3話 面倒事が増えました
目が覚めると、朝だった。
外はまだ薄暗い。いつもよりだいぶ早く起きてしまったようだね。
戴冠式と悪魔との歓談……と呼ぶには気が抜けなかった話し合いを終えたから、もっと遅くに目が覚めると思っていたのだけど。
こんなに早くに目が覚めたのは、ヴェンディミアが人を差し向けて来た時以来だ。
あの時は、時間を問わず探知魔法に反応が引っかかってね。落ち着いて眠れなくて困ったよ。
そう、ちょうど今みたいに。
「……手紙?」
君を乗せたサイドテーブルの上には、見覚えのない封筒が一通おかれていた。
私がおいたわけではないし、使用人でもないだろう。彼らが立ち入っていたら、今頃は大騒ぎだ。
私にとって君の姿は癒しだけれど、他の人間には少々刺激が強いようだから。
では、誰が手紙を置いたのだろう。
不思議に思って部屋の周囲に張った探知魔法を確認してみたけれど、破られた形跡はなかった。
いや、一カ所だけ綻びがある。
おそらく、これが出来たことが原因で目が覚めたのだろう。
そうなると、手紙を置いたものは限られる。
私の探知魔法を破れるのは、悪魔や死神以外にはエアトベーレの魔法王くらいだからね
「……やはり、エアトベーレの紋章だね」
封蝋に刻まれていたのは、白い薔薇を象ったエアトベーレの紋章だった。
昨夜の戴冠式に参列した彼が帰国するのは三日後のはず。
話す時間はあるはずなのにわざわざ手紙を送ってきたということは、おそらく手紙には人に知られたくないことが書かれているのだろう。
私は彼から内密の相談を受けるほど仲がいいわけではないのだけど……。
いささかの不安を覚えながら風の魔法で封を切って、中身を取り出す。
突然手紙を送るような不躾な真似をして申し訳ない。
優れた魔法使いであるウィルフリート殿に相談がある為、ぜひ話がしたい。
出来れば本日中がいいのだが、予定は空いているだろうか。
上質な便箋二枚半にも及ぶ手紙の内容を簡潔にまとめると、そういう内容だった。
内容は普通だ。探知魔法を破ってまで送ってくる必要性があるとは思えない。
つまり、彼は私に相談した事実自体を隠したいのだろう。
……面倒ごとの気配がするのだけど、どうしようか。
相談の内容は、なんとなく察しが付く。おそらく、魔法に関する相談だ。
これで相談内容が国家の運営に関することだったら、エアトベーレの未来が心配になるよ。
予定自体も空いている。正確には、公務はない。
戴冠式の翌日なんて普通なら忙しいのだろうけど、私はお飾りだからね。
私的な予定はあるよ。君を話をしたり魔術書を読んだりするという予定がね。
でも、それを理由にしても魔法王はきっと納得してくれないはずだ。
「……受けようか、この相談」
彼が抱えているであろう問題を解決できれば、魔法王に一つ恩を売ることが出来る。
エアトベーレは領土こそ小さいものの、魔法に関しては「魔法大国」とも呼ばれるほど進んでいる。
もしかしたら、君本来の身体を取り戻せるような魔法があるかもしれない。
今はそれしか方法がないからいろんな人からパーツを集めているけれど、君自身の身体が手に入るならそれが一番いいからね。
それに、手紙には相談に乗ってほしいとあるだけで、解決してほしいとは書いていない。
力になれそうになかったら、話を聞くだけ聞いて私ではどうにもできないと言おう。
書き物机から便箋を取り出して相談を引き受ける旨を書きつけた後、封筒に入れて窓の外へ飛ばす。
魔法王が泊っている部屋の場所は知らないけれど、手紙に残っていた魔力を辿るように魔法を掛けたから届くはずだ。
薄暗かった外が明けてきたころ、再び手紙が飛んできた。
ずいぶん早いものだ。返事を出してまだ数十分しか経っていないのに。
魔法王は、私が思っているよりもずっと切羽詰まっているのかもしれない。
エアトベーレの紋章が入った封蝋で閉じられた封筒を開いて、中の便箋を取り出す。
希望を受けいれてもらったことを感謝する。
ついては、朝食の後でそちらに伺う。
要約すると、そんなことが書いてあった。
相談を持ち掛けてきた魔法王が私を訪ねてくるのは礼儀に適っているのだけど、私としてはよくない展開だ。なにしろ、ここには君がいる。
普段なら君を箱に入れて隠し部屋にしまっておけばいいのだけど、魔法王は私同様に魔力に敏感だ。
君に使用している保存の魔法に気が付いてしまうかもしれない。
それは困るので、私が彼のもとを訪ねることにした。
もちろん、理由はつけるよ。
王族である彼も私も、部屋の前には警備の者がいる。
人払いをすればいいけれど、その場合も後でどうしても事情を探られてしまう。
だから、私が転移魔法を使ってそちらへ直接向かう……というものだ。
他国の王族の私室同様、私の部屋にも強固な転移魔法防止対策がなされている。
そうしないと、転移の魔法や魔術が使える暗殺者に忍び込まれてしまうからね。
転移魔法、あるいは魔術を使える人間は限られているけれど、皆無ではない。
私の場合、自分でも対策を施してあるからさらに強力だった。
もちろん、魔法王がその気になれば破れるはずだ。でも、絶対に騒ぎになる。
かといって、彼の訪問に合わせて解除するのも難しい。いや、したくない。
これをもう一度施すのがどれだけ大変か、魔法王も理解しているだろう。
城全体にも転移対策は施しているけれど、私の部屋ほどではない。
私が魔法王の元を訪ねる分には、ごく穏便に対処できる程度だ。
それなら、私が魔法王の元を訪ねるほうがいい。
彼も私の言い分はもっともだと思ってくれたのだろう。手紙を送って数分後、了承の返事が来た。
これで、君のことがばれる心配はない。
あとは、彼の相談がそれほど面倒なものでなければいいのだけど……。
朝食を終えた後、私は魔法王にあてがわれた客室のバルコニーに立っていた。
直接部屋の中に転移してもよかったのだけど、それは礼儀に反する気がしてね。
近くに人がいないことは探知魔法で確認済みだし、遠目からわからないように幻影魔法もかけている。
短時間外にいるくらいなら平気だろう。
窓ガラスをそっと叩くと、部屋とバルコニーを遮る窓がゆっくりと開いた。
どうやら、魔法で開けてくれたようだ。
翻るカーテンに足を絡ませないようにしながら(私はやりかねない)、部屋に足を踏み入れる。
「こちらへ足を運んでいただいたこと、感謝する。ウィルフリート殿。
魔法への見識が深い貴殿に意見を伺いたく、この機会を利用させてもらった」
拡声の魔法を使った気配はないのに、魔法王の声は広い部屋によく響いた。
声変わり前だからか少し高めの、だが落ち着きのある声だ。
私は彼の倍は生きているというのに、どうしてああいった威厳が出せないのだろうね。
……理由は、なんとなく分かっているけれど。
立ち上がった彼の元へ足を運ぶと、銀色の目がまっすぐに私を見つめた。
ああ、なんだか思い出してきたよ。魔法の腕はほぼ同等である彼と、あまり親しくなれなかった理由。
そうはいっても、ここで私が彼を苦手としていることを悟られるのは得策ではない。
出来るだけ平静を装って、他国の王族に対するごく一般的な礼を取った。
「私の意見が参考になるかは分かりませんが、お伺いします」
「そう言っていただけると、こちらとしてもありがたい。
早速だが、本題に入らせてほしい。どうぞ、掛けてくれ」
言われた通り椅子に腰掛けると、それが合図だったかのようにテーブルの上に軽食やお茶が現れた。
どれも、まるでたった今作られたばかりだというように暖かな湯気を立てている。
以前ハープギーリヒ侯爵が使ったのと同じような魔法だろう。
侍女や給仕を部屋に入れたくないから、事前に用意したのだろうね。
この状況を見て「よほど信頼されているのか」と思えるほど前向きでない私としては、どんな厄介事を相談されるのか今から怖くて仕方がないよ。




