2話 想定外の連続ですが、今日も何とか元気です
「申し訳ありません。
ヴィータは腕はいいのですが、なにぶん気を遣うということを知らない男でして……」
「お気になさらず。あれくらい率直な方が、私には分かりやすいので」
「アーチェディア伯爵は本当に寛大な心をお持ちですね」
寛大か……どうなのだろうね。
本当に寛大なら、陛下や母の実家はともかくそれ以外の貴族達をトレーラントに捧げようとは思わないのではないかな。
「……ありがとうございます」
脳裏に過ぎった考えを押し隠して笑みを作ると、カンネリーノはいたく満足げだった。
私のおかげで一つの国が救われたのだとか、アストルムの民はきっと私に感謝しているだろうとか、そんなことを話し続けている。
むしろ、私のせいで国が一つ崩壊しかけていると思うのだけどね。
国をまとめる王も貴族も、今のアストルムにはいないのだから。
「アストルムの貴族達を捕らえる際、民は非常に協力的でした。
悪魔の影響をさほど強く受けていなかったのでしょう。
まだ希望のある彼らを救えたのは、アストルムの民だけは救って欲しいと願った伯爵のおかげです」
当初は国民ごと浄化してしまおうと……つまり、焼き払ってしまおうという提案もされたそうなのだけど、カンネリーノや私に共感してくれていた枢機卿が止めてくれたらしい。
陛下を捕らえるときにもアストルムの民は協力してくれたのだから、彼らは悪魔の影響をさほど強くは受けていないはずだ……とね。
それでは甘すぎるという声は、今回の功労者である私が望んだのだからとカンネリーノが強引に通してくれたそうだ。
「伯爵が望まなければ、アストルムは民ごと焼き払われていたでしょう。
実際、そのようにして滅びた国は歴史上いくつもあります。
それが正しい場合もあったでしょうが、今回は正しくなかった。
伯爵のおかげで、ヴェンディミアは正しい選択が出来たのです」
それはよかった。
数の少ない貴族よりも数の多い平民が残っていた方が、契約に誘える機会は多くなるからね。
それに、エテールは君の故郷だ。あそこだけは無くしたくなかった。
「現在は多くの神官をアストルムへ派遣し、優先的に浄化を行なっています。
対象範囲が広いので国全体の浄化には時間が掛かるでしょうが、ひとまず王都とその周辺、エテールの浄化は完了しております。
王の居住地を他へ移す必要はないかと」
「お心遣いはありがたいのですが、次の王はいつ決まるのでしょうか」
先ほどのレーベンの話が正しければ、アストルムの王族は全て処刑されるはずだ。
陛下はもちろんのこと、まだ幼い殿下も例外ではないだろう。
そうなればあとは、アストルム王家の血が濃く流れている者達の継承争いになるだけだ。
決着が付くまで何年かかるか、気が遠くなりそうだよ。
権力争いで国が乱れると人々を契約に誘い込むどころではなくなってしまうから、早く決まってほしいのだけど。
そんなことを思う私とは裏腹に、カンネリーノはどこか嬉しそうに微笑んだ。
「まだ内々の話ではありますが……アーチェディア伯爵には、アストルムの王となって頂きます」
「……私が?」
「ええ。現在のアストルム国内で王位継承順位がもっとも高いのはアーチェディア伯爵です。
王位を継ぐのは正当かと」
カンネリーノの言うとおり、確かに私には王位を継ぐ権利がある。
私の産みの母の母、つまり私の祖母はアストルムの第四王女だったそうだからね。
後継者がいなければ絶やすことも出来る貴族家と違って絶対に血を絶やしてはいけない王家の場合、その血が流れていればどんなに低くとも継承権は与えられるんだ。
といっても、伯爵以上のアストルム貴族ならこの程度の繋がりは珍しいものではない。
私が王位を継ぐなんて、私よりも継承順位が高い百名近くが全員死なないかぎりあり得ない話だった。
……実際、あり得てしまったわけなのだけど……。
「無論、他国の王家も過去にアストルム王家の人間と婚姻を結び、その血が入っております。
それを理由に継承権を主張するでしょう。
ですが、ご心配なく。ヴェンディミアが伯爵の後ろ盾となり、その正当性を主張いたします。
伯爵は火の審判で奇跡を起こし、悪魔の手から二度も逃れた。
これは神の寵愛を受けておられる証です。他国も納得するでしょう。
もちろん、伯爵が国政に慣れるまでの間はヴェンディミアが助けとなります。
また、それに伴って伯爵にはヴェンディミアの侯爵位が与えられる予定です」
ああ、なるほど。つまり私は体のいい傀儡か。
ヴェンディミアとしては、一度悪魔に支配されかけた国は監視下に置いておきたいはずだ。
けれど、このまま放っておけば他国の王族が王位に就いてしまう。
かといって、ヴェンディミアの貴族を王位に就ければ侵略だと騒がれかねない。
いくらヴェンディミアが強大な力を持っているとはいえ、避けられる争いは避けたいはずだ。
その点、私はかなり低いとはいえ王位継承権を持っているし――王族の血は治癒魔法が扱えないくらい薄れているけれど――、今回の件での功労者だ。少なくとも、表向きはそうなっている。
王位を継承する正当性はあるし、ヴェンディミアに協力した褒美として爵位を貰うことは不自然ではない。そして、自国の貴族からの要請に応えて人を派遣することは正常な対応だ。
つまり、私を通せばヴェンディミアは比較的争いを起こさずにアストルムを管理できる。
だいぶ遠回りではあるけれど、正当性というのは大切だからね。
私にとっても、悪い話ではなかった。
アストルムの王になれば、これまで国家機密とされていた情報を閲覧できる。
君を蘇らせる手がかりが何か見つかるかもしれない。
政治などは先ほどカンネリーノが言っていた通り、ヴェンディミアが助けてくれるだろう。
むしろ私は政治に関わらないよう提案される可能性が高い。
ヴェンディミアとしては、自分たちの思うとおりにアストルムを運営したいはずだからね。
人々を契約に誘い込む時間は十分に取れると思う。
……それになにより、仮に私が嫌がったとしても断れないだろう。
下手に嫌がって不信感を抱かれるより、素直に引き受けた方が時間も労力も浪費しないで済む。
私に彼らを丸め込むだけの技量はないからね。
「……不安ですが、精一杯努力します。
アストルムには、カンネリーノ枢機卿は来ていただけるのでしょうか」
「あいにくと、私は台下にお仕えしておりますので……」
ああ、そういえばカンネリーノは教皇侍従だったね。
ようやく彼の動かし方が分かってきたのにここでお別れとは、残念だよ。
肩を落とす私に哀れみを覚えたのか、カンネリーノが慌てた様子で「その代わり、ヴェッキオ枢機卿がそちらへ向かいますので」と付け加えた。
「ヴェッキオ枢機卿?」
「以前伯爵が受けた審問で、審問官を務めていた枢機卿がいたでしょう」
「ええ、最後には私の言葉を聞き入れて下さった男性ですね」
確か、一番年配の枢機卿だったはずだ。
ぼんやりと記憶に残る長いひげと赤い衣を思い出して頷く。
彼はヴェッキオ枢機卿というのだったね。すっかり忘れていたよ。
「あの方はかつて、先代教皇から後継として名をあげられたほど信仰心が篤く、思慮深い方です。
必ずやアーチェディア伯爵の力になってくださることでしょう」
「それほど力のある方が味方についてくれるのでしたら、ありがたいことです」
政治に自信のない私にとって、知識と経験が豊富な味方の存在はありがたい。
その上、カンネリーノの口ぶりからしてなかなか力のある枢機卿のようだ。
もし今の教皇との仲がこじれた場合(政治関係は全て向こうの言い分に従おうと思っているから、まずないだろうけど)、それに対抗できるだけの力がある者がこちらにいてくれれば私が使い捨てにされる可能性は低くなる。
傀儡扱いは別にいいけれど、都合が悪くなった途端に排除されるのは困るからね。
これでカンネリーノほど私に信頼を寄せてくれる相手なら、なおいいのだけど。
「ヴェッキオ枢機卿が、少しでも私を気に入ってくださればよいのですが……」
「それなら問題はないでしょう。
アーチェディア伯爵はヴェッキオ枢機卿の遠い親戚にあたりますから」
なんでも、ヴェッキオ枢機卿の末の妹が嫁いだ家がアーチェディア伯爵家の分家らしい。
分家と言っても、分かれたのは三百年ほど前と言っていたから血の繋がりはだいぶ薄い。
家名が同じだけで、血縁関係はもはやほぼ無いのではないかな。
それを親戚と言ってしまったら、私と陛下の方がよほど近しい親戚になってしまうよ。
「もちろん、それが伯爵の補佐に立候補した理由ではないでしょう」
カンネリーノも、さすがに本気で言っていたわけではないらしい。
苦笑しながら言葉を続けた。
「ヴェッキオ枢機卿は、審問の際に伯爵が見せた情け深さに大変感銘しておりました。
俗世におられる伯爵がこれほどまでに民を慈しみ、身を削っているのだから自分も力になりたいと。
ですからどうか心配なさらず、お悩みの際は遠慮なくご相談ください。
もちろん、私でも構いません。枢機卿としてはまだ若輩者ですが、これでも教皇侍従です。
出来る限り力になりましょう」
そう言って、カンネリーノが穏やかな笑みを浮かべた。
他にも、彼の部下やヴェッキオ枢機卿の選んだ人材などがアストルムに来てくれるそうだ。
よかった。これで少なくとも、慣れない政治に時間を取られることはないだろう。
「……それから、もう一つ。
体調が回復してからで構いませんが、会って頂きたい方がおります」
「教皇台下でしょうか?」
ヴェンディミアの爵位授与がどのようなものかは知らないけれど、もしアストルムと同じだとしたら私は教皇に誓いの言葉を伝えないといけないからね。
あの長い上に複雑な文句を覚える日々がまた始まるのかと思うと、想像しただけで嫌になるよ。
それとも、先ほど話に出てきたヴェッキオ枢機卿だろうか。
どのみち会わなければならない相手なのだから、それなら構わないのだけど……。
「それはもちろんですが、その前にハープギーリヒ侯爵に会って頂きたく」
「ハープギーリヒ侯爵?」
知らない名前だ。ということは、少なくともアストルムの貴族ではないだろう。
いくら私でも、自分より爵位の高い相手の家名くらいは覚えているからね。
そうでないと、舞踏会や晩餐会で話をするとき大変なことになる。
……まあ、今後はまた覚え直す必要があるだろうけど。
「ヴェンディミアにおいて多大な影響力を持つ方で、台下の相談役も務めておられます。
アーチェディア伯爵の活躍が耳に入り、ぜひ会いたいと強く要望されまして」
カンネリーノの話を聞く限り、そのハープギーリヒ侯爵というのはなかなか地位の高い人物のようだ。
断るのは難しいだろうね。いくら王位を継ぐ予定とはいえ私はまだ伯爵だ。
王位を継いだ後でも、お飾りの王と相談役も務めるほど教皇に信頼されている侯爵とでは分が悪い。
特に避ける理由もないし、引き受けるとしようか。
ただ、どうしてだろう。不思議と嫌な予感がする。
念のためにレーベンに言って、トレーラントに伝えて貰おうかな……。




