9話 本日は頭上に注意が必要な日だったようです
今度は、先ほどよりもずっと大きなざわめきが起きた。
それはそうだろうね。迷宮を名物にしている国は私が知る限りないから。
迷宮というのは魔物の住処の総称だ。
洞窟や廃屋、遺跡、時には森全体を迷宮と呼ぶこともあるから実のところ明確な定義はない。
道が入り組んだ迷宮もあれば、知能のある魔物が罠を張り巡らせている迷宮もあるからね。
私の屋敷も広義では迷宮と言えるかな。
魔物はいないけれど、代わりに悪魔と死神と人間と、あとはゴーレムがいる。
説明から予想できるだろうけど、迷宮には冒険者や魔術師がよく集まる。
迷宮内で手に入る魔石や、住み着いている魔物の素材は高値で売れるそうだからね。
聖職者が挑むこともあるらしいよ。
目的は魔石や素材ではなく、魔物の魔力に耐えられる肉体と精神を養うためだそうだけど。
人を集めるには最適だと思わないかい。
「なるほど。迷宮を名物に、とは考えもしませんでした。
確かに、新たな迷宮には多くの冒険者が集まります。
彼らが宿屋で寝泊まりしたり、周辺店舗で買い物をすれば税収も上がり国庫も潤う。いい案ですな」
真っ先に口を開いたのは、ヴェッキオ枢機卿だった。
ただ、決して賛同のために口を開いたわけではなさそうだ。
にこやかに笑みを浮かべながら「しかしながら」と言葉を続ける。
「迷宮は魔物が生息する危険な場所。挑んだ者が命を落とすことも少なくない。
そのように危険な場所を国営としては、陛下やアストルムの印象が悪くなります。
また、穢れた魔物を使役するのはいかがなものかと思いますが……」
ヴェッキオ枢機卿のいうことは、どれももっともだった。
教会は魔物を嫌っている。属国ではないとはいえ、今のアストルムを治めているのはヴェンディミアの出身者ばかりだ。
そんな彼らにとって、財政のためとはいえ魔物を使うことは許せないのだろう。
もちろん、そんなことをするつもりはないけれど。
「ええ。私も魔物を使役するつもりはありません。
迷宮といっても、配置するのは魔物ではなく謎です」
「謎、ですか?」
それまで私とヴェッキオ枢機卿のやりとりを聞いていた神官の一人が、興味を持ったようだった。
それに応える形で私が提案する迷宮について話していく。
「魔物の代わりに謎を設置することで、挑戦者の行く手を阻むようにします。
初めのうちは誰でも解けるような謎を。奥へ行けば行くほど難しい謎を。
そうすれば、冒険者でない一般の人々も楽しめますから。
最後まで謎を解けた人には、魔物の素材や魔石の代わりに見習いの職人が作った魔道具を提供するのもいいかもしれません」
「なるほど。見習いが作ったとはいえ魔道具は高価なもの。
迷宮を踏破した見返りとしては十分ですし、見習い職人の活躍の場も広がって質も向上しそうですね。
話題性もあるでしょうから、人も多く集まりそうだ。
ある程度教育を受けた者しか挑戦が出来ない可能性が、懸念点ではありますが……」
冒険者には学のない者が多い。
もちろんそうでないものもいる(特に魔術師は専用の学校に通っている者が多いから、一般より教養のある者がほとんどだ)けれど、文字の読み書きすら怪しい者がいるのも確かだ。
冒険者は身分問わず希望者なら誰でもつける上、実力と運があれば大金を稼げる職業だからね。
なかなか職に就けない孤児などが「低賃金で使われるくらいなら」と就くことも多いんだ。
それで思い通りに生計を立てられる者はあまりいないようだけど。
「謎にも様々な種類があります。
ある迷宮は一定以上の知識を求められる謎を。別の迷宮では直感的な発想が必要とされる謎を。
場所によって傾向や難易度を分ければ、より多くの人に楽しんでもらえるでしょう」
「面白い。私としては、ぜひ話を進めたいものです」
ヴェッキオ枢機卿は私の案を気に入ったらしい。
魔物と違って謎解きで人は死なないし、管理費用もだいぶ抑えられるからね。
「魔物と違って、謎は一度解いてしまえば答えが分かってしまいます。
攻略した冒険者たちが謎の答えを広めた場合、迷宮が機能しなくなる可能性はありませんか」
最初の方で魔道具を宣伝してはどうかと言った青年が鋭い問いかけを投げかけた。
期待の籠もった目が私を見つめる。
「それについては、迷路のような答えを説明しにくい謎を設置することで解決できるでしょう。
何種類か謎を用意しておいて、挑める謎が毎回変わるようにするのもいいかもしれませんね」
「確かに、そうすれば答えを知っていても攻略は難しくなりますね。
人によっては全ての謎を解こうとする者も出てくるかもしれませんし、そうなれば滞在期間も延びるでしょうから税収も増える。
さすがは陛下。このような案、思いつきもしませんでした」
「アストルムの繁栄を祈っている際、ふと頭に浮かんだのです。
もしかすると、悩める私に親切な方が助言を下さったのかもしれません」
その言葉の効果は絶大で、私の意見はあっという間に採用された。
場所の選定や費用の問題もあるから、着工されるのは少し先らしいけどね。
誰も死ぬことのない、安心安全な楽しい迷宮。
嘘は言っていないよ。死ぬことはないからね。ただ少し、悪魔と契約して貰うだけだ。
それもほんの一部で、多くの人には楽しんで貰えるのだからいいのではないかな。
迷宮が出来る日が今から待ち遠しくてたまらないよ。出来上がったらすぐに様子を見に行こう。
たくさん人が集まった方が、私の計画には都合がいいからね。
ああそれと、私の部屋も少し改築しよう。君の部屋とは別にもう一つ部屋を作らないと。
そんなことを考えているうちに時間は過ぎていたらしい。
「会議を終わりにします」という声に我に返って立ち上がる。
王である私が退室しないと、誰も部屋から出られないからね。
「まさか、天使フェネアン様からお言葉を授けられていたとは思いませんでした」
会議室を出ると、私に続いて部屋を後にしたヴェッキオ枢機卿が感慨深げに口を開いた。
私は「祈っているときに思いついた」と言っただけで「天使が授けてくれた」と断定したわけではないのだけど、彼らにとっては既に決定事項らしい。
肯定も否定もしない曖昧な笑みを返して、自室へと歩を進める。
「熱心に祈りを捧げているとは伺っていましたが、やはり陛下は国を愛しておられるのですね」
「ええ……私の親友が生まれ育った国ですから」
「彼の件は、誠に残念に思っております」
君の名誉は既に回復されていた。
もともと、アストルムをヴェンディミアが浄化した経緯が広められたことで、君は冤罪だったと証明されていたのだけどね。
王の名を使って正式に声明を発表したことで、それを確たるものにしたんだ。
金と権力にものを言わせて無実の罪を着せたと公表された母やその実家、裁判官の地位と名誉は地に墜ちたけれど、それはどうでもいいことだ。
母はもうこの世にいないし、その実家も取りつぶされているのだから。
もっとも、仮に母とその実家が健在だったとしても躊躇うことはなかっただろうけど。
「エミール・モルゲンロートのような被害者を出さぬよう、現在対策を進めております。
もう少し先になるでしょうが、じきに勇者が召喚されるでしょう」
「勇者?」
君の件とは全く関係のないように思える単語に、つい首を傾げてしまった。
勇者を召喚しようとしているという話は、私がヴェンディミアに連れて行かれる際にカンネリーノから聞いていた。
でもあれは、私を捕らえていた悪魔(という設定で、本当はそんなものはいないのだけど)を滅ぼすためだったはずだ。
その悪魔、もとい悪魔の振りをしたゴーレムは私が既に倒している。
勇者を召喚する必要があるのだろうか。
「陛下の爵位授与式に現れた件といい、アストルムの王侯貴族を支配下に置こうとした件といい、悪魔の動きはより活発になってきているようですから。
エミール・モルゲンロートが処刑されたことも、元を辿れば悪魔が原因。
神が選びし異世界の勇者が悪魔を討ち滅ぼせば、きっとあのような悲しい事件も減るでしょう」
どうやらヴェンディミアは、一体の悪魔があれだけ精力的に活動しているなら他の悪魔達も暗躍しているだろうと思っているらしい。
困ったな。ハープギーリヒ侯爵から「お前のせいで勇者召喚なんて面倒なことになった」と言われなければいいのだけど……。
とはいえ、ここで止めては「何故止めるのか」と問われかねない。
私が作り出した架空の悪魔は既に処分したのだから、後のことは悪魔達に任せるとしよう。
そんなことを考えながら足を進めていると、どこからともなく猫の鳴き声がした。
厳重に警備された城内でそんなものが聞こえるはずはないから、気のせいだろうか。
そんな私の考えを見抜いたかのように、再度猫の声が耳に届く。
「おや、どこかに猫が入り込んでいるようですな。
全く、衛兵は何をしているのか」
私の気のせいでないことを証明するように、ヴェッキオ枢機卿も足を止めた。
眉をひそめながら、近くに立っていた兵士に声をかける。
「城内に猫が入り込んだようだ。
見つけ次第、外に逃がすように」
「かしこまりました」
……猫といえば、トレーラントは今どうしているのだろう。
もう会ってもいいはずだというのに、ここしばらく全く連絡がない。
まさか見捨てられたわけではないだろうけど……。
胸の中に不安が過ぎった瞬間、足下に私のものではない影が落ちた。
なにかいるのだろうか。
「いたっ」
「陛下!」
天井を見上げようとした瞬間、頭に軽い衝撃が走った。
思わず上げた声とは裏腹に痛みはあまりないものの、予想していなかった出来事に心臓が飛び跳ねる。
傍にいたヴェッキオ枢機卿や兵士達のほうが、もっと驚いただろうけど。
「お怪我はありませんか!」
「ああ……猫が飛び乗ってきただけだよ」
慌てふためく彼らを宥めようとする私の言葉を裏付けするように、私の足下に腰を下ろした黒猫が「みゃあ」と小さく声を上げた。
それを見た兵士達が、どうすればいいのかと困った様子で私と猫を見比べる。
王の頭を踏みつけるなんて人間なら即座に切り捨てられる行為なのだけど、さすがに猫相手にそこまではしないようだ。
たまに、動物であっても容赦なく切りすてる人間もいるからね。彼らがそんな人間でなくてよかったよ。
人手不足の今、兵士一人とはいえ失いたくないからね。
「お前達、すぐにこの猫を連れ出せ!」
「ヴェッキオ枢機卿。私は大丈夫ですから」
ひどくこわい顔をしたヴェッキオ枢機卿を宥めて、ゆらゆらと尻尾を揺らす黒猫の前で膝をついた。
対応が遅いといわんばかりに「みゃあ」と小さく鳴く黒猫を抱きかかえて、立ち上がる。
「しかし陛下、その猫は……」
「ここで会ったのも何かの縁でしょう。せっかくですから飼うことにします」
「そのような野良猫にも愛情を注がれるのですね。なんとお優しい」
ヴェッキオ枢機卿の言葉を聞いた途端、黒猫の薔薇色の瞳が剣呑に細められた。
青い金属の首輪と艶のある毛並みはヴェッキオ枢機卿の目には入らなかったらしい。
あるいは、気にとめてもいないのかもしれない。何にせよ、その方が都合がいいのだけど。
不機嫌そうに尻尾を揺らす黒猫の喉元を撫でて、今はひとまず私の部屋に戻ることにした。




