな家族も、親しい友人も、帰るべき場所も失ってしまったら誰だってそうなるわ。

 だから私は絶対に許さない。すべてを奪った、あの男を。


 悪魔に強い影響を受けているとして真っ先に処刑されたシュトゥルム侯爵家。私はその末娘だった。

 隣国であるトゥルプ王国の侯爵家に嫁いでいなかったら、私もきっと連座で殺されていたでしょうね。

 それを幸運だと思うことは決してないけれど。


 私は確かに生き残ったけれど、代わりに命以外の全てを失った。

 令嬢だった頃から仕えてくれていたユリウスがいなかったら、その命さえ散らしていたでしょうね。

 実家が無くなって婚家からも追い出された私は銅貨一枚持っていなかったから。

 

 私が今も生きているのは傍で支えてくれたユリウスと……それから、あの男のおかげ。

 家族と友人の敵である、ウィルフリート・フォン・アーチェディア。

 あの男に復讐するまで、私は絶対に死ねなかった。


 復讐に意味がないことは分かっているの。そんなことをしても死んだ人は戻ってこないもの。

 私はただ、あの男がのうのうと生きて幸福を謳歌しているのが許せないだけ。


 ……だけど、迷いはしたのよ。

 あの男は魔法と顔以外に取り柄のない無能だけど、姉さまが愛した人でもある。

 もしかしたら、アストルムを支配したいヴェンディミアに利用されただけなのかもしれない――そう思ったの。


 馬鹿馬鹿しい考えだとは分かっているわ。でも、賭けたかったの。

 姉様の誕生日には必ず白薔薇を添えた贈り物を欠かさなかったあの男が善人である可能性に。


 私が今日ここへ来たのは、その賭けに挑むためだった。

 竣工式の後、男が出来たばかりの迷宮を視察に来ることは知っていたから。


 私と同じく帰る場所を奪われ、復讐の機会を伺っていたという青年が教えてくれたの。普段は姿と名前を偽って城で働いているのですって。

 おかげで、あの男の現状や今後の予定を知ることが出来た。

 あの男、表向きは敬愛されているけれど実は敵が多いみたいね。


「リーゼ様。これからどうされるおつもりですか」


 今の私には二つの選択肢がある。

 当初の計画通り復讐するか、あるいは「リーセ」としてユリウス……もとい「ユーリ」と一緒に冒険者生活を続けるか。


 ユリウスが後者を望んでいるのは知っているわ。特に難しいことでもない。

 復讐をやめて、今まで通りの生活をするだけだもの。


 婚家を追い出された後、私とユリウスは生計を立てるために冒険者になった。

 最初は慣れないことが多くて辛かったけど、今となってはだいぶ慣れたわ。

 侯爵夫人よりもこっちの方が向いていたんじゃないかと思えるくらい。

 このまま二人で冒険者を続けていれば、きっとシルバーランクにもなれるんじゃないかしら。


 でも、その道を選ぶつもりはなかった。

 あの男は私の顔を見ても、声を聞いても、私が「リーセ」ではなく「リーゼ・フォン・シュトゥルム」である事など少しも思い出さなかったから。

 結婚式や舞踏会で何度も顔を合わせているのに、薄情なものだわ。


 もし私の顔を見て罪悪感を抱く素振りを見せてくれたなら、許すことはないけれど復讐まではしないと決めていたのに。

 所詮、あの男にとって私も姉様もどうでもいい人間だったのね。


「明日から計画を実行するわ」

「……畏まりました」


 私の命令を聞いて、ユリウスはどこか落胆した様子で目を伏せた。

 彼が私に、復讐など忘れてしあわせに生きて欲しいと望んでいることは知っているわ。

 でも、ごめんなさい。私にはもうこれしか残っていないの。


「酒場に行きましょう。そろそろ時間よ」


 もう少し話していたかったけれど、こちらから指定した待ち合わせに遅れるわけにはいかない。

 何か言いたげなユリウスを促して、私たちは部屋を後にした。






 待ち人の居場所はすぐに分かったわ。あれだけ体格の大きな男というのは少ないもの。

 それに、彼の周囲はまるで示し合わせたかのように人が避けていたから。


「あの男、何様のつもりだ! 偉そうにしやがって!」


 獣のような叫びと共に、男が手にしたジョッキをテーブルへ力任せに叩きつけた。

 賑やかだった酒場が途端に静まりかえり、皆あからさまに視線を背け始める。

 そうでしょうね。私たちも、この状況では関わりたくないもの。


「おい、酒が足りねえぞ!」

「ダグラス。あんた、ちょっと飲み過ぎだよ。もうやめときな」


 赤い顔で周囲を睨みつける男を止めたのは仲間の女性だった。

 以前、彼とは仲間の中で最も長い付き合いだと言っていたから慣れているのでしょうね。


「うるせえ、アリッサ! 俺に指図しようってのか!」

「はいはい。そんなつもりはないから、ちょっと落ち着きなよ。

 さっきは確かにやり損ねた。けど、まだ時間はたっぷりあるんだ。

 逆に考えれば、初日で要注意人物が分かってよかったじゃないか」

「……んなもん、分かってるよ」


 その言葉に、男は決まり悪げな顔をして頭を掻いた。

 肉厚な肩を力強く叩いて女性が笑う。


「分かってるなら、水飲んで落ち着きな。

 嬢ちゃんたち、怯えちまってるじゃないか」


 落ち着きを取り戻した男に肩をすくめたあと、彼女がこちらを振り向いた。

 さすが、シルバーランクの傭兵ね。気配に敏感だわ。

 もっとも、これくらいの実力がないと迷宮を訪れる人々の恐喝なんてお願い出来ないけれど。


「悪いね。あんたの依頼、今日は完遂できなかった。明日からはしっかりやるよ。

 ……当初の予定通り、しばらくはこれを続けるってことでいいんだろう?」

「ええ、お願い。明日からは普通でいいわ」


 彼らには言っていないけれど、今日の依頼に横槍が入ることは予想していた。

 あの男の前で私とユリウスを派手に怒鳴りつけるようにと頼んだのは私だもの。


 今日の目的はあの男の反応を伺うこと。

 だから、わざと目立つ行動をとってもらったの。男が迷宮の視察に来ることは知っていたもの。

 いくら鈍いといっても、目の前で起きた恐喝を見逃すことはないでしょう。

 騎士が思いのほか上手く事を収めたのは予想外だったけれど、それ以外は予定通りよ。


 もっとも、それも今日だけ。

 明日からは立ち回りを変えるように言ってあるから、今日のような邪魔は出来ないと思うけれど。


「しかし、この国に嫌がらせしようなんてあんたもすごいこと考えるねえ」

「アストルムに嫌がらせをするつもりはないわ。王が提案した事業を潰したいだけよ」

「天使様に寵愛されている国王様を? 天罰が下るかもしれないってのに、度胸があるねえ。

 ま、あたしらはしがない傭兵だ。報酬さえちゃんと払ってもらえれば、何だってやるけどさ」


 天罰? そんなもの、あるものですか。

 本当に天罰なんてものがあるのなら、それを下す存在がいるのなら、私の家族は殺されなかった。あの男がのうのうと生きていることはなかった。

 ありもしないものを、恐れるわけがないでしょう。


 その言葉は飲み込んで、私は無言で微笑んだ。

 彼らは金で動くだけの手駒。個人的な感情を告げる意味はないもの。


 明日から各迷宮で、悪質な恐喝事件が起きるようになる。

 警備兵は配置されているようだけど、彼らの目を盗むことなどいくらでも出来るわ。

 傭兵ギルドでシルバーランクを得た彼らにとって、それくらい簡単なはずだもの。


 それに、恐喝自体は未遂で終わってもいいの。迷宮に来ようと思う人間が減れば十分。

 私の目的はあの男が提案した事業を失敗させて、立場を悪くさせることだもの。


 天使に寵愛された、なんてちやほやされているのも今のうちだけ。

 せいぜい玉座の座り心地を楽しんでいるといいわ。

 半年もしないうちに、そこはとても居心地が悪くなるでしょうから。

 自分の居場所がなくなった者の気持ちを少しでも味わえばいい。


 それを十分に味わった頃――殺しにいくから。

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マシュマロ
― 新着の感想 ―
[一言] 思わず二話前を読み返してリーセたちの名演ぶりに感じ入りました。真剣に打ち合わせをしたんでしょうね…。 ウィルが幸福を謳歌しているように見えるのも不思議なものですね。シオンさんの小説は色々な視…
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