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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
3章 悪魔の道具は今日も真摯に取引する
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17話 国王は天使に寵愛されているようです

 レーベンを見送ったあと、急に疲れが襲ってきた。

 昨夜はろくな休み方をしていないから、きっとそのせいだ。

 なんだか、無性に甘い物が食べたくて仕方がないよ。


 屋敷に用意してあったスミレの砂糖漬けとお茶を用意して、自室のソファに腰掛ける。

 どちらも保存の魔法を掛けて保管してあったから、質は悪くなっていないはずだ。

 お茶を飲み終えたら少し眠って、それから先のことを考えるとしよう。

 なにせ、君の身体を作る為のパーツをまた一から集め直さないといけないからね。


 君の身体を作るためのパーツは、侵入者達を捕らえるときに使用していたゴーレムや黒魔術の本などと一緒に既に押収されていた。

 私にとっては大切なパーツだけど、知らない人間から見れば人間の身体の一部だ。

 返してほしいと言っても、返してもらえないだろうね。


 ちなみに、死体でゴーレムを作ったのもパーツを集めていたのも、今は亡き黒髪の悪魔もといディートフリートのせいになっている。

 死後に名前を借りた挙げ句、その名を汚してしまったことを当の本人である弟や、弟を溺愛していた母が知ったら怒るだろうか。

 まあ、君のように生前に名を汚されるよりはいいと思うけれど。


「前よりも君に合うパーツを探すからね。

 待っていておくれ、エミール」


 今後は屋敷にトラップを仕掛けて、侵入者を待ち受けるという手段はとれなくなる。

 ヴェンディミアにとって、私は悪魔に何度も狙われた人間だ。

 理由は変われど、当然監視は続いているだろう。


 だけど、トレーラントとの契約を継続させる以上は人間を悪魔との契約に導く必要がある。

 こちらの事情が変わったからといって慈悲を掛けてくれるほど、トレーラントは甘くないからね。

 だから、ヴェンディミアで時間をもてあますようになってから今までずっと考えていたんだ。

 どうすれば、人々を絶望させられるのか。


 ハープギーリヒ侯爵に言った通り、罪人や暗殺者に契約を持ち掛ける方法も確かに使える。

 でも、それだけに頼るのはだめだ。彼らを閉じ込める牢は国が管理するから、あまり頻繁に契約に誘っていては私のしていることがばれてしまうかもしれない。

 屋敷にいたころのように、契約に乗らなかったら殺して解決、も出来ないからね。

 王になるというのはなかなか不便だ。


 その代わり、王になれば権力は得られる。

 お飾りの王だから思い通りには振る舞えないだろうけど、エテール領主以上の力は手に入るはずだ。

 それを利用して、国を豊かにするための提案を一つする予定だよ。

 もちろん、最大の目的は契約の仲介と君の身体を手に入れることだけど。


 問題は、ヴェンディミアの人々がどれだけ私の案を受けいれてくれるかだね。

 君を早く蘇らせるにも、提案から実行までの時間は出来るだけ短縮したい。

 私の考えをすんなりと通せるくらいの信頼、あるいは発言力は手に入れたいな。


 一応、方法は考えてある。

 上手く行くかは分からないけれど、ヴェンディミアを相手にするならきっと問題はないはずだ。

 教皇の反応が心配だけど、そこはどうにかするよ。


 だから、安心して待っていておくれ。

 きっと、もうすぐ会えるから。






 屋敷に戻ってから半年後。以前カンネリーノに言われた通り、戴冠式の日が訪れた。

 何かと忘れっぽい私だけど、さすがにこれは忘れなかったよ。

 いや、忘れられなかったの方が正しいかな。


 一月前に城へ連れて行かれてからというもの、毎日のように当日の流れの確認やその日に着る服や靴の採寸をされたからね。

 何通りもデザイン図を見せられて好みを問われた時はどうしようかと思った。

 君が選んでくれそうなものを選んだら褒められたから、やはり君のセンスはいいんだね。


 ちなみに、王になるにあたっての教育は特に何も施されなかった。やはり、私は飾りなのだろうね。

 あるいは、王としての適性は皆無だと思われているのかもしれない。

 私自身、その通りだと思う。


 エテール領主としての評判は、私の魔法の才と父の代から仕えていた優秀な執事が作ったものだ。

 もし私に魔法の才がなければ、あるいは執事がいなければ、評判は地に落ちていただろう。

 昔も今も、私は君以外の人間について覚える気がほとんどなかったし、君と過ごす以外の予定など頭の片隅にもなかったからね。

 そんな私を政治に関わらせようとしない辺り、ヴェンディミアの人間はやはり優秀だ。


「それにしても、落ち着かないね」


 思わず零した言葉を受け止めてくれる姿を探して視線を彷徨わせた後、君がいないことを思いだした。

 いないといっても、君が消えたわけではない。ただ、城内に用意された私の部屋に置いてきただけだ。

 さすがに、君が入った一抱えもある箱をここに持ち込むことは出来なかったよ。

 君に関することならどんなに些細なことでも忘れないと自負している私が、一時的にとはいえ君の居場所を忘れてしまうほどには緊張しているのかもしれない。


 威厳を感じさせる黒い服と、私の何歩も後ろに裾を引きずるような長いマント。

 なによりも、髪を後ろに撫でつけるこの髪型のせいで、式の開始を待つこの瞬間も妙に落ち着かない気持ちが渦巻いていた。

 普段は前髪で極力顔を隠しているから、人前に顔を晒すことにあまり慣れていないんだ。


 本当は戴冠式も出たくないのだけど、当事者である私が欠席するわけにはいかないからね。

 君を蘇らせる為には必要なことだと考えて、耐えることにするよ。

 どんなに気の進まないことであっても、いずれは終わりが訪れるからね。


 それに、戴冠式で皆が注目するのはウィルフリートではなくて「新たなアストルム国王」だ。

 私は新しい王にふさわしい振る舞いをして、計画を達成させればいい。

 そう考えると、不安でどうしようもなかった気持ちもだいぶ落ち着きを取りもどしてきた。


 高鳴っていた心臓がようやく普段通りの鼓動を刻むようになった頃、部屋の扉が静かに叩かれた。

 どうやら、戴冠式の時間が来たらしい。


 この日のために用意しておいた指輪を箱から取り出し、右手の薬指に嵌める。

 私の目と同じ紫がかった青い石が印象的なそれは、今は亡き弟からの唯一の贈り物だ。


 普段は結婚指輪以外の指輪を身につけることはないから仕舞い込んでいたけれど、なかなか綺麗だね。

 これまで十三人もの持ち主を次々に怪死させていった逸話があるとは信じられない程だ。


 私が今も生きているところを見る限り、その話は作り話だったのかな。

 事実だったとしても、多分に脚色されているに違いない。

 あるいは、今も私を殺す機会をうかがっているとか。


 ……さすがにないとは思うけれど、念のために用心はしておくとしよう。

 その心配も、あと数時間後にはなくなっているだろうけどね。


 実際、私の予想は当たった。

 戴冠式の会場であるアストルム正教会へ向かうまでの道のりは順調だったし、戴冠式が始まってからも特に進行の妨げになることは起こらなかったから。


 人々の言葉に耳を傾け、微笑み、最後は聖女から祝福と共に王冠を頂いて王としての宣言をする。

 これがアストルムの戴冠式だ。

 王としての宣言はアストルム語でいいし、ほんの一言「神に選ばれし者として、全ての貴族と民に恵みを与えんことを」といえばそれで終わる。

 アストルムやヴェンディミアで爵位を授与された時に比べると、なんて楽なんだろう。


 つまり、私の出番は最後にあるだけであとはただひたすらに流されていればいいだけだった。

 もちろん、祝いの言葉を述べた相手に対して微笑む時間やタイミングも細かく決められているから、ぼんやりと考え事をしているわけにはいかないのだけど。

 ……だけど思うに、王が自分に何秒微笑みかけたのかなんて一々数えている人間はいるのかな。


「最後に、私からアストルム国王ウィルフリート・フォン・アーチェディアに祝福を贈りましょう」


 一体何時間続いたのだろう。

 私にとっては永遠とも言えるほど長い時間が過ぎた後、ようやく聖女が私の前に進み出た。


 彼女の背後に続く修道女たちの手には、アストルム王家に代々伝わる王冠と王笏が捧げ持たれている。

 王冠には、夜明け空を思わせるような濃い青の魔石。

 王笏には、夜が訪れる直前の空のような紫の中に一筋の金色が入った魔石が取り付けられていた。

 どちらも美しいけれど、私としては王冠の魔石の方が好みかな。君の目の色によく似ている。


「ウィルフリート・フォン・アーチェディア。

 神によって選ばれたあなたに、今一度祝福を」


 その言葉と共に、聖女が私の頭にそっと王冠を乗せた。

 聖女と私の周囲に光の粒子が舞い、聖女らしい清廉な魔力が正教会内を満たす。

 以前エアトベーレの戴冠式で見た時よりも粒子の量やきらめきが多く感じられるのは、アストルムがヴェンディミアの庇護下にあることを周辺国に知らしめるためだろうか。


 次に差し出された王笏を受け取ると、粒子の色が金から銀へと変化した。

 ステンドグラスから差し込む陽の光に照らされたそれはきっと、とても幻想的なはずだ。

 第三者として見られなかったのが残念だよ。


 役割を終えた聖女が一歩下がったことを確認して、ゆっくりと立ち上がった。

 これから私は、アストルムの国王として全ての貴族(は、いないけれど)と民に恵みを与えることを宣言しなければならない。

 それで、戴冠式は終了だ。


 でもその前に、私の立場を盤石にするためにやらないといけないことがある。


「神に選ばれし者として、全ての貴族と民に恵みを与えんことを」


 聖女の祝福が舞い、ステンドグラス越しの陽が差し込む教会内。

 これほど神秘的な場面は、なかなかないはずだ。

 奇跡が起きるにはふさわしい。


「そして、私の宝と引き替えにこの地に天使フェネアン様の祝福があらんことを」


 以前、私と取引した天使は言った。

 私が購入した錘の代価が用意出来たとき、その名前を呼べば私の元を訪れると。

 天使が要求したのは、弟からの唯一の贈り物である「持ち主を怪死させる宝石」だ。

 既に、準備は出来ている。


 私の言葉が終わった瞬間、辺りを強い光が満たした。

 同時に、あの時感じたものと同じ強大な魔力が教会内に満ちていく。


 やがて、天使が姿を現した。

 四つの顔に車輪型の身体。身体を覆う六枚の翼から覗く無数の瞳。

 何も知らなければ悲鳴を上げてしまいそうな独特の姿は、間違いなくあの天使だ。


「わたくしは第七天使フェネアン。

 どうやら、代価は用意出来たようですね」

「ええ。お渡しいたします」


 天使の言葉に頷いて、右手の薬指に嵌めた指輪を抜き取った。

 それまで身につけていたものを渡すなんて、無礼だと怒られるかもしれない。

 今回天使を呼び出すにあたってそこが唯一の懸念点だったのだけど、天使はその辺りをあまり気にしない質のようだった。

 「確かに、確認いたしました」と特に問題無く受け取ってもらえたことに、ひとまず胸をなで下ろす。


「この魔力は……本当に、第七天使フェネアン様なのですか……」


 その時、今まで黙っていた聖女が不意に言葉を漏らした。

 天使の魔力は、悪魔であるトレーラントの魔力痕跡を完全にかき消してしまうほどに強い。

 当然、ここにいる人々もその魔力の持ち主が人ならざるものであることは理解しているだろう。

 この場に招待されているのは聖職者以外では王族ばかり。全員、魔力は持っているはずだからね。


 そして、天使の魔力は聖堂内や聖女から感じる魔力に非常に近い。

 この場にいる人間の中で天使と会ったことのある者はほとんどいないはずだけど、フェネアンが天使であることを疑うものはいないだろう。

 それが例え、どんなに異形の姿だったとしても。


 そもそも、天使は高位であればあるほど異形の姿になるものなのだそうだ。

 これは天使について調べているときに知ったのだけどね。

 フェネアンという名も、聖書にあったよ。神の乗り物として知られる天使らしい。


 ……言っては悪いけれど、生物を乗り物にしたがるなんて神も変わった趣味をしているよね。

 乗り心地が悪いと思うのだけど。


「神から賜った名は一つのみ。

 わたくしは、この名がとても気に入っているのです」

「失礼いたしました。どうか、お赦しを」

「いえ、そのような要求はしていないのですが……」


 天使の言葉に聖女とその後ろに控えていた修道女がすぐさま跪き、床に額をすりつけた。

 ただ、これはフェネアンの思うところではなかったのかどこか困惑した声を漏らしている。

 あまり崇められたい性格ではないのかな。少し親近感が湧いてくるよ。

 いや、湧かれたところで困るだろうけど。


「今回は何か、希望はありますか?」

「いいえ。今はこれで十分です」

「そうですか。では、またの機会に。

 ――あなたはなかなか、おもしろいことをされますね。興味深いものです。

 あの子へのよい土産話が出来ました」


 言葉が終わると共に、天使の姿がかき消えた。

 ただ、これが夢や幻でなかった証拠にその魔力はまだ残っている。


「……アストルム国王ウィルフリート・フォン・アーチェディア様」


 聖女の声にそちらを振り返れば、彼女はゆっくりと私の元に歩み寄り、そして跪いた。

 神に選ばれた聖女は、教皇に次ぐ権威を持つとされる。

 その聖女が跪くことは、人間相手では教皇か勇者、あるいは奇跡を起こしたと教会から認められた聖人以外にはあり得ない。


「貴方は、天使フェネアン様に寵愛を受けておられるのですね」

「私はただ、祈っただけです。

 大きな混乱のあったこの地へ、フェネアン様の祝福があるようにと」


 返した言葉に嘘はなかった。だって、本当にただ祈っただけだからね。

 天使は私の願いを叶えるとは言わなかったし、私もその為に取引をするとは言わなかった。

 だから本当に、ただ口に出しただけだ。「天使フェネアン様の祝福がありますように」と。


 けれど、彼らの目には天使が私の言葉に応えて姿を現したようにみえただろう。

 神を崇め、その使いたる天使を讃えるヴェンディミアにとって、私の存在は決して無視できないものになったはずだ。

 奇跡が起きたことはこの場にいた全ての王族と聖女が証明してくれる。疑うことはできないからね。


 これで、君を蘇らせる為の案が通せるようになった……と、思う。

 ついでに言えば、今後は滅多なことが起きない限り()使()()()()がある私が悪魔と繋がっていると疑われたり、()()が下されるようなことはないだろう。


 今の私に天罰が下されたなら、周囲はきっとこう思う。

 一度は天使から祝福を受けた国王は、天罰を下されるほど人の道から外れたことをしたのだろうか。

 教会はなぜそのことに気が付かなかったのか。

 私に祝福を授けた聖女は、そして聖女を任命した教皇は、本当に神に愛された存在なのか……。


 民にそのように疑われれば、私の名誉はもちろん教会の名誉も失墜する。

 さすがに、教皇も自分の名誉と権力の源を貶める真似はしないはずだ。たぶんね。


 下準備は出来た。

 あとは君を蘇らせる為に奔走するだけだ。


 まあ、それが一番大変なのだけど……。

これにて3章は完結です。次話はまとめと小話になります。

もしよろしければ、感想を頂けると嬉しいです。

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伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
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