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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
4章 悪魔の道具は今日も真摯に呪いを解く
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6話 悪魔さん、助けてください

「それで? 相談とはどのような内容でしょうか、ウィルフリート陛下」 


 翌日、私はハープギーリヒ侯爵と向かい合ってお茶を飲んでいた。

 彼は忙しいと聞いていたので面会まで時間がかかるかと思っていたけれど、思いのほか早く会えたよ。

 偶然暇だったのか、あるいは私が王になったから優先されたのか、どちらなのだろうね。

 私の疑問を読んだかのように、ハープギーリヒ侯爵が口を開いた。


「一国の侯爵風情が、天使に愛された国王陛下のご要望を断れるわけがないだろう。

 だが、次にお茶会を開くのであればもっと余裕を持って招待してくれるとありがたい。

 それから、我儘を言わせてもらえば天使を呼び出した直後はやめてくれ。俺には恐れ多い魔力だ」


 そう言って、ハープギーリヒ侯爵は少しうんざりした様子で髪をかき上げた。

 普通の人なら品がない仕草になるはずなのに、彼がすると様になって見えるから不思議だ。

 何か秘密があるのかな。


 気にはなったけど、ここで別の話を持ち出せば侯爵の機嫌を損ねてしまう。

 そこまでして知りたいことでもなかったから、おとなしく用件を切り出すことにした。


「実は、教皇台下に祈りを捧げて頂きたいものがあるのです。

 しかし、以前伺った話によると私は教皇台下からよく思われていない様子。

 教皇台下と親しいハープギーリヒ侯爵から、お話を通してもらいたいと思いまして」

「構わないが、それは俺を呼び出すような用件ではないだろう。

 陛下を慕っているヴェッキオ枢機卿やカンネリーノ枢機卿なら、喜んで使者になってくれると思うが」


 ここですんなり理由を受け入れてもらえれば話は早かったのだけど、やはりそうはいかないようだ。

 本当の用件はなんだ、というように黒みがかった赤い瞳が私を見つめる。

 では話そうか。わざわざハープギーリヒ侯爵を呼び出した()()()()()を。


「ハープギーリヒ侯爵のおっしゃる通り、彼らはきっと快く私の願いを叶えてくれるでしょう。

 ですが、二人は聖職者です。時には私の意思よりも枢機卿としての職務を優先せざるを得ません。

 私は、出来るだけ穏便に事を済ませたいのです」

「それは、先日ウィルフリート陛下とマクシミリアン陛下の間で交わされた話に関係があるのか?」


 おや、驚いた。どうやらハープギーリヒ侯爵は、私と魔法王が話をしていたことを掴んでいたらしい。

 彼を本当にただの人間だと思っていたら、その洞察力と情報収集能力に驚いていたところだよ。

 悪魔って情報通なんだね。それともこれは、侯爵だけの特徴かな。


「よくご存じで」

「情報と知識は俺の最たる武器だからな」


 穏やかに微笑んでティーカップを傾けたハープギーリヒ侯爵が、ちらりと私に視線を向けた。

 話を続けろということだね。

 制約の魔法があるから詳細には語れないけれど、私と魔法王の会話を知っていた彼ならそれも分かっているだろう。


「仔細はお話しできませんが、私はとあるものに掛けられた再生の魔法を解きたい。

 そのために、教皇台下に力をお貸し頂きたいのです」

「どうやって解くつもりだ? 神官の祈りなら、マクシミリアン陛下がすでに試しているはずだが」

「不死鳥の力を借ります」

「なるほど……不死鳥は再生を司る精霊。祝福を受けたなら、人間でも一時的な相殺くらいは出来るか。

 好みにうるさい不死鳥が人間に力を貸すことは想定していなかったな。

 さすがはウィルフリート陛下。俺にはない発想をお持ちだ」


 そう言って私を見つめた侯爵の目には、焦りや怒りといった感情は特に浮かんでいなかった。

 隠しているのか、あるいは彼はこの件に全く関係ないから興味がないのか、私にはわからない。

 ただ、先ほどの言葉から察するに知らないわけではないはずだ。そうでないと困る。


 不死鳥に「力を借りる」と言っただけで「魔法を解いてもらう」と言わなかったのは、ハープギーリヒ侯爵に相談を持ち掛ける余地を残すためだ。

 あのあと不死鳥から教わった話によると、私が肉の魔法を相殺できるのはせいぜい一時間程度らしい。

 いくら祝福のおかげで高位精霊の力を自由に使えると言っても、人間ではこれが限界のようだね。

 でも、私にとっては都合がいい。


「不死鳥曰く、再生の魔法の効果を長きに渡って維持させ続けられるのは悪魔だけだそうです。

 ならば、その力の影響を一時的に封じた後、神の代理人たる教皇台下直々に祈りを捧げて頂けば悪魔の魔法も打ち破れるはず。

 ですがその場合、知らなかったとはいえ悪魔の魔力に侵された品を長年保管してきた地は……」

「あの教皇台下なら、浄化を言い出すだろうな。他の枢機卿でも同じだろう。

 エアトベーレは、というよりも今のマクシミリアン陛下はヴェンディミアから嫌われている」

「嫌われて?」


 それは知らなかったな。何かしたのだろうか。


「あの国は王の力が強く、相対的に教会の影響力が弱い。

 百年続いたエルフとの戦争から民を解放したのだから王を支持する国民が多いのは無理もないが、ヴェンディミアからみれば面白くないさ。

 それに、マクシミリアン陛下は魔力無しを重用している」


 魔力無し、というのは貴族なのに魔力を持たない人間の総称だ。

 貴族が魔力を持つのは神に選ばれた者の特権と言われている。

 だから、貴族なのに魔力を持たないのは神の選別を待たず誤って生まれてきてしまった証。魔力無しは早急に神の御許へ返さなければならない……というのが教会の教えだった。


 魔力無しが重用されている、つまりまだ生きているというのは教会の教えに逆らった証拠だ。

 それは嫌うだろうね。


「だから、俺を仲介者としたいわけだな」

「ええ。浄化を否定するわけではありませんが、民に危害が及ばないに越したことはありません。

 私が直接お会いして教皇台下の気分を害してはなりませんから、魔法を一時的に相殺した後で品物をハープギーリヒ侯爵にお渡しします。

 侯爵から()()()()()()の元へ、品をお持ちいただきたいのです」

「しかるべき、ね……いいだろう。

 ウィルフリート陛下のお望みのままに」


 遠回しな交渉は私が苦手なものの一つだ。

 真意が伝わるだろうかと心配だったけれど、ハープギーリヒ侯爵はきちんと汲み取ってくれた。

 確証はないし、この場で求めるわけにもいかないけれど、侯爵ならきっとあの肉を本来持つべき相手に返してくれるだろう。


 一つ心配なのは侯爵と肉に魔法をかけた悪魔が敵対していて、侯爵が肉を嫌がらせの道具に使うことだけど……穏便に解決したいと私は言ったからね。

 肉の扱いを最終的に決めるのは侯爵だ。最悪、それで悪魔の怒りの矛先を逸らすつもりだった。

 私の予想が当たっていれば魔法を掛けたのは侯爵のはずだから、おそらく大丈夫だと思うけれど。


「それで、目的はなんだ? まさか慈愛や慈悲の心で、なんてことは言わないよな」


 無事に事が済んだことに安心していると、ハープギーリヒ侯爵からそんな問いかけが投げかけられた。

 魔法王に協力しても私に利はないし、私が慈愛も慈悲も持ち合わせていないことは侯爵に知られているからね。この質問はもっともだろう。

 これについては隠すことでもないので、正直に話すつもりだった。


「ヒュドラの心臓が欲しいのです。

 エミールの身体を再生させることが出来ると不死鳥から教わったので」

「ああ、再生の妙薬か。確かにあれは死体でも再生させるからな。

 調()()()()()()()()、損壊したエミール・モルゲンロートの身体を取り戻せるわけか」


 処刑を終えた後に領民たちに引き裂かれたことによって、君の身体はすでに失われている。

 罪人の血をハンカチに付けるとお守りになる、なんて言い伝えが平民の間にはまだ残っているらしくてね。彼らにとって、君はいい材料だったらしい。

 君は罪人でないのだから、彼らの行為は無意味なのだけど。


「いつ動くつもりだ?」

「今夜、お話を伺いに行こうと思っています」


 魔法王は明日の朝にはエアトベーレへ戻る予定だ。

 彼がまだアストルムにいるうちに事を済ませたほうが、私にとっても彼にとっても都合がいい。

 私の答えに、ハープギーリヒ侯爵は微かに目を細めて笑った。


「それはいい。俺も都合が合わせやすい。

 これを渡しておくから、事が済んだら人気のない場所で吹いてくれ。使いを向かわせる」


 侯爵から渡されたのは銀製の笛だった。

 美しい細工が施されていて芸術品のようにも見えるけれど、微かに魔力を感じるから魔道具だろう。

 損壊の魔法が掛けられているから、使いきりのようだね。吹く場所は慎重に選ぼう。


「分かりました。ご協力いただいてありがとうございます。

 お礼はどのようにすればいいでしょう」

「礼か……」


 立ち上がった侯爵にそう尋ねると、彼は少し迷った素振りを見せた。

 私からもらえる礼など彼にとってみれば取るに足らないものだろうけど、今回の件は私から侯爵に助力をお願いした形になっているからね。

 礼を申し出るのは普通だし、むしろ言わないと不自然だ。


「……それなら、今後の方針を聞かせてもらおうか」

「方針、ですか?」


 おや、予想外の要求だね。ハープギーリヒ侯爵は何を知りたいのだろう。


「ウィルフリート陛下が魂を捧げていた悪魔は存在しないと前回言っただろう。

 王になったお前は、これからどうするんだ」

「――エミールを蘇らせます」


 嘘をついても見破られる可能性が高いことは知っている。

 だから先ほども、なるべく()()つかないようにしていた。

 この件も、もちろん正直に話すつもりだった。


「お前には時間が有り余っているだろうが、それだけで叶えられるほど蘇生は簡単じゃない。

 どうやって望みを叶えるつもりだ?」


 公務が全く入っておらず暇を持て余している私をからかうように侯爵が笑った。

 黒みを帯びた赤い瞳はきちんと笑っているけれど、それが却って怖い。

 話していい情報だけを口にするよう、慎重に言葉を選んだ。


「私の目標は、再生したエミールの肉体に彼の魂を繋げて蘇らせること。それは変わっていません。

 私が悪魔を頼ったのは彼の魂を手に入れるため。

 悪魔がいなかったのなら、私自身がその役割を担えばいいだけです。

 ですが、人間である私には魂の在処や取り出し方などわからないことが多くあります。

 しばらくは、その疑問を解決するための実験に専念することになると思います」

「そうか。それくらいなら介入はしないが、やりすぎるなよ。

 もっとも、焦る理由なんてないだろうが」


 思いのほか、ハープギーリヒ侯爵の反応はあっさりとしていた。

 私のほかにも同じようなことを考えて手を汚す人間は多いのかもしれない。

 そうでなかったら、人を蘇らせる黒魔術があれほど多く作られることはなかっただろう。


「今後の動きを知れただけで、今回の礼としては十分だ。

 成功を祈ってるよ。努力家のウィルフリート陛下」


 そう言って、ハープギーリヒ侯爵は今度こそ部屋を出ていった。

 本当はもう眠ってしまいたいくらい疲れたけれど、これからの事を考えると悠長にはしていられない。


 今日は、忙しい一日になりそうだ。

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マシュマロ
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