4話 魔法王の相談は察せない
お茶とエアトベーレ名物の砂糖菓子を堪能させて貰っている間、魔法王はなかなか口を開かなかった。
私に自国のお菓子を楽しませようという気遣い故……とは思えないから、話の切り出し方に迷っているのかもしれない。
私としては、早く済ませて欲しいのだけど。
「今から話すことは、私とウィルフリート殿だけの秘密にしておいて欲しい」
ようやく発せられたのは、本題ではなくて口止めの言葉だった。
予想はしていたから、ここは大人しく了承しておく。
そもそも、私に言いふらす相手などいないのだけどね。
「かしこまりました」
「では、誓約を」
その言葉と共に、一枚の石版が現れた。
誓約の魔法か。ずいぶん厳重だね。
誓約の魔法にはいくつか種類がある。
魔法王が選んだのは、その中でももっとも高度かつ秘匿性の高い魔法だった。
魔石で作られた石版にお互いの魔力を注ぎ、秘密を遵守することを誓うというものだ。
もし誓約を破れば、破った者の魔力が暴走して途方もない苦痛をもたらす。
この魔法は対象者の魔力が高ければ高いほど効果は高くなるから、私に秘密を守らせるには最適だね。
ただ、難度が高い上に誓約を破った際の代償が双方ともに大きいから普通は使わないのだけど。
「私は、今日ウィルフリート殿と話した内容を他の誰にも口外しないと誓おう」
私が誓うよりも先に、魔法王が石版に手をかざした。
今からする話を決して他者へ話さない事を誓ったあと、魔力を石版に流し込む。
その途端、白い石版が銀色に染まった。
なるほど、いいお手本が見られた。
では、私も誓うとしようか。
誓約することに躊躇いはなかった。
先ほど魔法王がしたのと同じように石版に手をかざし、言葉を紡ぐ。
「私は、今から伺う話を他の人間には決して口外しないと誓いましょう」
誓いの言葉を述べた後に石版へ魔力を流すと、銀色だった表面へ徐々に黒が混ざり始めた。
やがて双方の色が混ざり合い、元の白へと戻る。
どうやら、これで誓約が成立したらしい。平等な条件でなくとも認められるようだね。
「では、早速だが……ウィルフリート殿は、これをご存じだろうか」
魔法王がテーブルに置いたものの正体が、最初は全く分からなかった。
手のひらに収まるほどの大きさをした、淡い乳白色の半球体だ。
よく見ると、微かに動いているのが分かる。
生き物……なのかな。
その割には表面はどこもつるりとしていて、目や鼻や口らしきものは見当たらないけれど。
……まさかとは思うけれど、ひっくり返したらそれらがあったりしないよね。
自分で想像したことに、思わず身体が震える。
君は知っているだろうけど、私は何かの裏に小さなものが隠れているという状態が苦手なんだよ。
昔、興味本位でひっくり返した石の裏に……やめておこう。思い出しただけで気分が悪くなってきた。
目を逸らしたくなるのを堪えて、更にその生物らしき何かを観察してみる。
弾力はそこそこありそうだ。大体、私や君の頬くらいには。
それから、水のように滑らかな魔力が感じられた。
魔法王ほどの量はないけれど、質はよく似ている。
これは……どういうことなのかな。
そっと様子をうかがってみたけれど、魔法王の意図を推し量ることは出来なかった。
私が人の考えを読み取る能力に長けていないというのもあるし、魔法王はとても上手に自身の意図を隠していたからね。
さすが、十四才という若さで賢王と謳われるだけのことはある。
裏を返せば、その倍は生きている私の能力が低すぎるということになるけれど。
うん。やはり、彼と腹を探り合うのは止めた方がよさそうだ。
大人しく真意を尋ねるとしよう。
「申し訳ありませんが、私は魔法以外は取り柄のない人間です。
陛下の意思を読み取る術には長けておりませんので、ご説明頂いてもよろしいでしょうか」
出来るだけ落ち着いた声で問いかけると、魔法王の目が僅かに揺れた。
私のあまりの鈍さに落胆したのか、あるいは私の反応が予想外のもので動揺したのか。
もしくは、全く別の理由かもしれない。まあ、どれでもいいけれど。
「あ、ああ……すまない。
これは、我が国に代々伝わる……肉だ」
「……にく?」
にく。ニク。肉……ああ、そうか。肉か。
……肉が伝わる王家というのは、かなり珍しいんじゃないかな。よく腐らなかったね。
それとも、王家で代々飼育されている動物の肉ということなのかな。
「そう、肉だ。生きてはいるが、肉だ。
なんの肉かは、ウィルフリート殿なら分かるのではないだろうか」
それはつまり、私ならこの肉が人間の魔力を発していると感じ取れるだろう……ということかな。
決して「これがお前の未来だ。察しろ」という嫌味を言われているわけではないよね。
それならそれで、迎え撃つけれど。
「人間の魔力を持っているように感じ取れます」
少し迷ったけれど、感じ取れたことは素直に伝えることにした。
私が彼の魔法の腕を知っているように、向こうも私のそれを知っているはずだ。
分からない振りをするのは却って怪しまれかねないからね。
「大変信じがたいことだが、その肉は人間の――私の先祖の肉だ。
肉の正体は王のみが知ることの出来る機密とされているため、他の王族や家臣は知らないが……」
「そのように貴重なものを私に見せてもよいのですか」
まさか、さっき考えた私の未来が本当になったりしないよね。
一瞬そんな考えがよぎったけれど、魔法王は私の問いかけに「問題ない」と頷いて肉を手に取った。
その際に見えた裏側は他の面と同じようにつるりとしていたから、ひとまず胸をなで下ろす。
「私はこれをなくしたいと考えている。
具体的には、これに死を与えたいのだ」
「死……ですか?」
「文献によると、この肉はもう千年以上この状態で生き続けている。
肉と共にこれを使った風習も代々伝えられているのだが、それも……私の代で断ち切りたい」
「風習?」
「…………年に一度、肉料理が王家の晩餐会に出される。
それを食べると……どのような病も防ぐことが出来ると、伝えられている」
尋ねると、魔法王は少し渋った後に教えてくれた。
風習と肉がどう関係するのかは聞かなかったよ。
いくら鈍い私でも、なんとなく察せるからね。
「王になってからこれまでありとあらゆる方法を試したが、この肉を殺すことは出来なかった。
婚約者との婚姻をこれ以上伸ばすことは出来ないが、私にはもう打つ手がない」
なるほど。どうして魔法王が事を急いていたのか、なんとなく分かったよ。
確か、魔法王はあと半年ほどで結婚するはずだからね。昨夜の晩餐会の時にそんな話をしていた。
おそらく彼は婚約者に肉料理を食べさせたくないのだろう。
いい夫だね。私ならきっと、気にも掛けないはずだ。
「調査の結果、この肉には高度な呪いが掛けられていることが判明した。だが、解呪法は不明だ。
呪いについて詳しいウィルフリート殿ならば手がかりを存じているのではないかと考え、今回相談させていただいた」
別に、呪いを研究しているわけではないのだけどね。
ただ、君を蘇らせようとありとあらゆる知識に手を出した結果、医術や呪い、黒魔術と呼ばれるものについて少しばかり詳しくなってしまっただけで。
だから、人を蘇らせるための呪いや黒魔術に関してはともかく、それ以外の知識となるとお手上げだ。
けれど、ここでそう言ってしまえば恩を売ることが出来なくなる。
ここは一つ、時間を稼ぐとしようか。
「あいにくですが、私もそのような現象について心当たりはありません」
「そうか……無理をいってしまい、申し訳ない」
「ですが、幸いなことに私はヴェンディミアの第八枢機卿でもあります。
枢機卿と聖女以外は立ち入りを禁止されているヴェンディミアの機密文書館になら、手がかりがあるかもしれません。どうか、時間を頂けないでしょうか。
陛下に時間がないことは承知しておりますが、「急ぐ時こそ手間を掛けよ」という言葉もあります。
ここは一つ、私にお任せ頂けませんか」
私の訴えに、魔法王は少し悩んだ後で頭を下げた。
「……確かに、その通りだ。ウィルフリート殿にお任せしよう」
ちなみに、「急ぐ時ほど~」という言葉は君の受け売りだ。君ならどう説得するか想像して言葉を考えてみた。
さすが君だね。あの魔法王ですら納得させてしまうのだから。
さて。帰ったら早速、日記を書こうかな。もちろん、トレーラントに相談するために。
ああ、大丈夫。誓約が破られたことにはならないよ。
だって私は他の人間には口外しないと言ったからね。
日記に書かないとも、悪魔に相談しないとも、一言も言っていない。
問題はないと思うよ。私の話し相手なんて、君とトレーラントくらいしかいないからね。
魔法王が危惧していたようなことにはならないだろう。
それにしても、千年以上生き続ける呪いを掛けられた肉か。
一体、何をしたらそんな呪いを掛けられるのだろうね。
こわいなあ。
+++++
やはり、ウィルフリート殿に相談して正解だった。
彼を見送った後、今日の出来事を思い出しながら大きく息を吐いた。
問題が解決したわけではないが、胸が軽くなったのは間違いなくウィルフリート殿のおかげだろう。
父が亡くなるまで私は何も知らずにあの肉を食し、おいしいと褒めていた。
一度など、父の目を盗んで私の親友に食べさせたこともある。
あらゆる病を遠ざけるという肉の効力を、少しでも大切な相手に分けたかったのだ。
何も知らなかったとはいえ、私の罪が重いことに変わりない。
肉の正体を知ったのは、王位を継いだあとだった。
それからしばらくは食事自体受け付けられず、婚約者にも親友にもひどく心配を掛けたものだ。
私の伴侶となる婚約者やその子供に罪が及ぶ前に、あの肉をなくしてしまいたかった。
そして出来ることなら、私も許されたかった。
千年以上も食され続けた肉を解放することだけが、私が許される唯一の方法だと思っていた。
だが、私の知識と魔力ではあの肉に掛けられた呪いを解くことは出来なかった。
式を挙げてしまえば婚約者もあの肉を食べることになる。
肉を食べる機会を無くすことも考えた。しかし、千年も続いた儀式を無くすには理由が必要だ。
下手なことをすれば、あの肉の正体が知られてしまうかもしれない。
私がしてきたことを婚約者や親友に知られるのは――そして、親友に自分が食べた肉の正体を知られるのはどうしても避けたかった。
肉の正体を知るのは王のみである為、家臣達には相談できない。
父は既に他界しているし、婚約者や親友にはなおさら話せるはずもない。
時が経つにつれ、次第に焦りは増していった。
他国との外交や結婚式の準備、エルフの国との間で行なわれていた戦争の後処理などに追われていたことも、焦りに拍車を掛けた理由の一つかもしれない。
ウィルフリート殿を相談相手として選んだのは、魔法王と呼ばれる私と同等の魔力を持っており、呪いにも詳しいと聞いた為だ。
彼がまだ伯爵だった頃に何度か話をした際に、信頼のおける人間だと分かっていたこともある。
十一歳という若さで王になった私を、周辺諸国の王や外交官はこぞって侮った。
顔に出さないようにはしていたものの、少し観察すればすぐにわかる。
だてに、ドラゴンやエルフと命のやり取りをしていたわけではない。
王として結果を出していけば、彼らもじきにこちらを見る目を変えてくれたが。
だが、ウィルフリート殿だけは初めから私を王として、一魔法使いとして扱ってくれた。
天使――それも、第七位という高位の天使に祝福を受けるほど魂が清らかな彼のことだ。
きっと、人の見目に惑わされることなく本質を見る目を持っていたのだろう。
彼の魔法や呪いに関する知識の深さも、何度か話して知っている。
二度も悪魔を退けた彼なら、私の悩みを解決する手がかりを与えてくれるのではないかと思ったのだ。
あの肉を見せた時、彼はすぐにその正体が分かったようだった。
その正体をあえて口にはせずに私から話すよう促したのは、私を信頼してくれていたからだろうか。
だとすれば、嬉しいものだ。
ただ、ウィルフリート殿もあの肉に掛けられた呪いには心当たりがないようだった。
やはり、あの呪いは相当特殊なものらしい。
だが、相談は決して無意味ではなかったと思う。
彼が落ち着いた態度で諭してくれたおかげで、今は以前に比べて少し冷静になれている。
ウィルフリート殿がいなければ、私はもっと追い詰められていただろう。
彼の言う通り、ヴェンディミアの機密文書館には教会が秘匿する数々の情報が眠っているという。
中にはきっと、あの肉の呪いに関する情報もあるのではないだろうか。
もし仮に見つからなかったとしても――私は、彼に相談したことを後悔はしまい。
世の中の貴族や王族が皆、彼や親友のように裏表のない正直な人ならよいのだが。




