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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
3章 悪魔の道具は今日も真摯に取引する
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9話 嘘がばれました

「我は、神に選ばれし教皇ヨハネス・ペテロ・グレゴリウス・キアレット……あれ、グレゴリウス・ペテロ・ヨハネス・キアレットだったかな。ペテロ……」

「ヨハネス・グレゴリウス・ペテロ・キアレットだ。いい加減に覚えろ」

「私の記憶力で、そんなことが出来ると思うかい?」

「授与式は明日だろう。そんなことでどうするんだ」


 うん、そうなんだ。明日にはもう本番なのに、私は未だに教皇の名を覚えられていないんだ。

 せめて、もう少し短くて覚えやすい名前だったらよかったのに。


 その上、今日はハープギーリヒ侯爵との面会もある。

 会うことが決まってから約二週間。とうとうこの日が来てしまった。

 といっても、この日の為に準備をしていたわけではないけどね。


 既に天使を召喚してトレーラントの痕跡はかき消してあるし、それ以上に明日の爵位授与式の際に述べる宣誓の言葉を覚えるのに手一杯だったから。

 私はあまり器用な方でなくてね。一度に一つのことにしか集中できないんだよ。


 ハープギーリヒ侯爵は午後に来るといっていたから、多分もうそろそろだろう。

 多忙だから仕方のないことだとは思うけど、出来れば爵位授与式の後にして欲しかったな。


 そう思って先ほどのレーベンよりも深いため息を吐いた時、扉がノックされた。

 返事をすると共に扉が開き、カンネリーノが姿を見せる。


「ハープギーリヒ侯爵がいらっしゃいました」


 どうやら、ここで時間切れらしい。続きは帰ってきてからするとしよう。

 ……今夜は、徹夜になるかもしれないね……。


「こちらの部屋で、侯爵がお待ちです。

 あいにく、私はここで待機を命じられておりますので」


 カンネリーノがいうには、ハープギーリヒ侯爵は私と二人きりで話がしたいと望んだらしい。

 つまり、人に聞かれたくない話をするということかな。

 その内容は、なんとなく察しがつくけれど。


 思い切って扉を叩くと「入ってくれ」と耳に心地よい声が返ってきた。

 言われたとおり扉を開け、足を踏み入れる。


「アヴァール・イグナウス・フォン・ハープギーリヒだ。

 今日は無理を言ってすまなかった」

「いえ、こちらこそお会いできて光栄です」


 いかにも会えたことを喜ぶかのような微笑みを浮かべて私を出迎えたのは、レーベンから聞いていた通り流行の服を着こなした銀色の髪の青年だった。

 こちらを見つめる目は黒みがかった赤色をしている。


 トレーラントよりも力のある悪魔であるはずなのに私よりも魔力が少ないように感じられるのは恐らく、魔力を誤魔化しているためだろう。

 レーベン曰く、ハープギーリヒ侯爵は人間に紛れるのが(見た目以外は)上手いそうだからね。

 ……うん、確かにその通りだ。彼の整いすぎた外見は、一般人に紛れるには絶対に向いていない。

 もっとも、その必要はないのだろうけど。


「こんな広い部屋で立ち話をするのもおかしな話だ。どうぞ、掛けてくれ」


 侯爵の向かいにあるソファへ腰掛けると、どこからともなく温かなお茶や菓子類が現れた。

 きっと、あらかじめ保存の魔法を掛けておいたこれらを保管用の空間にしまっておいたのだろうね。


「どうぞ、召し上がれ」

「よろしいのですか?」

「もちろん。テーブルの飾りにするつもりなら石膏で作る」


 侯爵は高位貴族にしてはごく朗らかな口調で私にお茶とお菓子を勧めてきた。

 意図が読めないけれど、ひとまず口をつけた方がいいかな。お茶会なのだから、そのほうが自然だ。


 トレーラントから聞いた話では、一般的な(つまり、トレーラントのように規則を無視しない)悪魔は契約以外で他種族を傷つけてはいけないらしい。

 相手が攻撃を仕掛けてきたり、欺いてきた場合などは許されるそうだけどね。

 つまり、私の嘘がばれないうちは身の安全が保障されるということだ。


 ハープギーリヒ侯爵は恐らく規則を守る側の悪魔だ。

 お茶や菓子に毒が盛られている事はないだろう。

 そう結論づけて、口をつける。


 初めのうちは、どうということもない世間話から始まった。

 この頃の体調や、身体の調子をよくするハーブや薬草。それから最近出版された魔術書について。

 ハープギーリヒ侯爵は幅広い話題を持っている上、聞き上手らしい。

 私の拙い話にもうんざりする様子を欠片も見せずに付き合ってくれた。


 話をすれば、当然喉も渇く。知らぬうちに、カップは空になっていた。

 それに気がついたハープギーリヒ侯爵が指を鳴らすと、いくつかの瓶とケトル、白磁のティーポットが現れた。瓶をいくつか手に取った侯爵が、私の前にそれらを並べる。


「アーチェディア伯爵の好みは分からないから、初めはこちらの好みで選ばせてもらった。

 二杯目は、ぜひ伯爵が選んでほしい」

「お気遣いいただき、ありがとうございます」


 言われた通りに瓶のふたを開けて、香りを確かめてみる。

 その間、侯爵は水の入ったケトルを宙に浮かせたまま炎で包んで温めるという器用なことをしていた。


「時に、アーチェディア伯爵は火の審判で奇跡を起こされたとか」

「そのように、枢機卿方はおっしゃっておられるようですね」

「素晴らしい。神はきっと、真実を訴えるアーチェディア伯爵に加護を与えたのだろうな。

 ……おっと、失敬」


 軽い調子の言葉に顔を上げるのと、炎に包まれたケトルが瓶を選んでいた私の手に当たるのはほとんど同時だった。

 不死鳥の祝福のおかげで火傷しないとわかっていても驚いてしまうのは、きっと本能なのだろうね。

 とっさにケトルを凍らせた私を一瞥して、ハープギーリヒ侯爵はにこやかに手を叩いた。


「いい腕前だ。反応速度も威力も申し分ない」

「ハープギーリヒ侯爵……」

「ああ、失礼。怪我は……されていないようだな」


 先ほどケトルが当たった方の手首をつかんで、ハープギーリヒ侯爵が視線を落とす。

 私の手は、火に触れたはずなのに火傷一つ負っていなかった。


「火の審判の奇跡は日常で起こるものでも、恒久的に続くものでもない。

 真実を訴える信徒に与えられる、一時的なものだ。与えるのが神か人間かは、その時々だが。

 伯爵は今、魔法も魔術も使っていなかった。かといって、奇跡が起きるような場面でもない。

 からくりをぜひ教えてもらいたいな」


 侯爵の言葉とこちらに向けられた視線に、一瞬息が止まった。

 まずい。返答に失敗した。 


 火の審判で起こした奇跡が不死鳥の祝福によるものだと知られてしまうと、アストルムの王侯貴族が悪魔を崇拝していたという告発に信憑性が無くなってしまう。

 それだけならまだいいけれど、何故そんな嘘をついたのかと探られると私にとって都合がよくない。

 ただ悪魔と通じていたという疑いを否定するだけなら、告発する必要はないからね。


 逃げ道は……あるかな。

 例えば、悪魔の崇拝自体は真実で私はどうしてもそれを信用してもらいたかったとか。


 でもそうすると、今度は私の証言と捕らえられているアストルム貴族の証言の価値が同等になる。

 さすがに、すべての貴族の証言を嘘だと思わせるような作り話は私にはない。

 細かく調査されては、いずれぼろが出てしまう。

 多少の齟齬に目を瞑ってもらえる絶対的な信頼を得ることも、火の審判で奇跡を起こした理由だった。


 ……困ったな。

 考えているうちにも次第に時間は流れていくし、ハープギーリヒ侯爵が私に抱く違和感は大きくなっているはずだ。

 このままでは、私とトレーラントの関係もばれ……うん?


 ……そういえば、ハープギーリヒ侯爵は何を確かめるために私と接触しているのだろう。

 それによっては、なんとかなるかもしれない。

 悪魔は契約で動く生き物。

 逆にいえば、ハープギーリヒ侯爵がヴェンディミア側の誰かと契約を結んでいないのなら、真実を知られても私の立場が揺らぐことはないはずだ。


「侯爵が何を知りたいのでしょうか?」

「俺が知りたいのは二つ。

 伯爵が悪魔に囚われていた事の真偽と、アストルムの貴族達が悪魔と契約していたという告発をした意図だ」


 なるほど。では()()()()()()()()()()()()()()()は確認対象ではないのだね。

 てっきり、トレーラントが私と契約を結んでいるのではないかと確認しに来たと思っていたよ。

 思い返せば、トレーラントもレーベンも「魔力痕跡を感じ取られたらまずい」とは言っていたけれど、ハープギーリヒ侯爵が私に会いに来る目的までは言っていなかった。

 ちゃんと聞いておくべきだったね。


 これで、仮に私が失敗してもトレーラントを巻き込む心配は少なくなった。少し気が楽になったよ。

 最後にもう一つ、一番大切なことを聞いておこう。


「……私が事実を話したとして、ハープギーリヒ侯爵はそれをヴェンディミアに伝えるのでしょうか」

「その義務は俺にはない」


 つまり、彼らと契約を結んでいるわけでは無いということだね。

 ヴェンディミア以外と契約を結んでいる可能性もあるけれど……ここで迷ったところで仕方がない。

 最初に罠に掛かった私の責任だ。嘘がカンネリーノ達に知られたら、その時はその時だと割り切ろう。


「おっしゃる通り、私に神の加護はありません。

 不死鳥の祝福によって、火に焼かれぬ身体になっているだけです」

「奇跡による信頼を除いた場合、アストルムの貴族が悪魔と契約を交わしていたという伯爵の告発は信用しがたい。

 何か証拠はあるか? あるいは、明確な日時と状況を含んだ具体的な証言でもいい」

「王城でヴェンディミアが押収したもの以外にはございません」

「あれは粗というべきで、証拠とは呼べないな」


 ヴェンディミアはアストルムの王城から、悪魔を召喚したという証拠をいくつか押収している。

 といっても、大したものではない。

 悪魔召喚に使用する魔石、薬草、黒魔術にまつわる本……そんなものだ。


 魔石も薬草も魔法薬の素材として使用されるものだし、黒魔術の本に至っては完全な濡れ衣だった。

 あそこに記載された魔術は当時、黒魔術とは認定されていなかったからね。

 著者はごく普通の魔術書のつもりで書いたのだと思うよ。


 侯爵の言う通り「粗」としか言いようがないそれらが証拠として扱われているのは私の証言と、陛下と悪魔の会話をカンネリーノが聞いたためだ。

 つまり、証言の信憑性が崩れてしまうと本当に証拠がない。

 ……うん、やっぱり無理だね。正直に言おう。


 そして、大切なことだけ隠すんだ。私とトレーラントの関わりだけ。


「推測されているとおり、アストルムの貴族が悪魔と契約していたという私の告発は虚偽です。

 私は悪魔に囚われてなどおりませんし、彼らと悪魔の関わりも存じ上げません」

「エテールの住民や王都から派遣された騎士団を殺したのも、全て伯爵の仕業か」

「その通りです」


 うん、間違ってない。罠を仕掛けたのは私だし、それを発動させたのも私だ。

 ついでにいえば、何度か加減を間違えて侵入者達を殺してしまったのも全て私がした事。

 トレーラントはただ、弱った彼らに契約を持ちかけただけだからね。


「何故、悪魔の関わりを捏造した」


 やはり、こだわるのはその点みたいだね。

 おそらく、悪魔と契約していない私(トレーラントとの契約は正式なものではないらしいから、数えられていないはずだ)が、さも悪魔と関わりがあるかのように振る舞ったのが問題になって、彼がそれを調べに来たのだろう。


 人間の世界でも、同じような事件はたまにある。

 繁盛している店の看板とそっくりな看板を全く関わりの無い店が掲げたり、さも高位貴族と懇意にしている風を装って受注数を増やそうとする商人がいたりね。

 信用に関わるから、アストルムでも他の国でもこうした事件は厳しく取り締まるのが一般的だ。

 彼が私を訪ねてきたのも、それと同じ理屈かな。


「親友を蘇らせる為です」

「エミール・モルゲンロートだな」


 さすがというべきか、ハープギーリヒ侯爵はすぐに君のことを言い当てた。

 すごいね、エミール。悪魔にも知られているなんて有名人じゃないか。

 それがいいことなのかは分からないけれど。


「よくご存じですね」

「調査はしてあるさ」


 そう言って微笑む侯爵は一見、私の言葉に気をよくしてくれたように思えた。

 だけど、油断は禁物だ。先ほどのやり口から見て侯爵はこういったことに慣れているようだからね。

 ここで気を緩めたら私はあっという間に足下をすくわれて、トレーラントのことまで話さないといけなくなるだろう。

 最近は私の話術が上がったのか幸運が続いたのか思い通りの結果になることが多かったけれど、基本的に私の能力は平均よりも下なのだから。


 でも、私は君を蘇らせるためなら何でもすると決めた。

 そのためなら、悪魔の目だって誤魔化してみせるよ。

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伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

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マシュマロ
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