17話 平和的な解決法
地下の拷問室へ降りると、ひやりとした空気が身体を包んだ。
騎士が微かに眉をひそめて辺りを見回す。
「すごい再現度ですね……」
彼がそう言うのも無理はない。赤い液体でほどよく汚された拷問器具や拘束具は何とも言えない生々しさがあったからね。
ちなみに赤い液体の正体は絵具だ。宮廷画家が頑張ってくれた。
「それで、ヘルフリート様。どこから宝物庫に入るのですか?」
「ここの祭壇にくぼみがあるだろう。
先ほど手に入れた指輪をここに設置して、祭壇の右端にある蝋燭を時計回りに二回。左端の蝋燭を反時計回りに三回回すと……」
言いながら蝋燭を回転させると、かちりと音がして祭壇が右に動いた。
祭壇が置かれていた場所から現れた下り階段を見て、騎士が歓声を漏らす。
この仕掛けを考えるのにはなかなか苦労したから、驚いてもらえると嬉しいよ。
一番嬉しいのはもちろん、君が褒めてくれることだけどね。
階段を降りると、装飾品を模した魔道具が無造作に並べられた小さな部屋にたどり着いた。
ここが今回の最終目的地だ。好きな魔道具を一つ選んで館から脱出すれば任務達成になる。選んだ魔道具は当然持ち帰れるよ。
それがこの館に挑んだ挑戦者への褒美でもあり、私の計画の根幹でもあるからね
ここにある魔道具のうち、いくつかにはジークが開発した小型の転移装置が混ざっている。
全てではないよ。大半は職人見習いが作成したごく普通の魔道具だ。
転移装置を取った冒険者だけ、後日トレーラントと契約してもらうことになる。
誰が来るかはまだわからないけれど、契約しやすい人が来てくれるといいな。
「何か欲しい品はあるかい。好きな物を取って構わないよ」
「よろしいのですか?」
「ああ。君はよく働いてくれたから」
そう言うと、騎士は目を輝かせて青い宝石で飾られたブローチを選び出した。
転移装置ではなく、氷の初級魔法が封じられた魔道具だ。思いがけず報酬が手に入ったからか、彼の表情は明るい。
彼には今日だけで色々と世話を焼かせてしまったし、館を出るまでもう少し働いて貰う予定だ。
主に、迷宮の感想を聞き出す役としてね。
もちろん特別手当は出すけれど、これくらいの役得はあってもいいだろう。
「寛大なお心遣い、感謝いたします。ヘルフリート様」
「喜んでくれたのならよかった。他の部屋を見て回ろうか」
館を出れば攻略完了だけど、今回はそれが目的ではないからね。
仕掛けが正常に動作していることは分かったから、他の挑戦者の様子を見に行こう。
拷問室から戻ると、先ほどよりも人が増えていた。
元々いた挑戦者に加えて、新しく館に挑んだ者も合流したのだろうね。
至る所に人がいるせいか、物音がしても恐怖はあまり感じなかった。
これは、少し改良すべきかな。
もっとも、そのたびにあちこちから女性の悲鳴や「俺が守ってやるから」と女性を宥める男性の声が聞こえてくるから、こわくないと思っているのは私だけかもしれない。
「いえ、あれは本当に怖くて悲鳴を上げているわけではなく、そういう状況を男女ともに楽しんでいるだけです」
「そうなのかい?」
「そうです。間違いなく、そういうものです」
ただ、騎士の意見は違ったようで拳を握って力強く力説していた。
なんでも、こういった場所に男女で来るとお互いの仲がより親密になるものらしい。
「男女限定なのかい? 同性同士では駄目なのかな」
「え? ええと……そうですね。
深い仲であれば、同性同士でもあるいは仲が深まるかもしれません……」
なるほど。それなら今度、君と一緒に来てみることにしよう。
私と君は、とても仲がいいからね。きっと今以上に仲が深まるはずだ。
一度こうして体験したから、君の前では悲鳴を上げたり驚いたりする姿を見せずに済むと思うし。
……あれ。でも悲鳴を上げることで親密度を高めるのなら、素直に驚いたほうがいいのかな。
「いたっ」
そんなことを考えていたら、トレーラントの尻尾が私の頭を勢いよくはたいた。
痛みはほとんどないけれど、とっさに頭を押さえてしまったのはきっと反射のせいだ。
「ヘルフリート様!」
「ああ、大丈夫だよ。猫にはたかれただけだから」
どうして叩かれたのかは分からないけれど、トレーラントなりに理由があったのだろう。
何か見落としている部分があったとか、私が馬鹿な発言をしたとか、単にトレーラントの機嫌が悪かったとか……最後の理由はちょっと嫌だな。
まあ、後で尋ねるとしよう。
「先へ――」
「おいおい、どうしてくれんだあ?
お前がぶつかったせいで肩が外れちまったじゃねえか」
騎士を促そうとした時、威圧感のある低い声が辺りに響いた。
訛りがひどくて聞き取りづらいけれど、アストルム語だ。
その意味を理解するより先に私の前に騎士が立ちふさがった。
庇われているのだと気が付いたのは、今起きている光景を彼の背中越しに見てからだ。
髪を剃り上げた大柄な男とその仲間らしき四人の男女が青年を取り囲んでいた。
男達は笑っているけれど青年は今にも泣きそうな顔をしているから、楽しい話ではなさそうだね。
「陛下、あちらへ……」
「何とか言えよ、おい!」
こちらを振り向いた騎士が声を潜めて何かを言いかけた時、男の怒鳴り声が響き渡った。
それまではあちらこちらで聞こえていた囁き声は途絶え、場がしんと静まり返る。
唯一残ったのは、少女のすすり泣く声だけだった。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。あの、わたしが悪いんです。
わたしがユーリに、話しかけたから……本当にごめんなさい。許してください」
「リーセ、よせ。こんな奴らに……」
茶色の髪を二つに結った少女が、男に詰られている青年を庇うように前に出た。
彼女のような人間は特にこうした荒れ事には慣れていないだろうに、勇気があるね。
慌てた様子で少女を遠ざけようとする青年を押しのけて、大柄な男が少女に詰め寄る。
「口では何とでも言えるだろうが。こっちは誠意を見せて欲しいんだよ、誠意を。
本当に悪いと思ってんなら、慰謝料くらい払ってくれるよなあ?」
「慰謝料……?」
困惑する少女に男が要求した金額は、肩が外れた治療費にしてはずいぶん高額なものだった。
例えるなら、中程度の品質の魔石が一つ購入できるくらい。
もっと平民の感覚に寄せれば、一年は働かずに暮らせるくらいだろうか。
「ど、どうして治療費でそんなに……」
「治療費? 慰謝料って言ったよなあ。
俺はお前らみたいな駆けだし冒険者と違ってシルバーランクなんだよ。
肩が外れちまったら依頼が受けられねえんだ。その分を補ってもらうのは当然だろうが」
男の言うことはそれほど的外れではなかった。
アストルムでは、加害者は治療費だけでなく被害者が稼ぐはずだった給与も賠償する義務があると定められてるからね。
ただし、冒険者の場合は各ランクに応じて補償額が設定されている。
彼の要求額はそれを明らかに超過していたから、請求額そのものはまっとうではない。
まあ、それも彼が本当に怪我をしていればの話だけど。
見たところ、男の肩は全く問題無いように見えた。もし怪我をしていないのに金を要求しているのだとすれば男の方が罪になる。
だからああやって恫喝して、本当に肩を怪我しているのかと尋ねる機会を潰しているのかな。
だとしたら、相当悪質だね。
男の怒鳴り声に、青年も少女もすっかり怯えてしまったらしい。
特に少女は落ち着き泣く辺りを見回して、助けを探している。
ただ、多くの人は目を逸らしてしまって助けに入る素振りは見せなかったけれど。
その時、彼女の目がこちらを向いた。
いかにも腕の立ちそうな騎士に最後の望みを託しているのか、縋るような視線が注がれる。
それに気がついた騎士が「ヘルフリート様」と少しそわそわとした様子で私に耳打ちしてきた。
先ほどは私の安全を優先してこの場を離れようとしていたけれど、本心は助けたいのだろう。
「仲裁してくれるかな。人々が怯えている」
「ありがとうございます。すぐに終わらせますので」
彼は感謝していたけれど、助けることを命じたのは彼や少女達のためではない。
これ以上恫喝が続けば、迷宮の評判に関わると考えたためだ。
先ほどまで賑わっていた空気は今やすっかり冷え切っていた。
これほどあからさまな恐喝を放置してしまえば、人々の足は遠のいてしまうだろう。
出来るだけ多くの人を集めたい私にとって、それは困る。
「やあ、ユーリとリーセじゃないか。どうだ、攻略の進み具合は」
私から離れた騎士はいたって軽い足取りで青年達に歩み寄り、親しげに話しかけた。
名前まで知っているなんて、もしかして知り合いなのかな。
呟いた私の首を、トレーラントの尻尾が軽く叩いた。また何か変なことを言っただろうか。
少女の方には見覚えがあるような気もするから、もしかしたらどこかで会っていたのかもしれない。
そのどこかが思い出せないのが、問題なのだけど。
「あ……さっきの」
「なんだお前。こいつらの連れか?
見ての通り、今は取り込み中だ。痛い目見たくなきゃ、さっさとどっか――」
「いやあ、また会うなんて偶然だな」
騎士を見て顔をしかめた男が、鬱陶しげに手を振った。
それを全く気にした様子もなくと男と青年の間に割り込むのだから、騎士はずいぶん心が強いようだ。
ただ、無視された男とその仲間達は面白くなさそうだけどね。
「おい、てめえ。見逃してやってたらいい気になりやがって……」
「ああ、肩が外れたんだって? 幸い、俺は人体には詳しいんだ。少し見てやるよ」
騎士が男の肩に触れた途端、男は悲鳴を上げてその場にうずくまった。
殺気立つ仲間達が騎士を取り囲み、口々に怒声を浴びせる。
「お前、よくもリーダーの肩外しやがったな!」
「外した? おかしいな。
俺が外した肩は、さっきこの子達にぶつかってもう外れてたんじゃないのか?」
「それは……」
「あんなに必死に謝ってたんだ。もういいだろう。
もし文句があるなら、ギルドに仲裁してもらうか?」
騎士の言葉に男の仲間達は皆、顔を見合わせて口ごもった。
彼らが請求していた慰謝料の額は明らかに不当だ。
ギルドが間に入れば間違いなく減額されるし、騎士の証言によっては逆に青年達を恫喝したとして罰金を取られかねない。
「でも、あんたのせいで肩が外れたのは事実よね。どうしてくれるわけ?」
黙り込んだ青年の代わりに騎士に詰め寄ったのは、淡い金色の髪を肩よりも短く切った女性だった。
冒険者であっても髪を伸ばしている女性が多いアストルムでは、珍しい髪型だ。
女性の厳しい声に騎士が肩をすくめて、うずくまっている男の肩に触れる。
「ほら、これでいいだろう」
騎士が手を離すと、垂れ下がっていた男の腕は元通りになっていた。どうやら、肩を嵌めたらしい。
よろめきながら立ち上がった男が騎士を忌々し気に睨み付ける。
「てめえ……」
「ここで引き下がれば、彼らを恫喝していたことはギルドに言わないでおいてやる」
「ふざけてんのか! 誰が従うと」
「下位ランクの者に対する恫喝は罰則の対象だ。
相応の罰金もしくはランクの一段階引き下げ。あるいはその両方が課せられる。
端金とプライドのために、せっかくつかみ取ったシルバーランクを失うか?」
シルバーランクというのは、一握りの冒険者しか得ることのできない称号だったはずだ。
彼らが本当にその称号を得ているとしたら、これほど割に合わない争いは避けたいだろう。
「……覚えてろよ!」
騎士の警告が功を奏したのか、男達は捨て台詞と共に去っていった。
「覚えてろよ」なんて台詞、小説の中でしか聞いたことがないから少し感動してしまったよ。
「お待たせいたしました、ヘルフリート様」
「ああ、ご苦労様。おかげで、あまり大きな騒ぎにならなくて済んだよ」
仲裁を頼んだとはいえ、もう少し大きな騒ぎになることを覚悟していたからね。
彼が事を穏便に修める技術を持っていてくれて助かったよ。
私だとせいぜい、魔法を打ち込んで物理的に黙らせるくらいしか出来なかっただろうから。
今度から、視察の際には彼を連れて行くのもいいかもしれない。
これまでの経験からして私はどうも厄介事に巻き込まれやすいようだ。
彼がいれば、人間関係の面倒事は回避しやすくなるかもしれない。
「あ、あの! お二人とも、本当にありがとうございました!」
いつの間にか横道へ逸れていた思考を引き戻したのは、聞き覚えのある少女の声だった。
どこか見覚えのある緑の目を潤ませた少女が声を詰まらせながら何度も頭を下げる。
彼女たちを助けたのは騎士で、私自身は何もしていないのだけどね。
命令だけして、あとは離れた場所で様子を見ていただけだ。
それなのにここまで仰々しく礼を言われると、なんだか気恥ずかしい。
彼らに気づかれないようそっと騎士に視線をやると、彼は心得たとばかりに頷いて私の前に出た。
「なに、気にするな。こういうのは助け合いだろ。
ところで、今はどこまで進んだ?」
幸い、騎士はこういった状況にも慣れているようだった。
穏やかな笑みを浮かべて二人の肩を叩き、彼らを落ち着かせている。
ついでに攻略の進行状況も聞き出してくれている辺り、気も利くようだ。
静まり返っていた辺りも、いつの間にかすっかり元の賑わいを取りもどしていた。
もう少し時間をおいたら、また挑戦者達の様子を観察することにしよう。
それにしても、まさか初日からあれほど大きな騒ぎが起きるとは思わなかった。
魔物はいない。宝を奪い合う必要も無い。あるのは謎解きと少しの仕掛けだけ。
そんな場所で騒ぎを起こしたところで利などないだろうに、どうしてあんな脅迫まがいのことをするのか私には分からないよ。
私に人々を絶望させる理由があるように、先ほどの男達にも何か目的があったのだろうか。
今のところ、何も想像できないけれど。
ため息を吐いた私に同意してくれるかのように、トレーラントが大きく鳴いた。
これ以上揉め事が起きなければよいのだけど……。




