14話 一匹と二人で行く、迷宮探索
人工迷宮が完成したと報告があったのは、即位してから半年が過ぎた頃だった。
今回建設されたのは、森と遺跡、そして廃墟を模して造られた三種類の迷宮だ。
森の迷宮では直感的な、遺跡の迷宮では論理的な、廃墟の迷宮ではその両方の謎解きを楽しめるようになっている。
攻略時間は数時間から半日ほど。いくつか用意された難易度によって異なるようになっている。
難易度の高いコースを選べば攻略に時間は掛かるけれど、高価な宝が手に入る仕組みだ。
私としては楽しいと思うのだけど、はたして人は集まるだろうか。
期待と不安を胸に完成したばかりの迷宮へ足を運ぶと、既にそこには多くの人々が集まっていた。
冒険者のように装備を調えた者が多いけれど、その中にちらほらと平民らしき服装の人も見える。中には聖職者と思しき人までいた。
……少し多すぎるような気もするけれど、少ないよりはいいよね。
国が建物や施設を建てた場合、必ず竣工式と呼ばれる儀式を行なう。
儀式と言っても大したものではないよ。その地域の責任者と王が簡単な話をして、無事にこの日を迎えられたことを神に感謝するだけだ。
これによって新しい建物が末永く保ち、繁栄することを神に願うらしい。
今日私がここへ来たのも、その竣工式で祝いの言葉を送るためだった。
人前に出るのは憂鬱だけど、義務だからね。
一言くらいなら私もあまり負担ではないし、集まった者達の気分も少しは盛り上がるだろう。
「陛下。祝福の言葉をお願いいたします」
この地域の領主として新たに任命された者の話が終わり、私の番になった。
見渡す限り広がる人々全てに行き届くほどの声を出す自信はないから、拡声の魔法を喉に掛けて今日のために特別に作られた壇上に登る。
その途端、多くの視線が私に向いたのが分かった。
今すぐにでもここから降りたいのをこらえて、口を開く。
「皆、今日は集まってくれたことを感謝する。
ここは迷宮の名を冠してはいるけれど、安全に楽しめるよう作られた場所だ。
迷宮の探索に慣れた冒険者も、そうでない人々も、皆安心して楽しんで欲しい」
私に目をつけられた者以外はね。
心の中でそう付け加えて、言葉を終えた。
あまり長々話すと飽きられるだろうし、何よりそんなに話す内容が思いつかない。
これで今日の私の仕事は終わった、と胸をなで下ろした途端、割れんばかりの拍手が耳に届いた。
どうやら、好意的に受けいれてもらえたようだ。
式典の時に陛下がされていたことを思い出し、それと同じように手を振ってその場を後にする。
この半年間でいくつかの式典に出てきたし話もしたけれど、民の反応には未だに慣れなかった。
君を蘇らせるのと、彼らの反応に慣れて笑顔で手を振ったり声に応えたりする時が来るのと、どちらが先なのだろう。
願わくば、前者であって欲しいのだけど。
式が終わった後、人々は我先にと三つの迷宮に入っていった。
遺跡を選択する人が最も多く、その次が廃墟、選んだ人が一番少ない(それでも、数え切れないほどの人が集まっていたけれど)のが森となっている。
初日であることや特典に釣られた人がいることを考えても、各迷宮にこれだけ人が集まったのなら成功だと言えるだろう。
あとは、挑戦者たちに無害な魔道具を装った転移装置を配っていけばいい。
「では、私も迷宮の様子を見て来ます」
「かしこまりました。くれぐれもお気をつけください。陛下」
そう言って、ヴェッキオ枢機卿は不安そうに眉をひそめた。
彼は当初、私が迷宮の視察に行くことに反対していたからね。
民の反応を直接見たいのだと言えば渋々ながら了承してくれたけれど。
挑戦者達の反応を見たいのは本当だ。
私の計画を成功させるには、まず人を集めないといけないからね。
彼らが退屈そうにしていたり、トラブルが発生するようなら早急に対処しないとならない。
私なら多少のトラブルは魔法で解決できるし、なにより手が空いている。
公的には、こうして人前で話をしたり会議に出席したりする以外は何もしていないからね。
私的な予定は再生薬の調合(手が空いたジークが協力してくれたおかげで生き物なら切断した部位を再生できるくらいの効果を持つ魔法薬は作れたのだけど、完成にはまだほど遠い)や、魔道具の材料調達、君との会話で埋まっているのだけど、彼らには言えないことばかりだから表向きはひたすら祈りを捧げて、魔法の修練に励んでいることになっている。
これも、ヴェッキオ枢機卿を初めとする神官や文官達が反対しきれなかった理由だろう。
今のアストルムでは、人手はいくらあっても足りないから。
「リディオ、こちらへ」
ヴェッキオ枢機卿の声に、それまで気配を消して控えていた騎士が素早く私の元へやってきた。
夕日を思わせるような赤い髪が特徴的な、背の高い青年だ。
以前屋敷を訪れた近衛騎士達と同じく、隙のない身のこなしをしている。
今回の視察は周囲に知られないよう行なうため、護衛は一人か二人しか連れて行けない。
それに選ばれた彼は、間違いなく腕が立つのだろう。
「陛下はこれより、テンペスタスの館へ視察に行かれる。
お忍びのため、護衛はそなた一人だ。何があろうとお守りするように」
テンペスタスの館、というのは廃墟を模した迷宮につけられた名前だ。
残虐な行為を好むテンペスタス子爵が暮らしていた館で、彼に殺された人間の怨念が今なお残っている……という設定になっている。
もちろん、この廃墟は私や工事関係者の手によって作られた新築の館(廃墟風)なのでそんなことはないのだけど、設定も相まってなかなかいい雰囲気が出ていると思う。
ちなみに、この設定は以前私が迷宮経営を提案した際、ヴェッキオ枢機卿の次に質問を投げかけてきた緑の目の青年が考案したものだ。
彼はこう言った創作が得意なようで、細かな設定を色々と考えてくれた。
あまり詳細な設定は迷宮攻略に必要ないからと公にされていないけれど、その片鱗は館に置かれている当主や使用人の日記によって読み取れるようになっているらしい。
日記と言えば日記帳に書くのが一般的なはずなのに館のあちこちに日記が散らばっているのは何故か、とか侍女や下男まで高価な羊皮紙を使って日記をつけられるのか、とか色々と疑問はあるけれど、面白い試みだと思う。
謎解きの性質からしても、廃墟の迷宮に挑むのはある程度知識のある人間ばかりになるはずだ。
楽しんでくれればよいのだけど。
「かしこまりました。
リディオ・アンティオコ・ディ・フィアスコと申します。
命に代えても陛下をお守りいたしますので、どうかご安心ください」
そう言って、リディオと名乗った騎士が私の前に跪いた。
本当は一人で行きたかったのだけど、王である以上は仕方がない。
騎士を連れて再び歩き出そうとしたとき「みゃあ」とどこか怒った声が耳に届いた。
おや、と不思議に思って足下を見る。
「一緒に来るかい」
当然でしょう、と言いたげに尻尾を揺らすトレーラントに謝ってその場に膝をついた。
忘れていたわけではなくて、ただ単に来ないかと思っていたんだ。
トレーラントは大抵、私と別行動だったからね。
抱き上げようと手を伸ばすと、トレーラントは嫌そうに顔をしかめて私を見上げた。
人間の匂いがつくのが嫌なのかもしれない。
それはまあ、仕方ないのだけど……。
「でも、あの人混みだし……もちろん気をつけるけれど、はぐれたり踏まれたりするかもしれないよ」
前に見せてくれたような黒豹の姿や、普段使っている人型の姿ならまだしも、今のトレーラントは私の腕にすっぽりと収まってしまうほどの黒猫の姿を取っている。
さすがに、人が大勢行き交う中を一人……一匹? で歩かせたくはなかった。
私ですら分かることを、トレーラントが理解していないはずはない。
ただ、悪魔としての矜持とか好みとか、その辺りの事が関係しているのだろう。
薔薇色の瞳がじっとこちらを見上げて、それから諦めたように前足を踏み出した。
「大丈夫だよ、あまり触れないように……うわ」
「へ、陛下!」
差し伸べた手を踏み台に、トレーラントがするりと私の腕を駆け上る。
傍で私とトレーラントのやりとりを見守っていた騎士が困惑した様子で声をかけてきたときには、私の頭は物理的な意味で重くなっていた。
……どうやら、私に抱き上げられるくらいなら私の頭の上に陣取る方がいいらしい。
それは別に構わないのだけど、不安定ではないのかな。
もしトレーラントが姿勢を崩して落ちたり、その時に爪を立てられたりしたらと思うと恐ろしくてろくに頭を動かせそうにない。
「そこは、危ないと思うのだけど……」
私に返されたのは「僕がそんな無様な姿をさらすとでも?」と言いたげな猫の鳴き声だった。
まあ、トレーラントが私の言うことを聞くはずもないと分かっていたけどね。
仕方がない。少しばかり目立つけれど、諦めるとしよう。
王の威厳も何もあったものではないけれど、もともと私にそんなものはないから。
「陛下、よろしければお取りいたしましょうか……」
「いや、構わないよ。この猫は私以外の人間に懐かなくてね。
手を出すと却って暴れる可能性があるから」
私以外の、どころか私にも懐いてはいないだろうけど。
心の中で付け加えた私に同意するかのように、トレーラントが小さく鳴いた。
首の後ろに滑らかな尻尾が当たって、少しくすぐったい。
緊張感、ないなあ……。




