16話 本日のメインは死神のグリル(時価)です
「……痛い」
目を覚ました途端、言葉を失うほどの痛みが身体を襲った。発生源は主に右手と全身の関節だ。
痛いときには悲鳴を上げるものだと思っていたけれど、声が出ないほどの痛みも存在するんだね。
妙なことに感心しながら、痛む身体をどうにか起こす。
死神の上なんて不安定な場所で眠ったせいか、身体はすっかり強張っていた。
でも、左手は動く。
そのことに安堵しながらレーベンの手に握られた錘と針に手を伸ばした。
「……私は、間違っていたのか」
錘と針に触れる寸前、眠っているとばかり思っていたレーベンがぽつりと呟いた。
どうやら、起きていたらしい。
「アストルムの法に基づいて言うのなら、君のした事は間違っているよ。
ただ、その気持ちが間違っているとは思わない。
私が君の立場だったから、きっと君と同じ行動を取っただろうから」
うん、だって私は君を蘇らせる為に妻と使用人達を悪魔に捧げたからね。
君を蘇らせる為に、他者のものを奪う。
レーベンが私にしたことと何も変わらない。
違うのは、私は成功してレーベンは失敗した。それだけだ。
彼に蘇らせたい相手がいるのと同じように、私にも蘇らせたい相手がいる。
陛下と話をして眠った後に考えたのだけど、やはり君が処刑されたのは私のせいだ。
レーベンは以前、全ての生き物は産まれた時から死期が定められていると言っていた。
その言葉に従うなら私がいなくとも君はあの年で死んでいたはずだけど、もっと平穏な死に方をした可能性は大いにある。
トレーラントは「どのような状況であれ、死を笑顔で迎えられる人間は多くない」と言ってくれた。
けれど、私を庇ったことが原因で君が処刑されたのは事実だ。それは本当に申し訳ないと思う。
そのうえで、私は私がそう望むから君を蘇らせるよ。
もともと、君の蘇生は私の自己満足だ。死んでしまった君の意思を知るすべはないから。
そのあと、必要なら私は君の前から消える。もし君が望んでくれるなら、今度こそ君を守る。
だから、目的を果たすためには錘を奪われるわけにはいかないんだ。
もしヴェンディミアで世話をした礼としてレーベンが別のものを望んだのなら、私はそれを叶えた。
高価な薬草とか、魔術書とか、ないとは思うけど私の助力とかね。
でも、これだけは駄目だ。
もし糸を分けて君に使う分が足りなくなったら困るし、これが再度手に入るものか分からない。
レーベンも、私が譲らないだろうと分かっているから奪おうとしたのだろう。
今回の件で彼を咎めたり、糾弾したりするつもりはなかった。もとより、その方法もないからね。
死神の彼に人間の裁きを受けさせることは出来ないし、仮に出来たとしてもその為には私が天使から錘と針を貰い受けたことも明らかにしなければならない。
そうすれば自然とその効力も知られることになる。私にとって、不都合が多すぎる。
かといって、私が個人的に彼を裁くことは力の関係上、不可能だった。
彼を殺そうとすればさすがに抵抗されるだろうし、協力者が減るだけで私の利益は無い。
相手が貴族だったら社会的に殺すことも出来るのだけど、私は彼以外に死神を知らないし、死神社会がどうなっているかも分からないからね。
それに、レーベンは私に薬を盛ったり身体の自由を物理的に奪ったり、エミールを人質に取ったりはしなかった。
もしレーベンが眠っている(正確には、振りだったのだけど)私の手足を縛ったり切り落としたりしていれば、逃亡はもっと容易だったはずだ。
更にいってしまえば、エミールの首と魂を返すように要求したときに「錘と針と引き替えだ」と言われれば、私はそれに従わざるを得なかっただろう。
でも、彼はそれをしなかった。
推測だけど、その理由はきっと逃亡を躊躇う素振りを見せたものと同じなのだろう。
第一、彼が本気ならあの程度の氷の拘束なんてどうにでも出来ただろうしね。
私には彼を憎んだり、報復したりしようという気持ちは持てなかった。
「だから、君の謝罪は必要ない。
私は非力な人間だ。エミールを蘇らせるには時間が掛かるし、もしかしたら成功しないかもしれない。
その時にはこれまで通り、君に助けてもらうこともあるだろうからね。
ただ、私が君に抱く感情が変わるだけだ」
「そうだろうな」
私の言葉に、レーベンは諦めたように呟いた。
彼の瞳に衝撃や嘆きの色は見えない。少なくとも、私には。
もともと、トレーラントを通して知り合った仲だ。
お互いの利益のために協力し合っていただけで、私に特別な感情は抱いていなかったのだろう。
少し、残念ではあるけどね。
彼には人を絶望させることで契約に導きやすくなると教えて貰ったし、彼は今の私が隠し事をしないで済む数少ない相談相手だったから。
「……信用はされないだろうが、もう同じようなことはしない」
「そうしてくれると、ありがたいよ。
それにしても、死神は非力というのは本当だったんだね。
さすがに、凡人以下の運動神経しかない私の護身術に掛かるのはどうかと思ったけれど……」
あの時は我ながら驚いたよ。君に言われて念のために教わった護身術が、まさか役に立つなんて。
当時練習相手になってくれた君には「ものすごく腕の立たない子供相手ならなんとか……」と言われたほどの腕前だったというのに。
私の言葉に、レーベンは苦々しい顔で口を開いた。
「前にも言っただろう。私は、魂と大鎌よりも重いものは持ったことがないんだ……」
「前々から聞こうと思っていたけれど、それってどのくらいの重さなんだい?」
「どちらも羽根のように軽い」
「なるほど、力が弱くなるわけだ」
唇を笑みの形にして笑い声を上げると、鋭い氷によって床に縫い止められた右手がじくじくと痛んだ。
血はすっかり固まりかけていたのだけど、今の身動きによって傷が開いたのか再び血があふれ出す。
……忘れていたけど、これどうやって抜こう……。
少し動かしただけで、飛び上がるほど痛いのだけど。このままにしておいては駄目かな?
「駄目に決まっているだろう」
「そうだよね」
レーベンに言われたのとそろそろ本格的にこの体勢が辛くなってきたこともあって、結局魔術で氷を溶かすことにした。
そう。炎の魔術だ。あれなら痛くないし、むしろ傷が癒えるからね。
「ちょっと待て。伯爵はよくとも、私は――」
「ほかのやり方だと、私が痛いもの」
レーベンの抗議を無視して魔術を発動させると、金色の粒子をちらつかせながら炎が上がった。
綺麗だね。それに、心地いい。傷もどんどん癒えている。
ところで、死神の肉って焼くと甘い香りがするんだね。知らなかったよ。
「酷い目にあった……」
結局、氷が溶けるまでレーベンは声一つ上げなかった。
死神は痛みを感じないのか、それとも彼が特別我慢強いのか、どちらなのだろう。
私だったらきっと、泣いていたはずだ。
「まあいい。今回の件は私が原因だ。文句は言わない」
「さっきのは文句ではないのかい?」
「あれは抗議だ」
「私には、どちらも同じに聞こえるけれど……」
「文句には理由がないが、抗議には正当な理由がある」
言いながらレーベンが立ち上がり、いつの間にか出現していた大鎌を手に持った。
特にこちらを攻撃してくる様子はないから、死神の身支度なのだろう。
「私はもう行く。そろそろ仕事の時間だ。
……都合がいいと思われるかもしれないが、もし蘇生に成功したら教えてくれ。参考にする」
「わかったよ」
そう言うと、レーベンは微かに微笑んだ。
大鎌の柄で床を叩いたとたん、その姿が煙のように消える。
彼に蘇生の方法を教えられる日が、一日でも早く訪れるといいのだけど。




