表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
4章 悪魔の道具は今日も真摯に呪いを解く
66/201

1話 本日はまだまだ終わらないようです

 戴冠式が無事に終わった後は、各国の王を交えての晩餐会となった。

 こういった場に出席したことはあるけれど、それは陛下の護衛兼他国への牽制役(アストルムにはこれだけの力を持った魔法使いがいるのだと見せつけることで、他国からの侵略を防ぐ目的があったらしい)としてだ。

 今回は自分が主役である分、気楽に並べられた料理を味わっている余裕はなさそうだった。


「まさか、天使フェネアン様が降臨されるとは」

「ウィルフリート殿は大層清らかな魂をお持ちなのですね」

「その上、ヴェンディミアの協力もある。

 悪魔に穢されたこの地も、きっとすぐに清められるでしょう」


 ギフティル国を初めとした、アストルムと友好的な国の王が口々にそう言った。

 目には偽りのない安堵と畏怖の色が宿っている。

 安堵はおそらく、悪魔と関わりがあったアストルムが天使によって清められたことに対するもの。

 畏怖は……私へのものかな。


 戴冠式の後に聞いた話によると、天使から寵愛を受けた者というのは歴史的にも少ないらしい。

 これまで寵愛を受けた者は全員聖人として認定されていることから、恐らく私もそのように認定されるだろうとのことだった。

 認定されるといっても、治癒魔法や浄化魔法が使えるようになるとか魔力が強化されるとか、そういったことはないそうだけどね。


 それを聞いて安心したよ。私は本当に寵愛を受けたわけではないからね。

 もし「天使に寵愛された者は全員、聖女様同様に浄化の魔法が使えるようになるのです」と言われたら、また対策を考えないといけないところだった。


 その代わり、天使から寵愛を受けた者はごく稀に「天使からの声」を聞く事があったらしい。

 これは使えそうだ。「天使からのお告げです」と言えば、根拠など説明しなくとも思い通りに人を動かせるわけだからね。

 使いすぎると効力を失いそうだから、使いどころは見極めないといけないけれど。


 何が言いたいかというと、天使もまた悪魔同様に強い力を持った種族だということだ。

 多くの人間は平均よりも優れた者を羨んだり讃えたりするけれど、そこから外れすぎると今度は恐れるようになるからね。

 私も、陛下に連れられて他国を訪れたときは大抵そんな視線を向けられたから、理解は出来る。


 あの時は私の人並み外れた魔力の為だったけれど、今度は私の後ろにいる(と、皆が思っている)天使を恐れているのだろう。

 聖書によると、天使は必ずしも人を救う生き物ではないからね。

 人には理解の出来ない、いわゆる「神のみぞ知る」理由で試練や罰を与えることも多々あるし、寵愛を与えている人間に害を為したからと罰した例もある。

 私の機嫌を損ねて自分や国に危害が及ぶかもしれないと考えれば、彼らの目に畏怖が浮かぶのも当然だった。


「時に、アストルムは現在大変混乱されているとか。

 何かお困り事があれば、長年友好を深めてきた我が国にご相談下さい」

「ありがとうございます」


 一人の王から告げられた申し出に、笑みを浮かべながら無難な言葉を返した。

 ありがたいけれど、今のところ相談することはないかな。ヴェンディミアがついているからね。

 不用意に他国に支援を申し込んではかえってまずい。


「しかし、魔法に長けた王が同じ時代に二人も誕生するとは」

「同盟を結べば、世界を手中に収めることも容易でしょうな。恐ろしいものだ」

「マクシミリアン殿は半年後にご成婚されるのでしょう。

 お生まれになるご子息もきっと強大な魔力を引き継がれるはず。二十年後が末恐ろしい」


 そう言ったのは、アストルムとはあまり仲のよくない国の王達だった。

 冗談交じりの言葉の中に僅かな棘が見え隠れしているのは、気のせいではないのだろうね。


「あいにく、どれほど優れた魔法使いでも寿命にも目の届く範囲にも限りはあるのです。

 私もウィルフリート殿も、自分の治められる範囲は熟知しております。

 それに、私の子が魔力を引き継ぐにせよ引き継がぬにせよ、決して他者を犠牲にする統治を行うことのないよう教えこむ予定ですのでご心配なく」


 私よりも、エアトベーレの魔法王が反応するほうが早かった。

 やんわりとした、けれど反論を許さない口調で侵略を疑った者達の言葉を退けている。

 私より十以上も若いのに、さすがだね。王になるものとして教育を受けてきただけのことはある。


「ですが、世界征服は抜きにしても今後はより仲を深めていきたいと思っています。

 王位を継いだ者同士、そして各国から並び称される魔法使い同士、いつかはゆっくりと話をしたいものですね。ウィルフリート殿」

「ええ……」


 魔法王はその異名の通り、魔法の扱いに長けた王だ。

 魔力の量も質も大体私と同じ――強いて言えば、質は私の方がよくて量は彼の方が豊富かな。大した差ではないけれど――で、探知や防衛系の魔法を得意とする私と違って攻撃系の魔法を得意としている。

 同じくらいの実力を持つ魔法使いとしてよく比較されるし、話したことも何回かあるから、この中では話しやすい相手だった。

 もっとも、それほど親しかったわけではないけどね。

 陛下との話が終わった後、向こうが話しかけてくれば答えるくらいだ。


 結局、各国の王の話に付き合うだけで精一杯で料理の味は全く分からなかった。

 お飾りの王でよかったよ。

 私に王としての権力があったら、今頃は身ぐるみ剥がされていただろうから。


「ウィルフリート陛下、お話がございます」


 晩餐会を終えた後、自室に戻ろうとした私を呼び止めたのはヴェッキオ枢機卿だった。

 ヴェンディミアでもっとも年長の枢機卿で、私が王になった後は補佐として助言してくれる予定だ。

 補佐は表向きで、実際は彼やその部下達が政治を取り仕切ることになるのだけど。


「お話?」

「以前差し上げた手紙の内容は覚えておりますか?」

「ええと……」


 私の記憶力が悪いことは既に知られている。もとより、期待はしていなかったのだろう。

 口ごもった私を責めることなく、ヴェッキオ枢機卿が言葉を続ける。


「私の又甥である、スロウス・フォン・アーチェディアです」

「……ああ」


 あの、悪魔の。

 そう言いかけて、慌てて飲み込んだ。


 スロウスがトレーラントの先輩であり、悪魔であることをヴェッキオ枢機卿に言うわけにはいかない。

 そんなことを言えば大騒ぎになるからね。そもそも、証拠がない。

 証拠などなくとも今の私なら信用してもらえそうだけど……悪魔の恨みを買うのはごめんだ。


 それと同時に、手紙の内容も思い出した。

 確か、スロウスが私に興味を抱いて話したがっているから、付き合って欲しいというものだったね。

 空いている時間があれば教えて欲しいと書かれていたけれど、私はすっり忘れていたからヴェッキオ枢機卿がしびれを切らしたのだろう。


「ちょうど今日、この場へ来ておりましてな。

 もしよろしければ、お時間を頂きたいのですが」


 問いかけの形を取ってはいたけれど、それはもはや断定だった。

 立場的には私の方が上だけど、名目上の王でしかない私には何の権力もない。

 今の教皇がまだ枢機卿だった頃に「最有力の教皇候補」として噂されていた彼の願いを断れば、間違いなく悪影響が出る。

 つい先ほど天使からの寵愛を受けた私を失脚させようとすることはないだろうけど、これから私がしようとしていることを考えれば関係は良好な方がいい。


「分かりました。アーチェディア殿はどちらに?」

「別室で待たせてあります。

 ヴェンディミアの葡萄酒とそれに合う軽食も用意してありますので、どうぞお楽しみ下さい。

 晩餐会では、食べた気にならなかったでしょう」

「それはありがたい」


 ちょうど、何か軽い食事でも部屋に運ばせようかと思っていたんだ。

 間違いなく食事を摂ったはずなのに、身体は空腹を訴えていたからね。

 そう言うと、ヴェッキオ枢機卿は皺だらけの顔に更に深い皺を刻んで微笑んだ。


「そうでしょうな。

 天使フェネアン様に寵愛されるほど無垢な魂を持つウィルフリート陛下にとって、俗に塗れたあの場はさぞお疲れになったはず。どうか、食事をお楽しみ下さい。

 スロウスは各国を巡るのが趣味でして、なかなか面白い話をもっているのです。

 きっと、ウィルフリート陛下にもお楽しみ頂けるでしょう」


 どうやら、これはヴェッキオ枢機卿なりの気遣いだったらしい。

 それはありがたいのだけど、一人にしてくれた方がきっと私は休めると思うんだよね……。


「スロウスはずっと、ウィルフリート陛下にお会いするのを楽しみにしておりましてな。

 陛下はお忙しいのだからと言って聞かせていたのですが、三日ほど前にせっつかれてしまいまして。

 あの子は自分と境遇の似ておられる陛下を尊敬していたので、待ちきれなかったのでしょう

 普段は滅多にわがままを言わない子なので、どうしても叶えてやりたかったのです」

「似ている、というと……」

「あの子も陛下同様に、母親を早くに亡くしまして。後妻にも疎まれて育ったのです。

 父である甥は、自分は仕事だからと家庭も顧みず……。 

 見かねて妹が引き取ったのですが、初めのうちは遠慮がちでものも言わなかったのです。

 今となっては打ち解けましたがそれでもなかなか我儘を言いませんで、心配していたのですよ。

 ですから今回の件はうれしくて、年甲斐もなくつい張り切ってしまいました」

「そうだったのですね」


 なるほど。確かにそれは、私と似た境遇だ。共感はしないけどね。

 相槌を打つと、ヴェッキオ枢機卿は相好を崩してスロウスの人となりや行動について話をつづけた。

 ヴェッキオ枢機卿にとって、彼は相当かわいい又甥らしい。


「スロウスは賢い子なので、ハープギーリヒ侯爵にも気に入られていましてね。

 よくお茶や観劇に誘われているのですが、あの子はすぐにお断りしようとしてしまうのです。

 私や妹が強く勧めてようやく頷くのですよ。きっと、疎まれていた時のことが残っているのでしょう。

 本当に、不憫な子です……」


 それ、本当にハープギーリヒ侯爵と一緒に出掛けたくないのではないかな……。

 侯爵の方は危険を冒してスロウスを庇いに来たのだから、きっと気に入っているのだろうけどね。

 そう考えると、ハープギーリヒ侯爵が不憫に思えてくるよ。悪魔も大変なんだね。


 終わりの見えない話に少しうんざりしてきた頃、一つの部屋の前でヴェッキオ枢機卿が足を止めた。

 恐らく、この先にスロウスがいるのだろう。

 招かれるがまま、部屋に足を踏み入れる。


「陛下、これが又甥のスロウスです」

「スロウス・フォン・アーチェディアと申します。

 このたびはお時間を作って頂いたこと、感謝致します」


 そう言って微笑んだ青年を見たとき、私は何も言えなかった。

 私と同じ黒い髪。同じくらいの背丈。そして、何より。


 ――何より、彼は私によく似ていた。


 もちろん、細部は違う。

 こちらを見つめる瞳は紫がかった濃い赤色で、右目の下に黒子がある。目つきも優しげな印象だ。

 あと、身体も彼の方がしっかりとしている。決して筋骨隆々ではないけれど、私のようにひょろひょろと頼りなくはない。


 だけど、大まかなところはよく似ている。

 兄弟、あるいは親戚と言っても通るだろう。家名も同じだしね。

 もしかすると、私と弟よりも似ているかもしれない。


 なるほど、トレーラントが私を選ぶわけだ。

 代わりにはならなくとも、面影は忍べる。


「それでは、私はこれでお暇させて頂くとしましょう。

 スロウス。くれぐれも、陛下に失礼のないようにしなさい」

「はい、大叔父様。

 本日は陛下と話す機会を作って頂いて、ありがとうございます」

「また何かあったら、いつでも遠慮せずに言いなさい」


 喜びを隠すことのない無邪気な笑みに、ヴェッキオ枢機卿の目尻が下がった。

 さきほど語っていたとおり、よほど彼を可愛がっているのだろう。

 スロウスは私と違って、人間関係を作るのが上手いようだ。


「一時間後に、迎えの者を寄越します。それまでどうか、ご歓談下さい」


 さすがにいつまでもご自由にというわけではないようで、ひとまず胸をなで下ろした。

 立ち去った枢機卿を見送って、ソファに腰を下ろす。


 先ほどヴェッキオ枢機卿が言っていた通り、テーブルには気軽につまめるような軽食が幾皿かとヴェンディミア産の葡萄酒が用意されていた。

 葡萄酒の色はスロウスの目の色と同じ、紫がかった濃い赤色だ。

 トレーラントが好きそうな色だね。


「勝手に用意させて頂きましたが、赤葡萄酒はお好きですか?

 もし白やロゼがよければ、用意させますが」

「いや、この色で構わないよ」

「そうですか、では」


 葡萄酒の栓が抜かれ、よく磨かれたグラスに注がれた。

 芳醇な葡萄の香りが辺りに立ちこめる。


「ウィルフリート陛下の即位を祝って」


 弾んだ言葉にグラスを軽く持ち上げて、それから口を付けた。

 うん、よく熟成されたいい葡萄酒だ。君は、もう少し軽めの方が好きかもしれないけどね。

 こちらを伺うように見つめているスロウスの方を向いて気に入ったことを告げると、彼は「安心しました」と嬉しげに笑った。


「本日はご足労頂いて、申し訳ありません」

「構わないよ。どのみち、自室に戻ったところで食事を摂っただろうから」


 そう言って、用意された皿から塩漬け肉とチーズが乗った薄いパンを手に取る。

 パンには蜂蜜が塗ってあったようで、口に運ぶと仄かな甘みと塩気が広がった。

 トレーラントがよく作る料理と似た系統の味だね。最近は食べていないから、懐かしいよ。


「陛下。ぜひ伺いたいことがあるのですがよろしいですか」

「ああ」


 きらきらとした――何も知らなければ悪魔とは思えないほど純粋な瞳に気圧されて、思わず頷く。

 いや、レーベンから彼の正体は既に教わっているし、念入りに探れば微かに悪魔の魔力らしきものを感じるから、彼は間違いなく悪魔なのだけど。


 しばらくの間、スロウスの質問に私が答えるといった形で話が進んだ。

 私の言葉に目を輝かせたり感心した声を上げたりといった仕草に、ヴェッキオ枢機卿が彼を可愛がるわけだと思わず納得する。


 自分の話にこれだけよい反応をしてくれる相手は、なかなかいないからね。

 私がこれをそっくり真似するわけには行かない(彼が何歳の設定なのかは知らないけれど私はもう三十近いし、なにより性格に合わないからね)けれど、参考にはなりそうだ。

 先ほどから私の目を見つめて楽しそうに微笑んでいるスロウスに感心しながら、グラスを手に取る。


 ……さて。


「それで、スロウス殿。

 悪魔である君が、私に何の用かな」


 ハープギーリヒ侯爵の時とは逆に、今度はこちらから先手を取ってみるとしよう。

 一方的に手玉に取られてばかりは、悔しいからね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

匿名で感想を投げたい場合はどうぞ
マシュマロ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ