27話 黒豹悪魔の計画
「愚かなものですね。
炎の精霊王のお気に入りに手を出して、ただで済むと思っていたのでしょうか」
「思っていたんだろう。
君が手を出さなければ、彼らは今でも不死鳥を捕らえたままでいられたはずだ」
一瞬で消し炭となった家屋と焼け跡の燃え残りを見て笑う悪魔に、思わずため息がこぼれた。
高位精霊を封じ込めるなどと馬鹿げた真似をした彼らに同情はしないが、哀れみは感じる。
それに、想定外の回収作業を行うために今後の予定を全て変更することを考えると頭が痛かった。
ブレンネン公爵が死ぬのは、本来ならあと一月は先のはずだった。
死因はまだ知らされていないが、おそらく自殺だろう。
あの家は投資に失敗したことが原因で多額の借金があった。よくある自殺理由だ。
その予定が狂ったのは、トレーラントが当主と契約したためだ。
望みは借金を返済して、公爵家らしい生活をするだけの金。
報酬は家宝である不死鳥の杖。
結果、彼らは確かに経済的な余裕を得たが、代わりに生命を失った。
彼らが不死鳥を杖に封じた元凶だと、トレーラントが炎の精霊王に教えたためだ。
悪魔と契約した者が幸福になることはない――というのは悪魔との契約を妨げるために教会が流している根拠のない作り話だが、トレーラントを見ているとあながち間違っていないようにも思える。
「僕と契約する前に不死鳥の杖を売っていればよかったのに、無駄に意地を張るからですよ」
「……それは、同意する」
公爵が不死鳥の杖を売らなかったのは、買い手が限られるためだ。
強大な力を持つ魔道具は人を選ぶ。ふさわしくない人間に所有された場合、持ち主を操って破滅させることもしばしばだ。
ただでさえ高価な上に、命に危険が及びかねないような代物を買い取れる家は限られている。
アストルム国内では王家か、あるいはアーチェディア伯爵家くらいか。
公爵はそれを嫌ったのだろう。理由は聞いていないが、推測は出来る。
おそらく、恨みのある伯爵に家宝を渡したくなかったのだと思う。
あの伯爵なら十中八九、次の食事の時には杖の出所など忘れていそうだが……。
「ところで、炎の精霊王と契約する必要はあったのか?
私の記憶が正しければ、精霊との契約は必要数に達していたはずだが」
「ええ。あれくらい貴重な情報と引き換えでなければ、業火の剣は借りられませんから」
精霊王が祝福を与えた者にのみ渡すと言われている精霊の武具の一つ、業火の剣。
全てを断ち切ることの出来るあの剣を一時とはいえ借り受けるなら、確かに不死鳥の杖に関する情報くらいは持っていく必要があるだろう。
借りる必要があるなら、だが。
「確かに、隷属の首輪を外すには必須だな。
あれは術者か登録者にしか外せない代物だし、無理に外そうとすると装着者が死ぬ。
……伯爵なら、一月ほどで復活出来るだろうが」
「ただでさえ契約の仲介が滞っているというのに、さらに一月も待つのは時間の無駄です。
業火の剣を借り受けたのは、伯爵を公爵の後継として指名させるついでですよ。
二百年間行方が知れなかった不死鳥の解放に対する報酬がイフリートへの命令一つでは、割に合いませんからね。
僕は優秀ですから、少ない労力でより多くの報酬を得る手立ても心得ているのですよ」
精霊王との契約は、ついでで行うほど手軽なものではないだろう。
私は死神だが、各種族の長がいかに強い力を持っているかは知っている。
今回は互いの利害が一致したからよかったものの、そうでなければ精霊王の炎はトレーラントに向けられていたはずだ。
ブレンネン公爵家から杖を得たトレーラントがシュトゥルム侯爵家に杖を売ったことは知られている。
今回許されたのは、不死鳥を解放したのもまたトレーラントだったからだ。
トレーラントは確かに魔力が高いし、魔法の扱いにも長けている。優秀な悪魔だ。
だが、経験が浅い。魔力で劣る私ですら、場と立ち回り次第では相打ちに持っていける自信はある。
魔力にさほど差がなく、炎魔法の扱いにはこの世で最も長けている精霊王相手では分が悪い。
プライドは高いが賢明なトレーラントなら、それくらいは理解しているだろうが……。
「それに、隷属の首輪の効力はヴェンディミアも知っています。
首輪を破壊しても伯爵が生きていると知られたら、人ならざる者との関与を疑われかねない。
その場合に誰が出てくるか、レーベンも知っているでしょう」
「ああ」
人間と契約を結ぶ悪魔の中で最も魔力が高く、人に化けるのが上手い悪魔を思い浮かべて頷く。
あいつは人間の世界の治安維持も担当しているし、ヴェンディミアへの関わりも深い。なにより、記憶力と洞察力に長けている。
今の私やトレーラントにとっては、相性の悪い悪魔だった。
「伯爵には「悪魔に利用された哀れなアーチェディア伯爵」を演じ切らせる必要があります。
そのためには、首輪を着けられたという事実自体が不要なのですよ」
「首輪を着けられる前に介入するという選択肢はないのか」
「ありませんね。言い逃れ出来る余地を残しては後々面倒になりかねない。
禍根を残さないためには、間違いなく悪魔と契約したことをヴェンディミアに認識させる必要がある。
そのためには、伯爵を一度捕らえさせる必要があるのですよ。
あの王は伯爵を隷属させるのが目的で僕と契約したのですから、首輪を使わないはずがないでしょう」
「理屈は、まあ理解できたが……」
そこまで手間を掛けるのなら、切り捨てればいいんじゃないのか。他の道具同様に。
そう言いかけて、飲み込んだ。
私とトレーラントは協力関係にあるだけで、契約は結んでいない。
トレーラントが決めたことに私が口を出す必要も権利もないし、私はトレーラントの教育者ではない。
ただ、互いの利害の一致のために行動を共にしているだけだ。
「なんです? 言いたいことがあるのなら、はっきりなさい」
「……いや、君にしてはずいぶんと手間を掛けていると思っただけだ」
「そんなことですか。
言っておきますが、これは全て僕の打算と、それから矜持の問題です」
燃え盛る屋敷からこちらへと向けられた薔薇色の瞳が、微かに細められた。
「僕は、自分の道具を他者に奪われるのが嫌いです。
アストルム国王エアハルト・オットー・アストルムは僕から伯爵を奪おうとしている。
道具の性能は関係なく、それ自体が不快なのですよ。
死神の長である君ならご存じでしょう。悪魔の矜持の高さは」
「そうだな。よく知っている」
どうやら、あの人間はトレーラントに嫌われたらしい。
近いうちに、私も他の死神たちも大いに忙しくなりそうだ。
これにて2章は完結です。次話はまとめになります。
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