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悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる  作者: 紫苑
3章 悪魔の道具は今日も真摯に取引する
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4話 枢機卿の特に意味のない憂い

「どうやら、ハープギーリヒ侯爵はヴェンディミアにいないようだ」


 翌日、朝の診察に訪れたレーベンはハープギーリヒ侯爵の居場所についてしっかり調べてくれていた。

 私と違って、仕事が早いね。


「まあ、あいつは悪魔としても人間としても忙しい。用もなくここへ訪れることはないだろう」

「親しいのかい」

「……私が唯一信用している悪魔だ。

 昔の悪魔はもっと自由奔放で、悪辣だった。

 伯爵のように、自分で窮地に追い込んでおいて「契約したら助けてやる」と持ちかけることは普通だったし、相手の意思も聞かずに魂を奪うことも平気でしていた。

 悪魔はこの世界でもっとも力のある種族だ。他種族はただ怯えて従うしか出来なかった」

「なんだか、悪辣領主に苦しめられる領民のような図だね」

「実際、そんなものだ」


 思わず零してしまった感想に苦笑いして、レーベンは私の腕に紐のようなものを結び始めた。

 少し待つと紐の色が変わるから、それで魔力の流れが正常か調べるらしい。

 徐々に変わりゆく紐の色を細かに書き留めながら、レーベンが更に話を続けた。


「ハープギーリヒ侯爵はその中でも、比較的まともな悪魔だった。

 少なくとも、気に入ったから相手と無理に契約を結ぶようなことはしなかったな。

 ……まあ、趣味はやや変わっていたが……」

「優秀な者ほど、変わった趣味を持つものだよ」


 陛下もよく「苦痛に歪んだ顔が面白い」と言って罪人の拷問を見学されていたからね。

 私? 私の趣味はごく普通だよ。

 暗い地下室で君を抱えて、周囲に魔法の光をたくさん浮かべた中で本を読むこと。

 特に代わり映えのない趣味だろう。


「……いや、アーチェディア伯爵も十分に変わっていると思うが……」

「そうかな。読書なんて、貴族なら誰でもやることだよ。

 私は優秀ではないし、普通の趣味じゃないかな」

「その理屈はおかしい」


 どうやら、死神の普通と人間の普通には相当の隔たりがあるらしい。

 結局、紐の色が完全に変わって魔力の流れが正常だと判定されるまで、レーベンは私の言葉に納得してくれなかった。


 でも、そういえば君もよく「そんなに暗いところで本を読んでると目を悪くするぞ」と呆れていたね。

 暗いところで本を読むというのは、あまり一般的ではないのかもしれない。

 あの幻想的な雰囲気が好きだったのだけど、今度からはなるべく明るいところで読むことにするよ。


「そういう問題ではないが……まあいい。

 それから、トレーラントから伝言だ。今日の夜、聖堂の懺悔室で待っていると言っていた。

 適当に理由をつけて、そこへ向かってくれ」

「分かったよ。それにしても、悪魔との待ち合わせ場所が懺悔室なんて変わっているね」

「将来を期待されていながらその組織を抜けたトレーラントが、まともなはずないだろう」


 そう言って、レーベンが小さく肩をすくめた。

 まあ、確かにその通りだね。


 彼がまともな悪魔だったらきっと、私と契約を結んでなどいないだろう。

 そう考えると、レーベンの言うとおり私もなかなか変わっているのかもしれない。

 優秀かどうかは、さておくとして。






 自室で軽い夕食を終えた頃、折良く夜を告げる鐘が鳴り響いた。

 もうすぐカンネリーノが空いた食器を下げに来るはずだ。彼が立ち去ったら、私も懺悔室に向かうことにしよう。

 夜の診察に関してはレーベンが上手く誤魔化してくれるだろう。


 部屋の場所はレーベンから聞いているから、迷うこともない。

 私のことだから、君には想像も付かない場所で迷うかもしれないけれど……その時は近くを通りがかった神官を捕まえて場所を聞くよ。

 懺悔室に向かうこと自体は、さほど不自然でないはずだからね。


 そんなことを考えていると、部屋の扉が静かに叩かれた。

 どうやら、カンネリーノがやってきたようだ。


「食事はもうお済みですか」

「ええ、とてもおいしかったです」

「それはよかった。今日の食事は、私が作ったのです」

「カンネリーノ枢機卿が?」


 確か、カンネリーノは枢機卿で貴族だったはずだ。いつ作る機会があったのだろう。

 不思議に思っていると、カンネリーノは嬉しそうに言葉を続けた。


「枢機卿に推薦されるまで、私は孤児院の院長を務めておりました。

 子供たちが私の料理をおいしいと言ってくれるのがうれしくて、よく作ったものです。

 さすがに今となっては皆の食事を作る機会はないのですが、趣味になってしまいまして。

 伯爵の口に合ったようで、本当によかった」


 なるほど。国が違えば風習も違うものだね。

 私もヴェンディミアで暮らしていたら、今よりも料理の腕が上がっていたのかな。

 ……いや、今のように料理を禁じられる方が先かもしれないね。

 トレーラント曰く、私の作るものは「まともな食べ物ではない」そうだから……。


「何か食べたいものがあれば遠慮なくおっしゃってください。

 さすがに門外不出の宮廷料理などは難しいですが、そうでなければ大抵のものは作れますから」

「ええ。身体の具合がもう少しよくなったら、お願いします」


 今はまだ、具材を柔らかく煮込んだスープや果物くらいしか口に出来ないからね。

 二週間なにも食べていなかったから、いきなり普通の食事をすると身体が受け付けないようなんだ。

 人間の身体というのは不便だね。


「それから……就寝前に申し訳ないのですが、伯爵に知らせなければならないことがあります」


 それまで嬉しそうだったカンネリーノの顔が、急に曇った。

 どうやら、あまりよくない知らせのようだね。

 もっとも、カンネリーノがそう思っているだけで私にとっては違うのかもしれないけど。


「伯爵にとっては、辛い知らせかもしれませんが……」

「陛下のことでしょうか」

「はい。火の審判を行なった結果、もはや一切の救済は不可能と判断されました」


 レーベンから聞いていたことだから特に驚きはなかった。

 ただ、それでは怪しまれてしまうから出来る限り驚いた振りをしたけどね。

 私はあまり演技が上手でないのだけど、うまく誤魔化せただろうか……。


「近いうちに、最期の慈悲が下されるでしょう。

 他のアストルムの貴族達も同様に審判を行ない、その結果によって今後の対応を決める予定です。

 しかし、今のところ改心している者はほとんどおりません。

 中には伯爵に対して怨嗟の声を上げる者もおります。

 厳重に封じ込めておりますが、もし具合を悪くされた際にはすぐにお伝えください。

 彼らは一度、悪魔にその魂を売った者。伯爵に呪いを掛ける恐れもあります」

「注意しておきます」


 もっとも、私が呪いを掛けられる心配はないだろうけどね。

 むしろ、私が彼らを呪ったのかもしれない。


 君の名誉を取り戻そうとしたとき、彼らは協力してくれなかった。

 仕方ないと当時は思った。今でも思っている。

 だけど、自分でも気が付かないうちに恨んでいたとしてもおかしくはない。

 そうでなかったらきっと、彼らが悪魔を崇拝していると告発する時に躊躇ったと思うから。


 まあ、私が彼らを呪ったにせよそうでなかったにせよ、後悔は全くしていないのだけど。

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伯爵が悪魔と契約するきっかけとなった話
日陰で真実の愛を育んでいた子爵令嬢は神様に愛されていると信じていた

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マシュマロ
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