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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
4章 悪魔の道具は今日も真摯に呪いを解く
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2話 スロウス・フォン・アーチェディアの目的

「なんだ、気づいていたのか」


 悪魔だと指摘されたことに、大きな驚きはないようだった。

 グラスに注がれた葡萄酒と同じ色の目から純粋そうな輝きが消えて、代わりに理知的な光が浮かぶ。

 やはりあれは演技だったらしい。


「君の魔力から、僅かだけど天使と真逆の性質の魔力を感じたからね」

「さすが、天使の寵愛を受けた国王陛下だ。

 ……魔力が隠し切れていないなんて、俺もまだまだ未熟だな。今後は気を付けるよ」


 肩をすくめて残念そうにつぶやいたスロウスが、グラスを傾ける。

 ちなみに、彼の魔力の隠蔽はほとんど完璧だったよ。

 スロウスの正体が悪魔だと教わっていたから念入りに探知して、ようやく感じ取れた。

 探知魔法が得意な私でさえ微かにしか探知できなかったのだから、他の人間はまずわからないと思う。


 ……と、いう言葉は胸にしまっておいた。

 言う義理はないし、言えば確実に「誰に教わったのか」という話になるからね。

 私とレーベンが親しくしているということは、あまり知られない方がいいだろう。


「話を戻すけれど、何の用なんだい。

 悪魔に目を付けられるような真似をした覚えはないのだけど」

「あれだけ悪魔に面倒事を押し付けておいて、よく言えるな。

 まあ、それはいい。お前に会おうとしていた目的の一つはその対応のためだったんだが、()()()()対処が済んでいるようだからな。

 今日来た理由は別にある」


 さて、一体何だろう。

 あいにくと、先ほどあげたもの以外に目をつけられる理由は……一つしか思い浮かばない。

 つまり、トレーラントとの関係が知られたということだ。


 スロウスはトレーラントの先輩らしいからね。

 私がトレーラントと契約していることを知って、聞き出しに来た可能性はある。

 もっとも、その可能性は限りなく低いけれど。


 スロウスは半年も前に私と話をしたいと言ってきている。

 もしトレーラント絡みの話なら、もっと早くに接触を試みているはずだ。

 彼の行方を知りたいにしろ、私が彼と契約しているのか確認したいにしろ、わざわざ時間を置く利点はないからね。


 さっぱり分からないと首を傾げる私をよそに、スロウスは二本目の葡萄酒の栓を抜いていた。

 まだ一本目の葡萄酒が残っているけれど、それは飲む気がないらしい。

 淡い薔薇色の葡萄酒を自分のグラスに注いで「今回の用件は」と口を切った。


「アーチェディア伯爵家六代目当主、ジークフリート・フォン・アーチェディアとの契約を果たす為だ」

「エテールの屋敷を建設した当主だね」


 あのトラップだらけの屋敷を建築し、ついでに「確固たる信念さえあれば、どうにかなる」と日記に書き残した当主だ。魔道具作りの才に長けていて、当時の王からも寵愛の篤い人だったらしい。

 まさか、悪魔と契約していたとは知らなかったよ。

 でも……。


「もう、当時の当主は死んでいるよ」


 悪魔は長く生きるそうだから、もしかして時間の感覚がおかしくなっているのではないだろうか。

 そんな不安を抱いた私の心を読んだのか、スロウスは呆れたようにため息を吐いた。


「分かってる。さすがに、悪魔と人間の寿命の差を知らないほど若くはないさ。

 報酬の払い方には三種類ある。その場で代償を払うか、後で払うか、あるいは先に払うか。

 ジークフリートは報酬を先払いし、将来のために契約することを選んだ。

 結んだ契約は二つ。一つは、お前達が住んでいたあの屋敷を用意すること。

 もう一つは、アストルム王家が滅びる瞬間を見届けること」

「ずいぶん物騒な願いだね」


 アストルムは王を頂点とした国だ。全ての貴族は国王に忠誠を誓い、命をかけて守ると宣言している。

 ……実際にはともかく、名目上はそうなっている。


 六代目当主の願いを叶えるためには、王族が死に絶えたあともアーチェディア伯爵家の者は生きていないといけない。

 主君を見捨てても生き延びろとは、貴族家の当主としては耳を疑うような契約だ。

 もっとも、見捨てるどころか積極的に滅ぼした私が言うことではないけどね。


「その六代目当主は、王家が嫌いだったのかい」

「ああ、そうだ」


 私の問いかけにスロウスは笑って頷いた。


「ジークフリートには婚約者がいたが、その婚約者は当時の王によって強引に奪われた。

 結局、婚姻前に別の女に寵愛を移した王によって、不義の冤罪を掛けられて処刑されたがな。

 ジークフリートは謀反を起こそうとも考えたが、魔道具作りの才だけでは勝ち目がない。

 そこで悪魔と契約を結び、せめて憎んだ相手の子孫が滅ぶさまを見届けたいと願った」

「……先ほどから気になっていたのだけど「見届けてほしい」ではなく「見届けたい」なのかい?」

「ああ。王家が滅ぶときに、もっとも血の濃い子孫にこれを渡すようにと言われている」


 スロウスが取り出したのは、空色の魔石があしらわれた美しいブローチだった。

 どことなく禍々しさを感じるのは、気のせいではないだろう。


「この魔石には、ジークフリートの魂が封じられている……と、本人は言っていた」

「そんなことができるのかい?」

「まさか。実際には、ジークフリートの思考と人格を出来る限り正確に複製しただけだ。

 人間が作った魔道具にしては高性能だな。

 だが、俺にとっては原理なんてどうでもいい。

 ジークフリートがこの魔石に王家が滅びる様を見せるよう望んだなら、それを叶えるだけだ」


 ほら、と差し出されたブローチを受け取ると、魔石がほのかに明滅した。

 この中に六代目当主の思考と人格が複製されているのかと思うと、少し複雑な気分だよ。

 これ、突然話し出したりしないよね? 発声器官はなさそうだから、大丈夫だと思うけれど……。


 ちなみに、屋敷をトラップだらけにしたのはエテールが戦場になった場合を考えてのことらしい。

 エテールは海に面した領地。他国からの侵略をもっとも受けやすい場所だ。

 戦争になれば間違いなく狙われるし、伯爵家の人間も危険に晒される可能性が高い。

 王家が滅びる前に伯爵家の血が途絶えることを恐れたのだろう。

 憎しみってすごいね。


「伝えたからな」

「分かっているよ。わざと君の契約を果たせないようにして、恨まれたくはないからね」

「物わかりがいいようで助かる。

 アルナルド・ディ・ヴェッキオの話によると、近いうちに処刑が行われるらしい。忘れるなよ」


 なるほど。それで手遅れにならないうちに私に会いに来たわけだね。

 だけど、それならわざわざ貴族らしい手順を踏む必要はなかったのではないかな。

 私は困るけれど、真夜中に部屋にこっそり忍び込めばそれで間に合ったはずだ。


「俺も普段は忙しいんだ。魔力を無駄に使いたくはない。

 それにどのみち、たまにはスロウスの養親や大叔父と会って縁を繋いでおく必要があった。

 定期的に手入れをしないと、いざ使いたい時に使えなくなるからな」


 「手入れ」という言い回しにトレーラントを思い出したのは、スロウスが彼の先輩だと知っていたためだろう。

 あまり似ていないと思っていたけれど、こうして観察してみると仕草や言い回しに似たものがある。

 傍にいるうちに自然と似たのか、あるいはトレーラントがわざと真似をしていたのかは分からないけれど、いずれにしても彼が懐かしくなってきたよ。

 スロウスとの対話が終わったら、また会えるだろうか……。


 そんなことを考えている時、ふと視線を感じた。

 それを辿ってすぐ、紫がかった濃い赤色の目と視線が合う。


「……何か、私についているかい」

「何も。ただ……珍しいと思っただけだ」

「ああ、紫の目はなかなかいないらしいね」


 紫と赤。その二つの色は、アストルムでも他の国でも滅多に見ない色だった。

 もっとも、黒い瞳ほど珍しいものではないけどね。

 私以外にも紫の目を持つ貴族は何人かいたはずだ。


 三十年も生きていない私が見た覚えがあるのだから、悪魔である彼は当然見慣れているだろう。

 今更、そこまで珍しがるものだろうか。

 内心首を傾げた時、スロウスが口を開いた。


「視界を共有する魔法はあまり使われない。

 まだ精霊が人間に直接魔法を教えていた時代に生み出された古い魔法だし、一方的に「見る」のではなく「共有する」からその間は自分の周囲に注意を向けにくくなる欠点があるからな。

 もちろん「見る」だけよりも細かなところにまで注意を払える利点はあるが。

 悪魔でも使う者が限られている魔法を人間が使うのは珍しい。誰と共有しているのか気になったんだ」


 葡萄酒で仄かに火照っていた身体が、一気に冷えた。

 トレーラントに掛けられた魔法は複雑だけど、痕跡はほとんど残らない。

 簡単に気がつかれる類のものではなかったはずだ。

 現に、ヴェンディミアの人間やハープギーリヒ侯爵は気がつかなかった。


「……よく、気がついたね」

「どんな魔法でも難なく習得する、優秀な悪魔がいてな。

 古い魔法についても知りたいと言ったから、教えるために習得したんだ。

 普通に魔法を覚えるよりも苦労したから、よく覚えてる。

 まあ、向こうは一度教えただけであっさり習得してたが」


 その懐かしむような口ぶりと「悪魔でも使う者がかぎられている」という先ほどの話からして、恐らく教わったのはトレーラントだろう。

 わざわざ特定されやすい魔法を使わなくともよかったのに、と少し恨みたくなってくる。

 もっとも、今はそんなことをしている場合ではないけれど。


 私が誰と視界を共有しているのか。

 その答えを探さないといけないのだからね。


 これまで、共犯者の存在をほのめかしたことはなかった。

 否定したこともないから「実は協力してくれた相手がいて……」と言い出すことは可能だ。

 だけど、前にハープギーリヒ侯爵と話した経験からして悪魔の情報収集能力は非常に高いらしい。

 彼がどこまで正確な情報を得ているのか分からない以上、それは止めた方がいいだろう。


 下手なことを言えば、トレーラントの存在が露見する。

 それによって私が困ることは実はそれほどない(トレーラントとの契約は彼に何があっても続くからね)のだけど、この悪魔には知られない方がいいような気がした。

 何だろうね。人間の勘だろうか。私は君と違って、さほど勘がいい方ではないのだけど。


 幸いなことに、トレーラントの魔力痕跡は昼に天使を召喚したおかげで完全に消えている。

 二度も天使の魔力で上書きされた魔力の持ち主を辿ることは、スロウスがいかに探知に優れていても不可能だろう。


 ……ごめんよ、エミール。

 少しだけ、私に協力してくれるかい。


「共有している相手は、エミールだよ。

 魔法で視界を共有すれば、蘇るのを待つ間も退屈を紛らわせられるのではないかと思ってね。

 この魔法なら、私が見た全てを彼と共有できるから」

「魂がなければ……いや、わかった」


 ハープギーリヒ侯爵とスロウスは仲がいいと聞いた。

 恐らく、私がエミールを蘇らせる事に執着していて少々頭のおかしな行動をしていることも聞いているだろう。

 死んだ人間と視界を共有するなど意味のないことをしても、見逃してもらえるのではないかな。


 その予想通り、スロウスはあっさりと納得してくれた。

 もっと問い詰められると思っていた分、拍子抜けしたほどだ。

 君を私の嘘にあまり巻き込まずに済んで安心したけどね。


「それで……用は終わりかい?」


 期待を込めて尋ねると、彼は「ああ」と小さく頷いた。


「どのみち、もう時間だ。

 ――分かっていると思うが、架空の悪魔を作り出すのはもうやめろ。

 悪魔は契約以外で他種族を傷つけないと決まっているが、例外はある」

「もちろんだよ。ハープギーリヒ侯爵にも怒られたからね。

 寛大な彼は私の罪を許してくれたけれど、二度目はないだろう。

 私もさすがに、ヴェンディミアの重鎮である彼を敵に回すつもりはないよ」

「教皇が奇跡を管理したがっていることを知ったうえで天使を呼び出しておいて、よく言う。

 あの男、お前に下手に手出しできなくなったせいで今頃は荒れてるぞ」

「それはよかった」


 天使を呼んだ目的の一つはそれだからね。安心したよ。

 私の言葉を聞いたスロウスは、呆れた様子で肩をすくめた。


 その時、タイミングを見計らったかのように扉が軽く叩かれた。

 どうやら、迎えが来たようだ。

 スロウスが立ち上がり、最初と同じく無邪気な笑みを浮かべて口を開く。


「貴重なお時間、ありがとうございました。ウィルフリート陛下。

 また機会があれば、お話しさせてくださいね」

「…………機会があればね」


 その返答に笑ったスロウスが部屋を出て行くのを見送って、ソファに凭れた。

 ハープギーリヒ侯爵を相手にした時のように常に緊張していたわけではなかったけれど、疲労はあの時とほとんど変わらない。

 よほど、私の目に掛けられた魔法を指摘されて焦ったのだろう。

 後でトレーラントに、もっと誰でも使えるような魔法に変えてもらえるか聞いてみようかな。


 なんだか、悪魔と一生分話した気分だよ……。

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伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

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マシュマロ
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