10話 悪魔とお茶会をしましたが、まるで味が分かりません
「エミールは私にとって、唯一信頼のおける相手でした。
彼が死んでしまったのは私の責任です。輝かしい未来を閉ざしてしまったのも。
私は彼を蘇らせようと、十年前に彼が首を切り落とされてからずっとその方法を調べ続けていました」
綺麗に磨かれた机の表面を眺めながら、次の言葉を探す。
侯爵の顔を見ないのは、さすがに悪魔の目を見て嘘をつく自信はないためだ。
どこまで効果があるのかは分からないけどね。
ハープギーリヒ侯爵は今のところ、私の話に静かに耳を傾けていた。それが却って恐ろしい。
私の話に異議はないのか、それとも後でまとめて疑問点や矛盾点を突きつけてくるつもりなのか、どちらなのだろう。
気分を落ち着けるために一呼吸おいて、再び話し出す。
「そのうち、一冊の魔術書を見つけました。
大量の魂を悪魔に捧げれば、人を蘇らせる事が出来る。
その本には、そう書いてありました」
これもやはり、嘘ではなかった。ただ、実行しなかっただけだ。
今現在似たようなことはしているのだけど、そうではなくてね。
トレーラントと契約する前に見つけたこの魔術書自体が偽物だったんだ。
その本は二百年前に書かれたものだと商人は言っていたけれど、本に使われていた紙はつい最近の……つまり現代のものだったし、魔術書を書くときに使われる魔術言語に誤りが多くあったからね。
おかしいと思ってその商人に尋ねてみたら、あっさり白状したよ。自分が適当に書いた偽物だと。
割とあるんだ。こういうことが。
もちろん、私が今言ったことがそのまま通るとは思っていないよ。
どうやらこの悪魔、私について色々と調べているそうだからね。
私がこの魔術書を自分から疑って商人を問い詰めて偽物だという言質を得たことも、知っているかもしれない。
「だが、伯爵はそれが偽物だと知っていただろう?
商人を尋問して、真相を聞き出したはずだ」
予想通り、ハープギーリヒ侯爵は私が魔術書を偽物であると知ったことを掴んでいるようだった。
どこで知ったのだろうね。彼、もういないはずなのに。
……ああ、別に私が手を下したわけではないよ。
私はただ、彼が取引している現場を探知魔法で見つけて警備ギルドに知らせただけだ。
黒魔術の本やその材料となる薬草の多くは取引が禁じられているからね。
エテール領主として、それを見逃すわけにはいかないだろう。
彼の場合、取引相手が少々悪い相手だったようで「落とし前」というのをその身で払わされてしまったようだけど……運が悪かっただけだよね。
話を戻すとして、君も知っているとおり私は弱い人間なんだ。
その上、この魔術書が偽物だと知ったのはトレーラントと契約する直前……私がもう諦めそうになっていた時期だった。
人間、誰でも真実を素直に受けいれられる者ばかりでないことくらい、彼も知っているだろう。
「あの本の内容は真実ですよ」
「だが……」
「あの商人は本を偽物だと言ったのです。内容については触れていませんでした。
きっと、写本を私に売りつけたのでしょう。原本は貴重ですから。
実際、内容は真実でした。
書かれていた事に従って妻や屋敷の使用人。そして屋敷に侵入してきた者達の魂を捧げた時、悪魔は確かにそれを受け取ってくれましたから。
黒い髪の悪魔で……そういえば、容貌は私に少し似ていたような気もします。どうしてでしょうね。
悪魔に魂を捧げるうち、段々と薄れかけていた彼の声や記憶が戻ってきたんです。
もうすぐ彼が生き返ると思っていたのですが、そこで邪魔が入りました。
おわかりですよね、ハープギーリヒ侯爵」
「……ああ」
私の問いかけから少しして、言葉少なに侯爵が頷いた。
私の様子を注意深く伺っているためか、あるいは私の言動のおかしさに少し距離を置きたくなった為なのか、どちらなのだろう。
都合としては後者がいいのだけど、長い年月を生きている悪魔に嫌がられるほど奇妙な言動を取る人間というのもどうなのだろうね……いや、不都合はないのだけど。
「私は悪魔と共に一芝居打ち、無事にヴェンディミアの目を誤魔化すことが出来ました。
いえ、出来たと思っていました。悪魔も、そんな私に満足しているのだと。
しかし、洗礼を受けるようにと言われて聖水に身を浸す度に彼の声は遠くなり、やがて聞こえなくなりました」
うん、だって具合が悪くなって君と話す余裕が持てなかったからね。
大丈夫、嘘じゃない。
「聖水など、所詮は人の作り出した水。それで悪魔が浄化されるはずもありません。
きっと悪魔は、私がもう魂を捧げられないと思って見捨てたのでしょう」
「……言いたいことは色々とあるが、今の論点はそこではないからな。それで?」
「結果的に、私はただ悪戯に妻達の魂を浪費してしまった。
ですが、それを悔やむ気持ちは不思議とありませんでした。
彼らはエミールの死を娯楽として扱い、正当とした。
ならば、領主たる私が領民達のしたことを罪だと断じ、罰としてその魂を奪うこともまた正当。
彼らはただ、罰を受けたに過ぎない」
そこでいったん言葉を区切った。
私は記憶力がよくないからね。定期的に話すことを整理しないと、頭が混乱するんだ。
「そして、こうも思ったのです。
エミールが処刑されたのは、その罪をねつ造した母の実家やそれを支援した貴族、そしてそれを認めた陛下の責もあるのではないかと。
なにより、私の力不足が彼を死に追いやった要因ではないかと」
そう。私も君を殺した人間の一人だ。
私にさえ関わらなければ、君は死ななかったわけだからね。
「そこで私は、この機会を利用することに決めました。
もし私の企みがばれたとしても、構わなかった。
私の話が信用されなければ、私は処刑されて彼を殺した人間が一人減る。
私の話が信用されれば、彼に冤罪を着せた母の実家やそれを黙認した貴族、刑の執行を認めた陛下が処刑され、彼を殺した人間が大勢減る。
どちらにしても、私の気は満たされますから」
「自分が処刑されても構わなかったのか」
「ええ。彼を蘇らせる方法も失った以上、もうどうでもよかった。彼らはただの道連れです。
……ああ、どのみち私も最期は死ぬ予定でしたよ。
私も彼を殺した一人なのに生きているなんて、おかしいでしょう。
ですから、頑張って話をしたんです。不死鳥の祝福まで使って、火の審判で奇跡を起こして……。
その甲斐があったのでしょう。私の話は信用され、アストルムの王侯貴族は全て捕らえられた。
近いうちに処刑されるそうなので、その時が待ち遠しい限りです」
これも嘘ではない……というより、真実だ。
捕らえられた王侯貴族が全て処刑……もとい、トレーラントと契約してくれれば、今まで契約に導けていなかった分を取り返せるからね。
今になって思い出したけれど、私はもう長いことトラップを作ったり侵入者を誘い込んだりしていないんだよ。
今後の拠点が今まで通りエテールの屋敷になるか、あるいは王都の近くになるのかはまだ未定だけど、その時に元のように侵入者達を契約まで導けるだろうか。
腕がなまっていないか、心配でならないよ。
「私の告発によって彼らが捕らえられたと聞いた後、私はようやく満足しました。
ですが、不思議なものですね。一度満たされるとまた、彼を蘇らせることへの気力が湧いてくる。
私はカンネリーノや主治医が持ってきてくれる本を読んだり、神に祈りを捧げたりしながら彼を蘇らせる方法を探しました。
そんなある夜。信じられないことでしょうが、声がしたのです」
「声? それはエミールの声か?」
ハープギーリヒ侯爵は、私が「頭の中で聞こえた声」と言ったものについて一切否定をしなかった。
やはり、実際に起きた出来事については把握していても、私がその時に頭の中で考えていたことや抱いた感情までは把握していないらしい。
それはそうだろう。私の考えが全て分かるのなら、わざわざ私から話を聞く必要も無いのだし。
……トレーラントも、私に対して怒る機会が増えていただろうしね。
「いえ。全く知らない声でした。ただ、男性とも女性ともつかない美しいもので……。
声は私の願いを叶えようと言い、私は声が導くままに懺悔室へと向かいました。
最初の日はそこで祈りを捧げろと言われたのでそれに従い、気がつけば部屋に戻っていました。
翌日も声に導かれて同じく懺悔室に向かうと、一本の蝋燭がありました。
言われたとおり蝋燭に魔力を注ぎ、声に教わった祈りの言葉を唱えると……天使が現れました」
気まぐれな奴らだ、とハープギーリヒ侯爵が小さく呟いた。
天使について何か知っているのだろうかと不安になったけれど、私の話を止めないところを見るとただの独り言だったらしい。
あまり黙っていても不自然に思われるし、先を続けるとしよう。
「天使は私に錘を与えて下さいました」
「錘?」
不思議そうな顔をした侯爵に「ご覧になりますか」と差し出すと、さすがに眉をひそめられた。
彼とあの天使とどちらの魔力が上なのかは分からないけれど、出来れば触りたくない代物なのだろう。
「遠慮しておこう。話だけ聞かせてもらえればいい」
「天使は、これさえあれば全てのものを繋ぐことが出来ると私に言いました。
つまり、エミールを蘇らせる事が出来るということです」
「……それはどういう意味で言っているのか、聞いてもいいか?」
「今のエミールには、首しかありません。
ですが、身体や手足を用意して天使から頂いた糸で繋げば、きっと蘇るはずです。
あとはそこに、魂を入れればきっと……」
「魂はどうやって調達するつもりだ?」
「もちろん、悪魔にお願いします」
ここでいう悪魔とは、私が「見捨てられた」と言った悪魔のことだ。
もし「錘を手に入れてエミールを蘇らせる方法を見つけたのなら、もう人間を殺す必要はないだろう」と言われてしまうと、今後の活動に支障が出るからね。
「私は一度、その至らなさから悪魔に見捨てられました。
ですが、私はこれからアストルムの王になります。アストルムの全ては私の物になるわけです。
わざわざ屋敷に罠を仕掛けて待ち構えずとも、罪人を処刑すれば多くの人間を悪魔に捧げることが出来るでしょう。
私を暗殺して王位に就こうとするものはきっと大勢いるでしょうから、彼らを捕らえれば更に大勢。
必ず、悪魔を満足させられるはずです。
たくさんの人々を捧げ続ければ、悪魔は今度こそ私の願いを完全に叶えてくれるでしょう。
それがいつになるのかは、分かりませんが……」
これで、話すべき事は全て話し終えました。
口を閉じると、それまで黙って話を聞いていたハープギーリヒ侯爵が難しい顔をして私を一瞥した。
迷っているのだろうか。私を排除するか、見逃すか。
今の私に打てる手はすべて打った。後は、ハープギーリヒ侯爵次第だ。




