12話 爵位とおまけを貰いました
「我、ウィルフリート・フォン・アーチェディアは、神に選ばれし教皇ヨハネス・グレゴリウス・ペテロ・キアレットおよび神の声を聞き伝える聖女ベルティーア・レーア・ルビーノに忠実に仕え、神の国たるヴェンディミアを守る事を宣誓する。
我は、罪深き人々に神の慈悲を与え、広め、救済することを宣誓する。
我は、神に従い正しき道を進むことを宣誓する。
神の使いたる天使よ。どうか我の元に舞い降り、我を守り給え」
……何とか、言い切った。
エミール、褒めてくれるかい。
この私が、外国の言語を特に苦手とする私が、古代ヴェンディミア語なんて神官と学者しか使わない言語でこれだけ長い文章を言えたんだよ。
正直、すごく嬉しい。多分、ヴェンディミアに来てから一番……は、さすがに言い過ぎだけどこの一ヶ月のうちで一番嬉しい。
翻訳魔法を使えば練習する必要はないのだけど、式典の時は魔法を通さずに話せた方がいいからね。
口の動きと発音が異なるから、正式な場ではあまり好まれないんだ。
もっとも、魔力消費が大きいあの魔法を長時間発動できる者は相当限られてくるのだけど。
心の中で歓喜する私とは裏腹に、周囲は静かなものだった。
それはそうだろうね。ここは私の部屋で、今は夜明け時なのだから。
普段は私の側についていてくれるレーベンやカンネリーノも、今は自室で眠っている最中だろう。
私も、正直眠りたいよ。
朝の診察までのほんの一時だけでも仮眠を取ろうかとベッドに近づいたとき、ノックの音が響いた。
返事をする間もなく扉が開かれる。私の返事は最初から聞く予定はなかったようだ。
部屋に足を踏み入れようとしたカンネリーノがこちらに気づき「伯爵?」とひどく驚いた声を上げた。
「おはようございます。カンネリーノ枢機卿」
「おはようございます。起こしてしまったでしょうか」
「いえ……少し、眠れなくて」
ヴェンディミアの貴族なら誰もが口にする宣誓の言葉が覚えられなくて徹夜をしていた……とは言えなくて、つい誤魔化してしまった。
私にも、人としての矜持はあるんだよ。だいぶ低いけどね。
……それに、ほら。仮にも国の統治者である教皇と聖女の名前が最後まで覚えられなかったなんて知られたら、怒られそうだし……。
「緊張されることはありません。
アーチェディア伯爵はただ、いつも通りに振る舞えばよいのです。
神は全てを見ておられます。伯爵の清らかな心もご存じのはずですから」
もしその通りだとしたら、私はとっくに天罰を与えられていてもおかしくないと思うのだけどね。
一瞬過ぎった考えはとても言えることではないから、今はひとまず頷いておくことにした。
ところで、カンネリーノは何をしに来たのだろう。
「普段より少々早いですが着替えの準備に参りました。失礼します」
それから、今日のために仕立てられたという礼服に着替えさせられた。
ヴェンディミアの爵位授与式では服の色まで事細かに決められているようで、用意されていた服は君が好きな白だったよ。
普段黒しか着ないから、新鮮だね。似合うかい。
「よくお似合いです」
返事をしてくれたのは君ではなく、カンネリーノだった。
まあ、当然なのだけどね。君の首も魂も今はレーベンが持ち歩いているから私の手元にはないし、あったとしても君は話せないから。
でも、もう少しで君と話が出来るよ。きっとね。
その後、軽く食事を摂ってレーベンの診察を受けた(事前にこんな服を着込まれていたら診察がしにくくて仕方がないと、カンネリーノが叱られていた)あと、仮眠を取る間もなく式の時間になった。
カンネリーノは式の準備があるからと先に部屋を出ていたので、彼の部下だという神官達に授与式が行なわれる大聖堂へ導かれる。
式典に利用される場所だけあって、そこは厳かな場所だった。
天井一面に張り巡らされたステンドグラスから差し込む陽の光が石造りの床に複雑な模様の影を落としており、室内には見るからに立派な彫刻がいくつも飾られている。
質実剛健をよしとするアストルムの王城とは、また違った美しさのある場所だね。
妻がここに来たら、さぞ喜ぶだろう。
大聖堂の奥にはすでに人が待っていた。
卵形の冠を被って金色の法衣を纏った男性と、白い修道服を着た金色の髪の少女だ。
男性のすぐ傍にはカンネリーノがいたから、恐らくあの二人が教皇と聖女だろう。
手前には六人の枢機卿が並び、周囲にも多くの神官や修道女。貴族らしき男女が居並んでいる。
ヴェンディミアは小国と聞いていたのだけど、思っていたよりだいぶ人が多いね。
他国に派遣されている高位神官達が呼び戻されたのかな。
そして、彼らの視線は全て私に注がれていた。
注目されることは慣れているものの得意ではない私の心臓が激しく鳴り響く。
大丈夫。彼らが見ているのは私ではなく、アストルム貴族のアーチェディア伯爵だ。緊張することはない。
そう言い聞かせて足を一歩踏み出した途端、彼らの視線が一斉に私を追った。
思わず立ち止まりたくなるのを堪えて、どうにか足を進める。
十年前、アストルムの王城で一度体験したことだからね。大丈夫、今回も何とかなるよ。
実際、何とかなった。
別に途中で転ぶこともなかったし、周囲に並んだ人々が何か言ってくることもなかったし、ゴーレムが襲ってくることもなかったからね。
式の最中とは聞いたけど、一体いつ襲うつもりなのだろう。
疑問に思ったものの、まさかここで立ち止まってそれを待つわけにも行かない。
教皇の前に進み出て膝をついて顔を伏せ、陛下の前に出た時と同じように名を名乗る。
「ウィルフリート・フォン・アーチェディア、参上いたしました」
「顔を上げよ」
姿から予想していたものより低い声に顔を上げると、鷹のように鋭い琥珀色の目と視線が合った。
私の心の内を探ろうとしているのか、痛いほどじっくりと見つめられているのが感じ取れる。
そんなに眺められると、何かおかしなところがあったのかと気になってしまう……大丈夫だよね。
まさか、今この場で天罰を下すような真似はしないと思うけれど。
「ウィルフリート・フォン・アーチェディア。
先の活躍により、そなたにヴェンディミアの侯爵位を与えよう。
今後はヴェンディミア貴族として余と聖女に仕え、民を導き……」
その時、教皇の周囲を巨大な影が包み込んだ。
聖女が悲鳴を上げ、傍にいたカンネリーノが「台下!」と叫ぶ。
他の枢機卿も周囲の神官や貴族達も皆、口々に何が起きたのかと言葉を交わしては顔を見合わせているようだ。
どうやら、始まるようだね。
その予感通り、私の目の前に黒い影が現れた。
徐々にその色が抜け落ちて、昨日ハープギーリヒ侯爵から見せられたあのゴーレムへと変化する。
ゴーレムから感じられる魔力が当初私が設定したものよりも上なのは、これを作ったのが私ではなくハープギーリヒ侯爵だからかな。
……それにしても、ずいぶん派手な登場だ。
壁沿いに並んでいる神官や貴族達に紛れ込まれていても困るけど、少しやり過ぎではないかな。
ハープギーリヒ侯爵は目立ちたがりだとレーベンが言っていたけれど、それは服装だけでは無かったようだね……。
「アーチェディア伯爵!」
この現状に真っ先に反応したのはカンネリーノだった。
自分は枢機卿の中でも武闘派で魔法の扱いにも長けているとアストルムの王城へ行った際に語っていたから、こういったことには慣れているのだろう。
間髪入れずに打ち込まれた炎の魔法は、なかなか高い威力だった。
ただ、ゴーレムの腕の一振りで消されていたけどね。
侯爵の姿は少なくともこの会場内には見当たらなかった。
恐らく、大聖堂の外から探知魔法で内部の様子を探りつつ、ゴーレムを操作しているのだろう。
ただ動かすだけなら私も出来るけれど、魔法を打ち消させることまでは出来ない。
物を操って動かすには繊細な魔力操作が必要だし、それなりに威力のある魔法をかき消すには、魔力の量や質も重要になってくるからね。
私が思っていた以上に、彼は力のある悪魔のようだ。
やはり、もう関わりたくないな。
一通り悪魔の技術に感心したところで、ハープギーリヒ侯爵との取引を達成することにした。
ゴーレムの足下を凍らせて身動きを取れなくした後、ゴーレムの周囲から巨大な氷の柱を幾本も生やして串刺しにする。
これで空気も抜けたし、中にある核も破壊したはずだ。
それから、串刺しにした氷ごと一気に燃やし尽くした。
溶けた氷を残しておいて後で転びたくないから、一欠片の氷も残さないほど念入りに。
私の魔力を三分の一も使う魔法を二つも発動したんだ。あの悪魔は消滅したと思ってもらえるだろう。
事を終えた安堵に息を吐いた途端、視界が揺れた。
魔力を一度に消費したせいで、一時的に魔力のバランスが崩れたのだろう。
傍にいた赤い髪の騎士が慌てて私の身体を支える。
そう無茶なことはしていないから、すぐに治ったけれどね。
「静粛に!」
次第に増えるざわめきを沈めたのは、聖女の澄んだ声だった。
光のない赤い瞳は一点の虚空を見つめている。恐らく、目が見えていないのだろう。
けれど、それによる頼りなさや不安といったものは一切感じられなかった。
「大聖堂に侵入した悪魔は、ウィルフリート・フォン・アーチェディアによって消滅させられました。
すでに脅威は去りました。今より、悪魔の残した痕跡を浄化します。
皆、膝をつき神に祈りなさい」
その言葉に、教皇と私以外の全ての人間が素早く従った。
教皇は既に元のように腰掛けているから、この場で立っている人間は私だけだ。
気恥ずかしさを覚えながら、私も同じように跪いて祈りの形に手を組む。
彼女が手にしていた杖を掲げると、光の粒子が降り注いだ。
これが聖女の扱う浄化の魔術か。本当に悪魔に効き目があるのかは知らないけれど、綺麗な魔術だ。
それに、不死鳥や天使の魔力と似たものを感じる。それなら、多少は悪魔に効果があるのかな。
やがて光が消えると、どこからともなく聖女を讃える歌があふれ出した。
初めて耳にする歌だし私は音痴だから、歌が止むまでの間はただ黙って聖女や教皇達の様子を伺っていたけどね。
あの魔術はかなり消耗が激しい物のようで、聖女はだいぶ疲れているようだった。顔色も悪い。
カンネリーノに支えられ、それまで掛けていた椅子に座らされている。
魔術の使いすぎで具合が悪くなる事例はあまり聞かないけれど、魔法を使いすぎたときと同じようなものなのかな。
やがて歌が止むと、今度は教皇が立ち上がった。
その腕がゆっくりと上がった途端、再び私以外の全員が跪く。
「よい」
私もそれに続こうと膝を折り掛けたとき、声がかけられた。
教皇が腕を降ろし、私の元へ静かに歩を進める。
何をされるのだろう。さすがに、この場で天罰を下されるわけではないはずだけど。
高鳴る心臓を抑えて、次の行動を待つ。
……ちなみに、今の声は何かの合図で本当は私も何かしなければならないということはないよね。
さすがに、そこまでの意図は読めないよ。
自国でさえ空気が読めなかった私に、これ以上何を期待するというんだい。
私の前で足を止めた教皇が、琥珀色の瞳でこちらを見下ろした。
遠目で見ていた時も思ったけれど、教皇はかなり背が高いようだ。
対峙している私からしてみると迫力があって、なかなか心臓に悪い。
……身体の大きい男性は、あまり得意ではないんだ。小さければいいわけでもないけれど。
「悪魔の討伐、大義であった。改めて、爵位授与の続きを行なおう。
ウィルフリート・フォン・アーチェディア。
先の活躍により、そなたにヴェンディミアの侯爵位と第八枢機卿の位を与えよう。
今後はヴェンディミア貴族として余と聖女に仕え、民を導くがよい」
……うん? なにかひとつ、増えていないかな。
周囲から微かに息を呑む音が聞こえたからそれはきっと私の気のせいではないのだろうけど、まさかここで「何か増えてませんか?」と聞くわけにはいかない。
それに、仮に聞いて「その通りだ」と言われたとして断れる状況ではないしね。
ここは大人しく、受けてしまおう。
今度こそ膝をついて頭を垂れ、まだ忘れていなかった(はずだ。多分)宣誓の言葉を口にする。
「我、ウィルフリート・フォン・アーチェディアは、神に選ばれし教皇ヨハネス・グレゴリウス・ペテロ・キアレットおよび神の声を聞き伝える聖女ベルティーア・レーア・ルビーノに忠実に仕え、神の国たるヴェンディミアを守る事を宣誓する。
我は、罪深き人々に神の慈悲を与え、広め、救済することを宣誓する。
我は、神に従い正しき道を進むことを宣誓する。
神の使いたる天使よ。どうか我の元に舞い降り、我を守り給え」
……間違っていないよね。大丈夫だよね。
ようやく言い終えることが出来た安堵に胸をなで下ろすと、不意につむじに暖かな感触が触れた。
すぐに離れたそれの正体を知ったのは「教皇様が祝福の口づけをされた」と囁く周囲の声からだ。
教皇から口づけを受けるのは、聖職者にとっては最高の名誉だ。
世間知らずの私でも知っている常識だから、ヴェンディミアに住まう彼らは当然知っているはず。
私は聖職者ではないからその辺りの感覚は分からないけれど、少なくとも嫌われてはいないようだ。
どうやら、ハープギーリヒ侯爵は昨日の約束を果たしてくれていたらしい。
さあ、あとは屋敷に帰るだけだ。
天使への支払い分とレーベンへのお礼、忘れないようにしないとね。
……出来れば、早くトレーラントと話をしたいのだけど。




