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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
3章 悪魔の道具は今日も真摯に取引する
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6話 本日召喚したのは本当に天使ですか?

「全く……スマートでない作戦は、僕の好みではないのですがね」

「痕跡対策をしてこなかった、君の手落ちだろう」

「まさか、伯爵がアストルムの王侯貴族を滅ぼすとは思わないでしょう」


 本当に、予想外でした。

 あのアーチェディア伯爵が、クラージュ先輩やサジェス先輩の興味を引くほどの活躍を見せるなんて。


 もちろん、彼が僕の役に立つであろう事は予想していました。

 確かに僕がアーチェディア伯爵を選んだ理由の一つは見た目ですが、それだけで協力者として選ぶほど愚かではありませんからね。


 執着しているエミール・モルゲンロートの件に注意を払いさえすれば、彼は非常に素直で扱いやすい。

 かといって思考を完全に放棄しているわけではなく、いざとなれば臨機応変に対処させることも可能。

 その利便性を見出したからこそ、彼を選んだのです。


 ……まあ、大部分がその外見と血筋によるものだということは否定しませんよ。

 今から三百年前、アーチェディア伯爵家当主はクラージュ先輩と契約してあの屋敷を手に入れました。

 報酬は、彼の弟としてアーチェディアの家名を名乗る権利。

 貴族の家名を持っていれば契約を遂行するときに便利ですから、それを見越して要求したのだと言っていましたね。


 ええ、よく覚えていますよ。

 あの契約は、クラージュ先輩が僕に見せてくれた最後の「お手本」でしたから。

 当時の僕は生まれたばかりとはいえ既に高い評価を得ていたので指導など必要なかったのですが、クラージュ先輩が「面白いものを見せてやる」といって僕を誘ったのです。

 人間にも通用する権力を得る方法を、僕に教えるために。


 クラージュ先輩は勘の鋭い悪魔ですから、伯爵がかつて自分と契約した人間の子孫だと既に気がついているはずです。

 だからといって動揺することはないはずですが、多少は驚いてくれたでしょうか。

 家名を得るときにそばにいた僕のことを思い出してくれたでしょうか。


 伯爵の家名を耳にしたときのクラージュ先輩の表情を想像すると、予想通りに行かなかった計画や詰めの甘い自分自身への苛立ちも少しは紛れる気がしました。

 もっとも、これは僕が未熟だったせいです。先ほどレーベンに言ったように、まさか伯爵が悪魔の気を引くほどの活躍を見せるとは思いもしなかったので。

 人間は時にこちらが思いもしないことを考えつくものだから注意するようにと、クラージュ先輩から何度も教わっていたはずなのですが。


 ですが、伯爵が予想以上に成長したことは悪いものではありません。

 僕には人間以外の種族との契約や魔法封じの素材の調整など、やるべき事が多くありますからね。

 いくら僕が優秀でも、頭脳は一つしかないのですからやれることには限度があります。


 道具が自分一人で作戦を立てられるようになったのならそれを喜ぶべきですし、必要なものがあれば用意してやるのも持ち主の義務でしょう。

 もちろん、僕の指示には最優先で従うという条件付きではありますが、伯爵なら問題ないはずです。

 今はひとまず、伯爵が言っていた天使召喚の儀式が載った本を取りに行くとしましょうか。


 魔法で探ったところによると、どうやら本は機密文書館の地下に収容されているようですね。

 機密文書館に出入りできる人間は少ない。姿を借りる人間は選ぶ必要があります。

 魔力の痕跡を残さないようにロザリオを身につける必要もあるので、あまり長居は出来なさそうです。


「レーベン。君、そろそろ伯爵の元へ往診に行く時間でしょう」

「ああ」

「ちょうどその時、レオンツィオ・ディ・カンネリーノも来るはずです。

 一時間、足止めなさい。代わりに、僕が契約するアストルム貴族の魂を一人融通しましょう」

「分かった。一時間だな」


 取引はつつなく成立し、レーベンは部屋を出て行きました。

 カンネリーノとは相性がよくないと以前漏らしていましたが、彼のことです。

 取引を交わした以上、間違いなく一時間足止めするでしょう。

 今のレーベンは、一つでも多くの魂を自分のものにしたがっていますからね。


 様子を見るために伯爵の視界を借りてみると、早速カンネリーノの姿が映りました。

 口の動きから言葉を読み取る限り、どうやら伯爵と魔法について話が弾んでいるようですね。

 この様子では、レーベンに頼む必要は無かったかもしれません。

 もっとも、伯爵に足止めを任せるのはどうにも不安なので、事前に分かっていたとしてもきっとレーベンに頼んだでしょうが。


 思いがけず伯爵が時間を稼いでいるうちにカンネリーノの姿を借りて地下へ向かうと、衛兵達は疑うことなく道を空けました。

 僕と人間では魔力の質も量も違うというのに、そこに気がつかないのはさすが人間ですね。

 こんな時は、伯爵を協力者として選んでよかったと思いますよ。

 彼は僕がどのような姿を取ろうと魔力で僕だと判別できますからね。


 『天使召喚の儀』という本はすぐに見つかりました。

 全てのページに一瞬目を通して、元あった場所へと戻します。

 持ち出すつもりなどありませんよ。


 あれだけ厳重な警備が張られているのです。

 下手に持ち出しては騒ぎになり、伯爵と話をしていたはずのカンネリーノが機密文書館に出入りしていたという話が本人の耳に届く可能性があります。


 第七枢機卿の姿を騙った者がいるとなれば、騒ぎが大きくなるのは当然。

 最悪、サジェス先輩――もとい、ハープギーリヒ侯爵が調査に乗り出すかもしれません。

 あの悪魔は何かと耳ざといですからね。


 たかが本一冊を記憶するなど、僕にとっては容易いこと。

 今回必要とされているのは本そのものでは無く、その情報ですからね。

 わざわざ本を持ち出す危険を冒す必要はありません。


 しかし、本を読んだ限り召喚に必要とされる素材が多くありますね。

 素材集めまで伯爵に任せたのではいつまで掛かるか分かりませんから、用意しておくとしましょうか。

 きっと「さすがだね。ありがとう、トレーラント」などとありきたりな礼を述べるのでしょうが悪い気はしませんし、事を早く済ませれば僕の得にもなりますから。


 もし本当に伯爵が天使を召喚できたなら、彼と会ったときのクラージュ先輩の反応は見物ですね。

 驚いてくれるでしょうか。それとも、天使の痕跡に嫌な顔をしてくれるでしょうか。

 その顔を見せる相手が僕でないことは残念ですが、楽しみにするとしましょう。


 どうせもうすぐ、直接会いにいけるのですから。

 その時は、今回よりも多くの表情を見せてくださいね。クラージュ先輩。



 +++++



「今回は時間通りですね」


 カンネリーノとの話を早々に切り上げて懺悔室へ向かうと、昨日と同じく修道女の姿をしたトレーラントが待っていた。

 ただ、今日は昨日よりも機嫌は良さそうだ。

 あまり待たせずに済んだようで、よかったよ。もしかしたら、全く別の理由かもしれないけれど。


「来なさい。用意はしてあります」


 そう言って背を向けたトレーラントについて懺悔室の奥へと進むと、その床には既に見たことのない召喚陣が描かれていた。

 周囲には魔石や薬草などが規則的に並べられている。

 用意しておいてくれたのだろうか。


「本だけ用意したところで、どうせ素材を集める手間があるでしょう。

 伯爵に任せてはいつまで掛かるか分かりませんからね。特別に、僕が用意しました」

「さすがだね。ありがとう、トレーラント」

「これは僕のためでもありますからね」


 礼を言うとトレーラントは肩をすくめて、私に向けて一枚の紙を放り投げた。

 ひらひらと舞うせいで危うく取り落としそうになったそれをどうにか捕まえて、目を通す。


「天使を召喚する際に唱える言葉と、祈り方です。

 僕は部屋を出ていますので、後は自分でなさい。

 悪魔と天使は相容れない存在。下手に関わって争いになったら面倒ですからね」


 そう言って、トレーラントはさっさと部屋を出て行ってしまった。

 悪魔と天使の仲が悪いというのは、教会の教え通りなんだね。

 妙なところに納得しながら召喚陣の中心に置かれた蝋燭に魔法で火を灯し、その外側に下がる。


 渡された紙によると、これで準備は完了らしい。

 素材集めだけでなく、ここまでの支度も全てトレーラントが済ませてくれたようだ。

 魔術書や召喚書は大抵が厚いものだというのに私に渡された紙は一枚きりだったから……本当に、トレーラントには面倒を掛けているね。


「神の名を愛せし者 神に従いし者

 我が呼びかけに答えよ 我の前に降臨せよ

 我は汝を望みし者なり」


 ……召喚の儀式について書かれた本を読む度に思っていたのだけど、どうして悪魔や天使を呼び出すときの言葉はこれほど難解な言い回しをするのだろうね。

 普段使わない言葉ばかりだから、危うく舌を噛むところだったよ。

 もっと言いやすい言葉でもいいような気がするのだけど、それだと格好が着かないからかな。


 そんなことを思っていると、不意に召喚陣が眩く輝いた。

 私は何も魔法を使っていないし、トレーラントが何か仕掛けを施しておいたわけではないだろう。

 理由もないし、なによりこの魔力は彼のものではないからね。


 確かに強大だけど、悪魔や死神のものとは根本的に違う。一言で言えば、透明感のある魔力だ。

 トレーラントの言う通り、不死鳥の魔力はこれによく似ている。

 不死鳥の魔力の方が煌びやかで、この魔力の方が透き通っているという違いはあるけれど。


 やがて輝きが収まると、召喚陣の中央に見慣れないシルエットが浮かび上がった。

 強い光を間近で見たせいでよく見えないけれど、絵画に描かれているような美しい人や子供に翼が生えた姿でないことは確かだ。

 徐々に慣れてきた視界に、ようやくその姿が映る。


 その途端、思わず悲鳴が漏れそうになった。いや、少し漏れてしまったかもしれない。

 召喚陣の中央にいた「天使」はぴくりと動いて、私の方を見た……ような気がしたから。


 気がした、というのは天使の顔がどこにあるのか分からなかったためだ。

 中性的で美しい人、獰猛そうな獅子、優しげな瞳の牛、後ろを向いてしまったために今はもう見えなくなってしまったけれど、鋭いくちばしを持った鷲。

 それら四つの顔が、天使の頭についていた。

 車輪型の身体を六枚の赤い翼が覆い、その隙間からは無数の目が覗いている。


 簡潔に言えば、夜中にいきなり出会うと心臓に悪い姿をしていた。

 ……私が召喚したのは、本当に天使だよね?

 何か、とんでもない魔物を召喚してしまったわけではないよね?


 無事に儀式が終わればいいのだけど……。

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伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

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マシュマロ
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